ちいさな幸せ

幸せの基準ってある?
それは自分の心の中にあると思う。
私は何時も陽だまりのような幸せの中に居た。

あ~鹿児島!

2008年11月02日 | テレビから



               バラ (大井戸公園)
         春より背が高く 花が小振り 数が多いような…


夜明けが遅くなりました。6時といえばお日様はとっくに顔を出していましたのに、今はまだうっすらとものが見える程度で、冷え込んでいます。夜の5時過ぎにはもう暗くなって、気がせきます。いよいよ冬の足音が迫ってきた感じです。


二日前、鹿児島の従兄弟に電話した時「11月2日3時にBS2に出るから…」と言うので楽しみにしていた。11時から5時ごろまでかな、鹿児島県の色んな地方の物産や食べ物言葉等、工芸品としては、薩摩切子、薩摩琵琶、薩摩弓等が出てきた。

その薩摩弓を作っているのが従兄弟の・もとのりさんです。テレビにはもとのりさんと息子と二人が出ていました。まず仕事場が出てきました。叔父さんが仕事をしておられた時はもっと薄暗い感じでしたが、今はガラス張りで明るい感じになっていました。

叔父さんと言うのは、前にも書きましたが、「人間国宝」にと言うお話を蹴った人です。従兄弟達や町長さんが説得しても頑として跳ね除けた人です。その息子が、そして孫がその仕事を受け継いでいるのです。

もとのりさんの方は神戸のそごう百貨店で弓の展示会をしたときに、夫婦でわが家に来てくださったし、鹿児島に行った時にお邪魔していますので、お会いしていますが、息子さんの方は40年ぶりぐらいでした。

我息子が小学校のころ屋久島に行って帰りに寄って会ったのと、大阪万博の時、子供ずれで来れれた時に会ったきりですから、映像でのご対面は40年ぶりです。小学生がもう50歳に手が届こうという今日の姿です。

父親を助けて働き盛りと言う感じでした。やはり日々精進する仕事を持っている自信と言いますか、しっかりしていて、その上若々しく見えました。やはりいいものですね、親が子に、子が孫にと教え続けるという事は。サラリーマンではこうはいきません。

フッと、思いました。今話題になっている、政治家の二世問題ですが、地盤看板を子に継いでもらいたいという気持ちは、この手に職をつけるという事と全く違って見えるのですが、気持ち的には通じるものがあるのかな~って。

もとのりさんを見ながら主人は「親父にそっくりになってきたな~、わしらも似てるやろ…」「はげ具合が似てるね」と言ったものの、もとのりさんのお母さんと主人の父が兄妹だよ?、叔父さんにそっくりといっても目元は叔母さんに似ているから主人とも似ているのだわ。パズルのように組み合わさっているんだね。血と言うのは。若い頃似て無い親子でも子が年を取ると不思議とそっくりになるんだよね。不思議不思議…。

道路から仕事場までがまず写りました。二人して「懐かしいね~」と見ていました。母屋の前の大きな金木犀も写っていました。

今度は弓道場が写りました。地元の弓道家や地元中学生が弓を引いて見せてくれました。中学生は何時もはカーボンの弓を使っていて、今日始めて薩摩弓を使ったそうですが、使いやすいといっていました。

弓道場からは裏の茶畑が見えました。今日も昨日も私が飲んでいるお茶の故郷(茶畑)なんです。15分ぐらいだったと思うのですが、懐かしかったです。

私より主人はもっと懐かしかったはずです。「従兄弟達に会いに、鹿児島に行こう!」と言い出しますよ、きっと。
コメント (2)
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