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ちいさな幸せ

幸せの基準ってある?
それは自分の心の中にあると思う。
私は何時も陽だまりのような幸せの中に居た。

パナソニック合唱団

2009年09月09日 | 今日この頃
           「ワタチョロギ」   (伊丹・荒牧バラ園 09-5-28)  
         名前からして何となく朝鮮半島の出と言う気がしません?
    実はイラン産で「ラムズイヤー」と言うらしいのです 一応ハープだそうです 
         「ワタチョロギ」は和名だそうです どんな意味でしょう





涼しくなりました。朝晩は窓を締めないと寒いくらいです。このまま秋に突入
でしょうか? いやいや毎年思う事ですが、「やっぱりお彼岸が来ないとね~」
って… 新インフルエンザが待ち構えていますしね。夏に後戻りも嫌だし、季節
の変わり目は身も心もフラフラ歩きです。 

久し振りにブデイックの前を通りましたら、秋物に代わって、店内が茶や黒に
沈んでいましたね。私も帰宅してから、少し色の濃いパンツを引っ張り出しま
した。

この2.3年、ロングスカーフが流行ですが、今年も流行るでしょうか…私くら
いの年代になりますと「首、手首、足首」と「首」と付く所を冷やさない事と言
われていますから、「首」はスカーフで覆いますし、素足が好きだったのです
が、近年は自然とソックスを穿くようになりました。でもまだ寝る時までは穿
いていません。問題は「手首」ですね。私より年配の方は外出時には必ず手
袋をしておられますが、私はまだめったにしません。今年は如何でしょうね、
お仲間入りするでしょうかね。


9月5日(土曜日)にザ・シンフォニーホールに行って来ました。近年は此処
には出演者としてしか行っていませんでしたが、お誘いを受けてお客様とし
て行って来ました。

パナソニック合唱団 第34回定期演奏会に行きました。「パナソニック」と
言いますから元「ナショナル」ですよね。出演者は100人でしたね。バラン
ス良く男女がほぼ同数でした。

全日本合唱コンクール金賞受賞の常連さんのようですし、中国に公演に行
ったり、国内では大阪大学、関西大学の混声合唱団とジョイントコンサート
をしたりなさっているようです。又それらをCDにリリースしたりもなさている
ようです。

そんなグループですから、私達のコーラスとは比べる事はできませんが、私
は私なりに見る側として感じる事はありました。

20曲近く歌われたのですが、大部分がアカペラなんです。凄いな~と思いま
したよ。その上に半分ぐらいは外国語なんです。それを丸暗記してる方が居
るんです、特に男性に多かったですね。何故かと言いますとね、その方達は
楽譜を始から持っていないのです。でもね見る方からしますと、例え全てが頭
に入っているとしても、揃って楽譜を持った方が良いと感じましたよ。我は我、
人は人ではコーラスは合同作業ですから、見なくても持った方が良いと感じま
した。それとも、コンクールに入賞するようなチームはこんなものなんでしょ
うか?

男性は黒の服に蝶ネクタイとお決まりのスタイルでしたが、女性は3パターン
でした。スタイルはロングドレスの袖なしのシンプルなものでした。始は藤色
?薄紫?で左胸に同じ布で出来たバラ型の花が付いていました。次は花を
外して、光るチョーカーネックレスでした。ネックラインに合って居ました。
次は真っ黒のシンプルなロングドレスでした。

服装って大切だと思いました。服装を見ただけで「上手そう!」と思ってしまい
ましたもの。それも「シンプル イズ ベスト」ですね~。

それから曲が変わるたびに位置が変わります。移動の練習もなさったのでし
ょうね。どういう意味があるのか解りませんが、前後が入れ替わるというのも
いいものです。平等感があります。

肝心の歌なんですが、私の好きなジャンルでなかったからでしょうか、上手だ
と言う事は解りましたが、それ以外は良く解りませんでした。

でも楽しかったです。客席から、それも3列目(14~5列目がいいような)で
したから良く見えましたし、客席からはこんな具合に見えていたんだと知りま
したし、いい勉強になりました。「人の振り見て我が振り直せ」です。
                              


            昼がお   (尼崎の街角で 09-7-1)


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越中おわら風の盆 (2)

2009年09月08日 | ちっちゃな旅
  この木製の門は「鼓門」と言うそうです そういえば鼓の糸の渡りに似ていますね
        金沢駅は反対の東口の方が町の中心に向いているそうです
     私はこの西口がメインと思っていましたから東口には行きませんでした



           JR金沢駅西口の総ガラス張りの「もてなしドーム」

        駅前のバスターミナルの所にあった「薬缶の金属オブジェ」
  金沢はお茶が盛んだそうですが それなら「釜」ではなく何故「薬缶」なんでしょう?



今日は3時半までフリーです。まず兼六園に行きました。今度で3度目ぐらい
なんですが、バスで来たのは初めてです。2度も来ているのに何にも覚えて
いないのは何故なんでしょう。ことじ灯篭だけは覚えていましたが… 

入場券を買う時に「他県の者でもシルバー割引はありますか?」と聞きます
と「証明書が在れば大丈夫ですよ。無料でお入りいただけます」と言う事で
無料で入れていただきました。シメシメと思う反面なんだか悪いような気が
しました。

始は少し曇っていたのが幸いでした。木が皆大きいので適当な木陰があって
よかったのですが、だんだん日が照り付けてきました。今年初めてで最後で
しょう「ツクツクボーシ」が盛んに啼いておりました。

石川門の方にも行って見ましたが、私の記憶と違っているようでした。確か
金沢大学が側に在ったと思ったのですが… 門が違ったのでしょうか。

                    兼六園のことじ灯篭


                唐崎松  剪定中でした
   水面の黄色い浮きは落とした松葉が池に散らない囲いのようですね
           左の松の上でおじさんが剪定していました



                   お茶室の裏側から


                   右 前田門に続く櫓



昼食には時間があるので、昼食後に行くつもりだった「武家屋敷跡」に行く
事にしました。15分も歩けば着くそうですが方向がわかりません、今降り
たバスの行く方向に在ったような気がするので、そちらに向いて歩こうとい
いますと、主人が男の人を指差して「あの人に聞いてみ~」と言います「あ
の人は運転手みたいだから聞かない方が良い」と私は言いました。

それなのに主人は聞きました。始は質問に答えてくれたのですが、「忍者寺
が一番人気だし、事前に申し込まなければいけないので電話してあげる、
行きたいと言う「武家屋敷跡」「忍者寺」「近江市場」に行ったげる。普通は
1万4千円のところを9千円に負けたげる」と言うのです。とうとう本性を表
した、だから聞くなと言ったのにと心の中で思いつつ、主人の顔を見ていまし
た。勿論断りました。

バスに乗って、「武家屋敷」へ「忍者寺」はパスです。そして「近江市場』へ…
100円×4で400円で行く事が出来ました。本当に観光地では用心しない
といけません。本当は歩いていける範囲なのに、金額が高いと遠方だと思っ
てしまうのです。桑原桑原…



                    長町 武家屋敷跡

          屋敷跡の一角に九谷焼のギャラリーがありました

     店内には欲しいものがいっぱいありましたが高価で手が出ません
   半端ものでしょうお買い得の籠からこのちっちゃなお皿(実物大)を買いました

   

お腹も空いたので近江市場にバスで向かいました。バスには2種類あって、
距離で違うのと、観光地を巡って1回100円のバスがあります。来たのは
200円のバスでしたが、100円バスを待つほどの事の無いと乗り込みま
した。ところが100円バスとの対抗策でしょう、武家屋敷跡の停留場から
近江市場の停留場までの人は100円でいいと書いてありました。だから
100円を払って降りました。

近江食堂は良く見ないと通り過ぎてしまうほど、一寸表通りから引っ込んで
いました。人が並んでいたので気が付きましたが、間口は1間ぐらいでした。
内部は2階もあって広いのですが。人が並んでいるので市場内を先に見よう
という事にしました。

此処も一度来た事が在るのに全く覚えていないのです。マイカーも何処かに
駐車したはずなのにね。近江市場はわが尼崎の三和市場に似ていると思い
ました。食べ物だけではなく衣料品店、花屋もありますから。お花が新鮮で
安いのが一寸羨ましいな~と思いました。

近江食堂は本当に新鮮で美味しかったです。まだ集合時間に間があるので、
腹ごなしに集合場所の金沢都ホテルまで歩く事にしました。

            近江町市場の中の 「近江食堂」 刺身定食(主人)

         海鮮丼(初めて食べました)ご飯が寿司飯だと解りました 
            これって関西で言う「チラシ寿司」じゃない?


またまた1時間も前に着いてしまったので、ホテルのサテンで待ちました。

ツアーと言うのは、集合時間がある為に早め早めと行動するため、随分無駄
な待ち時間を使うものだな~と感じました。なるべくマイプランがいいとも
思いました。

金沢駅から「雷鳥」に乗って無事帰って参りました。



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越中おわら風の盆

2009年09月07日 | ちっちゃな旅




9月2日から3日と一泊で富山と石川県に行って来ました。メインは「風の盆」
を見に行く事でした。始は私の誕生日の1日を予定していたのですが、満席
で2日になりました。日帰りのツアーには1.2度行った事が在りますが、泊ま
りでのツアーは初めてでした。

徳島で「阿波踊りのを座席で見たのが良かったので、今回も座席で見ようと
思ったので、今から座席の予約をしても無理だろうとツアーに決めました。
ところがこの度は座席より「流し」の方が良かったです。

阿波踊りの時は座席が道路を挟んで階段状になっていましたから踊り手さ
んは「流し」と同じ土地の上です。だから「流し」と変わらないのです。

しかし「風の盆」は座席が平面ですから、舞台が高いところにあります。です
から普通の舞台を見ているようで、盆踊りの臨場感がありません。その上、
「A]席といっても端っこの方で、平地ですから、前方に男の人が座れば、見
えないんです。これは失敗でした。その上ツアーですから、集合時間が決めら
れていて、5組の内3組まで見てそそくさと席を立つ羽目になりました。

電車で隣り合わせた方が、メイン道路で見るのが良いですよと教えて下さ
ったので、予定を変更して、言われたとおりにメインストリーに先に行きまし
た。そこで1組だけですが「流し」を見ました。「流し」といっても想像していた
のと違って1ヶ所で輪になって踊るのです。夜の街ならば「流し」て行ったか
も知れないのですが…

胡弓の音を楽しみにしていったのですが1グループに1人ぐらいで、後は三
味線ですから、よ~く聞かないと胡弓の音は三味の音に押され気味と感じま
した。

10年ほど前にNHKが「風の盆」を紹介して、それから石川さゆりの歌が出
たりして人が集まるようになったと運転手さんが言っていました「私が子供の
頃は静かな祭りで10時頃には誰も居なかったけれど、今は観光化されて変
ってしまった」と言っていました。

私も胡弓の音で静かに踊るのを想像していましたので、明るい光の下の舞台
で見たのは失敗だったな~と思いました。

二枚目の写真は「日本の道百選」に選ばれた石畳のゆる~い坂道なんです
が、街灯だけの薄暗いこの道で見てこそ、マッチする胡弓と踊りの様な気が
しました。






        町中の流しですが、お日様の元では踊りがマッチしない


             胡弓を正面から撮りたかったのですが…
          

大阪駅から約3時間、其処からローカル線で25分八尾駅に着きました。
此処から自由です。歩いてもよし、タクシーを使ってもよしです。荷物を預
けてある富山駅前のホテルに11時までに帰り着くようにと言うお約束です。
但し帰りはローカル線が混むので(臨時列車が多数出ているが、三両編
成のため)早い目に切り上げてくださいと言われました。

私達はメインロードまでタクシーに乗る事にしました。会場までは約3千円
掛かると説明を受けましたが、メインロード迄ですと千円でお釣が来ました。

メインロードに着いた時、上手い事に踊りのわが来ていました。それを少し
見て、晩御飯用のお弁当を持たされていましたので、荷物を軽くしようと言
う事になり、道端の床几をお借りして食べました。

一筋上の「日本の道百選」に選ばれている石畳みの道に行きました。同じ
格子戸の家が並んでいます。何故?普通の建て方の家から出てきた人に
聞いてみました。昔々は格子戸の構えだったそうですが、最近までは普通
の構えでした。でも格子戸の表にすると、役所から補助が出るのだそうで
す。それで同じ格子戸の構えの家が増えてきたそうです。この通りの8割
は格子戸になっていました。


  さすが女の子カメラを向けるとしなを作って… 横から一寸撮らせて! 可愛いね!







「白エビのから揚げ食べてみて…」一つ頂く、生まれて初めて食べた白エビ
美味しい! お弁当の時もアルコールが無かったので、気を利かせて「白エ
ビでビール飲む?」と聞きますと、直ぐ合意、生ビール1杯と白エビ1袋仲
良く二人で分けました。
    

そうして居る内に雪洞に灯が入りました。いい感じです。此処を踊りが通る
のが7時過ぎだそうで、残念ながら、演舞場も7時からですからそちらに行
く事にしました。

演舞場は小学校の運動場に作られていました。「田舎の運動場は広いな~」
と話しました。私の予定とすれば、最後まで見て、タクシーに乗れば電車も
そこそこの時間に乗れて、11時には富山に帰り着くと計算していました。
しかし周りのツアーの人が皆さん(歩いて駅まで行かれたのかもしれない)
が居なくなってしまいました。迷惑を掛けてはいけないと5組の内4組目で
席を立ち、タクシー乗り場に急ぎました。

電車もスムースに乗れ10時にはホテルに着いてしまいました。ホテルのテ
ィールームで休む事にしました。其処からバスで金沢のホテルまで移動です。
ホテルにはお夜食の「おにぎり」が置いてありましたが、12時を過ぎてい
ますし、口をつけませんでした。

これから明日の15時30分の集合時間までフリータイムです。



           座席からは遠くて中々写せません



コメント (6)
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遍路 (48回)

2009年09月06日 | 思い出話
      平成14年11月6日 (水) 第44番札所 大寶寺


         距離:23K  高橋旅館 ~ 民宿笛ヶ滝 ~ 大寶寺   

11月6火 01:09  かわしまさん  (送)
一度寝て目覚めたところです。後2日です。順調に進んでいます。白井さんの
善戦を祈っています。作家知事さんの応援の話聞きませんか?約束の日が
迫っています。キャンセルでなければいいのですが。昨日は大きな柿のお接
待を2度も頂き、昼ごはんになりました。直径10㎝はありました。大きすぎて、
一つは明日の昼ご飯です。それより小振りですが8個100円、立花では1個
100円はする品物です。産地ですからね。

11:36  かわしまさん (受)
羨ましい! 作家知事さん、8日の可能性ですが、お返事が無く、確実では
無いから、チラシ等まだ作れない、っておっしゃっていました。え?? 8日っ
て今週ですよね…きっときてくださるだろう!としているからお返事まだ?晴
天の尼崎より。今日もファイト!です。

20:05  かわしまさん (送)
いよいよ後一日。調べてくださって有難うございます。作家知事さん8日は先
月に決まっていた事。私は知事さんのお約束に対する実行率は知りませんが、
チャンスは積極的に自分のものにするものだから、待つのではなくどんどんア
タックしたほうがいいのではないかと、遍路に出る前にCさんに言ったのです
が…事務長に言うという事でしたが、又相当人数集めないと失礼に当たります
ものね。そう思いません?

20:19  ふじいさん  (送)
「笛ヶ滝」いい名でしょう?今日、大寶寺で尺八を奉納している人に出会いま
した。杉木立の中のお寺、静かに流れる尺八の調べ、合いの手のように入る
鈴の音、じ~んとしました。本当にいい日を送っているな!!と実感しました。

20:31  ひろあき (送)
高橋旅館、此処は古くて時代劇に出てくる旅籠の感じ、狭い廊下の両側に部
屋があります。建具も道具も昔懐かしいものです。此処まで書いた時に電池
切れ。今日は最後の宿「笛ヶ滝」に居ます。明日朝6時にお宿の女将さんが
「おにぎり」をお接待してくださるので20キロ往復して、JRバスを乗り継いで、
松山に出てダイヤモンドフェリーで帰ります。

21:05  ふじいさん (受)
幾らお金を積んでも買えない貴重な一日、今までの貴女に対してのご褒美で
しょうね。心すっきり!今日も秋晴れ!明日も良い事に出会えますように。

朝食は早い時間に出来ると言うので、それならと久し振りに朝食を頂く事に
しました。小林夫妻とご一緒に宿を経ちました。宿の前で写真も写していた
だきました。暫くご一緒でした。

トンネルの手前で、地元の青年が盛んにシャッターを切っていました。少し
紅葉には速いようでしたが、一本だけ紅が水面に映えていました。美しかっ
たので私も2枚撮りました。







暫く行きますと初め予定していた分岐点に来ました。しかし宿の女将さんが
「その道は今は通れない」と言われるので、予定を変更せざるを得ませんで
した。左に始歩くはずだった遍路道を見ながら歩きました。昨日の柿が残っ
ているだけで何も無い、店も無い。トボトボと歩いているとやっと万屋と言う
感じの店の前に出ました。パンでも買おうとはいりましたら「この餅菓子美味
しいよ、後二つしかないの」と言われ、餅の大好きな私買ってしまいました。
店の前に床几がありましたので、そこで食べさせていただきました。「残った
お餅は小林さんがきっと買われるよ」と話していました。後で聞きますとやっ
ぱり買われたそうです。

伊予落合の分岐点を左に取り、ゴミ処理センターの前辺りで荷物を降ろして、
さっきの残りの「お餅」と「柿」でお昼ご飯にしました。後3Kほどで今日の宿
と思えばなかなか腰が上りません。思ったよりも早く着きそうなので、今日中
に「大寶寺」を済ませようと言う事になり、やっと重い腰を上げました。


                   第44番札所 大寶寺





荷物を宿に預けて第44番札所 大寶寺に向かいました。宿から3.5Kの
距離にあります。これより大寶寺の道に入りますと杉並木です。今は道にそ
ってだけの杉並木ですが、昔はうっそうとした森では無かっただろうかと思
います。並木が切れる所に駐車場がありました。其処からが参道で、距離的
には短いが結構きつい坂道でした。バス遍路の方達も此処からは歩いて登ら
なければなりません。

山門に大きな草履が奉納されていました。お大師さんの遍路のお印でしょう。


                       人との比較
   
               入りきれなくて天井で折れ曲がっている
   

中学生の頃住んでいた神戸市須磨区に須磨寺と言うお寺があります。
その頃には何も知りませんでしたが、21日の縁日には大勢の人出だった
事は覚えております。お大師さんのお寺だったのです。その山門にも大きな
草履が掛かっておりました。子供心にも何故こんなに大きな草履がこんな所
にあるのだろうと不思議でした。

このお寺には珍しい「一弦琴」と言う「お琴」のある事も思い出しました。

今年何十年ぶりかで須磨寺に行きました。大きな草履の掛かっていた山門はありま
せんでした。もしかしたら、大震災の時に倒れてしまったのかも知れません。
楽しみにしていましたから、なんだか寂しかったです。


本堂でのお参りを済ませて会談を降りようとした時、本堂から尺八の音が聞
こえてきました。男遍路さんが尺八の調べを奉納しておられるようでした。
話しには聞いていましたが、実際にその場面に行き合わせるとは思っていま
せんでした。私はしばし佇んでその音色に聞き入っておりました。おりしも遍
路さんの撞く鐘の音… 時は夕暮れ…「何おか言わん」でした。心に染み入り
心洗われる気持ちでした。

参道のお茶屋さんで「あめ湯」のお接待を頂きました。帰り道、昇ってこられ
た小林さんご夫妻と「あら」「あら」でした。

宿に戻りお風呂を頂きました。お風呂が遠いのには閉口でした。部屋数は
沢山ありました。団体用の大部屋もありました。フトンが積み上げてあるの
が見えていました。そういうところを通って離れた所にあるお風呂でした。

お食事は食堂で、小林ご夫妻と一緒でした。お食事は適当な量で、まずは
美味しく頂きました。ご夫妻と色々お話をいたしました。ご夫妻は明日此処
にもう一泊されて遍路を続けられるそうです。私達は明日の「岩屋寺」で今
回は終了いたします。朝食は抜きで「おにぎり」をお願いしました。「おにぎ
り」はお接待してくださいました。


            民宿 笛ヶ滝  (8泊目)
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遍路 (47回)

2009年09月05日 | 思い出話
        平成14年11月5日 (火) 訪れる寺無し

         距離:27K  ふるさと館 ~ 高橋旅館  (3)

      大きな柿の木です 母屋の屋根をはるかに越えておりました



奇麗な曳き込み水で鎌を洗っている人が居ました。「飲ませていただいても
よろしいですか?」私は話しかけました。水はクリスタルのように透明でキラ
キラ光っていました。彼が言うには「役所の人がこの少し先で遍路小屋を作
ると言って調べに来ていた。ここには水があるしね。狭いけれど泊まれるよう
にするらしい」高知県は遍路の事を大事にしてくれているようです。アンケー
トもそうでしたしね。それで私は言いました。「トイレを作ってもらってくださ
い、トイレが少なくて困っています。千人記念大師堂にもトイレはありません
でした。向かいの商店で借りたのですが、その応対はあまり感じが良くありま
せんでした。お礼のつもりで一品買ったんですけれど…。

大瀬小学校の前は通りましたが、大江健三郎さんの生家を見つける事は出
来ませんでした。残念!!

宿がもう少しと言う川の土手に小林さんご夫妻の姿が見えました。私達はそ
の姿に向かって歩いていきました。


今夜の宿(高橋旅館)は時代劇に出てくる旅籠の様な作りでした。黒光りして
ギシギシ軋む廊下、その廊下には太い竹竿が洗濯物を干す為に、天井から
吊り下げられていました。

部屋に入りますと「洗濯物を部屋に干さないでください、見つけると、1万円
いただきます」と張り紙がありました。古い建物を保護する為でしょうか。

食事は皆さんと一緒に階下の部屋でした。昨日と同じ3組でした。50歳前後
の姉妹は関西の人で2回目。1回目は飛行機で来て、乗り物で廻ったそうで
すが、物足りなくて、今回は歩き遍路に挑戦したそうです。今回は45番岩上
寺までで、道後温泉で疲れを取ってから帰られるそうです。

小林さんは千葉県舟橋の方。ご主人が「和夫さん」昭和13年生まれ、奥様が
「いさをさん」昭和16年生まれ。ご主人は背が高くて、実直そうな方です。始は
とっつき難そうでしたが、お話ししているとそうでもありませんでした。優しさは
男の沽券に関わると、優しさを包み隠しておられる感じでした。主導権は勿論
ご主人だそうです。

奥様は優しい笑顔の持ち主です。でも芯は中々しっかりしておられるとお見受
けしました。ホームヘルパーの資格を取って、ボランティアで老人のお世話を
しておられるそうです。俳句を全く独学で始められたそうで、遍路中、窪川の駅
で「正岡子規生誕100年」の投句用紙を見つけ、旅の恥は掻き捨てと応募され
たところが見事入選されました。この事は家族以外には話しておられないそうで、
毎年、旅行を共にしている古くからの仲よし4人組にもお話ししていないで、私
に話してくださったのが人に話す初めての事だそうです。何でも初めてと言われ
る事は嬉しい事です。又、後からいただいたお手紙によれば「美味しいお茶の
伊藤園」とか「奥会津全国俳句大会」などにも投稿されて佳作入選されたと言う
事です。何と良い趣味を見つけられたのでしょう。

又娘さんに習ってパソコンをしますので「メル友」になってくださいと言われまし
た。暫くすると「アドレスを作ってもらいました。メールをいただければ、私にと
って記念すべき初メールです」とお知らせがあり、私は直ぐに初メールをお送
りしました。目出度くメル友の誕生です。

          ☆ … … … … ☆ 
              小林いさをさんの句


        星が降る 冬の室戸の 遍路道  

        秋遍路 常より優しい 夫あり

        来し方と 行く末の間を 秋遍路

        目を閉じて 地蔵眺むる 里の秋

        時重ね 心重ねて 花遍路      


私はいさをさんの句が好きです。遍路の歌なので自分の感情を詠っていただい 
ているようで良く解るのです。特に「来し方と 行く末の間を秋遍路」が好きです。
歩くと言う事は「無」なんです。ただひたすら次のお寺を目指しているのです。そ
のぽっかり明いた空間に時折「今までの事」「これからの事」がス~ット入り込ん
できて、その事を一生懸命考えている自分の気づくのです。

私はいさをさんがパソコンを使えるようになられたら、句集を作られるようにお勧
めしています。還暦までにはまだまだ時間のあるいさをさん「還暦記念句集」等
如何でしょう。お待ちしています。


句集は残念ながら、まだのようですが、「遍路記」を一冊の本にされました。私のこの記録を
読んで(私の手作りの冊子をお送りして読んでいただいておりました)一念発起され、立派な
記念本を作られて私にもお送り頂きました。膨大なページ数で、日にちも経っているのに良く
覚えておられたと関心してしまいました。


                 高橋旅館  (7泊目)


           遍路中こんな日の出を何度拝んだ事でしょう… 
          夜明け前の冷気が一度に緩み始める感じです


 
          「在った!!」この道でいいのかと不安になった時 
                 この印を目にした喜びを
       歩き遍路者の皆さん何度と無く味わっていると思います

          
コメント (2)
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比例区は疑問です

2009年09月01日 | 新聞から
    雲南地湧金連(うんなんちゆうきんれん)  神戸・サンチカ (09-8-14)
 花びらのように見えるのは「苞」でその生え際に咲いている小さな花がこの花です



   


新聞を読んでいますと、何故?と言う気持ちが強まってきます。「比例区」の
役割って何?

民主党が票を獲得しすぎた為に変な現象が起こっているようです。

民主党の獲得数が多すぎて、予定していた人が全員当選しても、まだ余って
しまった。そこで自民党議員がその票を貰って当選したそうですね。これって
変だと思いませんか? 投票した人は民主党に入れたんですよ。その意思は
どうなりますか? 変だと思いませんか?

もっと変なのは東海ブロックの比例です。名簿に載せただけなのに、此処も
民主党が大量点を取ったばっかりに、磯谷さんでしたか、なろうとも思っても
居なかった議院に当選したって言うのです。如何思われます? 一生懸命選
挙運動して落選した人がお気の毒ではないですか?

一番地元として嫌な事は落としたくて落としたのに、比例で這い上がってくる
議員がいる事ですね。

もう忘れかけておりますが、比例区なんて無かった時の方が国民の意思がは
っきり伝わったように思いますが…

そもそも1人の人が小選挙区と比例に跨っているのがおかしくありませんか
? 自信が無いから保険を掛けているようなものではありませんか? 比例
区と言うのは国民の為と言うより議員側の為の都合のいい制度のような気が
しますが… 間違っていますか?

どうしても比例区を続けるというなら、ハンディを科せばいいと思うのです。
比例で当選しても給料に差を付けるのは勿論ですし、一切の重要な役職には
就けない等です。

わが兵庫県でも似たような事が起こっております。磯谷さんと同じ事かもしれ
ません。兵庫県議の室井さんです。ご主人は民主党の参議員です。その関係
でしょう、票が多くなりそうで提出名簿に人が入用だったのでしょうか県議の
職を放棄しました。県議になって2年足らずです。比例区の45番になった為
に自然失職となったようですが…。

もし当選していなければ、折角室井さんを県会に送り出した人に如何釈明す
るのでしょう。私は室井さんを選んでいませんので「そんなものか」で済みま
すが、選んだ方の気持ちは複雑でしょう。やっぱり「棚ぼた議員」と言うべき
でしょうね。

私も関係のある近畿ブロックですからじっくり読みましたから室井さんの事
に気づいたのですが、何も知らない県民の方が多いのではないでしょうか。

本当におかしいと思います。選挙ってなんだろうと思います。磯谷さんや室
井さんのように、選挙戦を戦わないで議員になれる人と、一生懸命戦って議
員の椅子を勝ち取った人と、何の差も無いなんっておかしいと思います。私
が知らないだけですか? 差はあるのでしょうか?

   ☆ 9月2日~4日までお休みいたします。



        アナナス     神戸・サンチカの階段脇 (09-8-14)


          

  
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