非国民通信

ノーモア・コイズミ

解雇なんて簡単にできるんですよ

2013-11-06 22:52:36 | 雇用・経済

「ロックアウト解雇」、職場から締め出し自主退職促す(朝日新聞)

 今後も解雇規制を緩める議論は続く見通しだ。それを先取りするかのように、職場では様々な方法で正社員が解雇に追い込まれている。

 2013年6月12日付で解雇します――。外資系IT企業、日本IBM(本社・東京)の会議室。今年5月末の午後4時すぎ、入社24年目の女性(45)は、マネジャーに「解雇予告通知」を突然渡された。

 「業績が低く、会社が支援しても改善されない」と解雇理由が読み上げられ、「もはや放っておくことができない」と断言された。続けて人事担当者が「1週間以内に自ら退職する意思を示した場合は解雇を撤回し、自己都合退職を認める」と自主退職を勧めた。そして、定時の午後5時36分までに私物を持って帰るよう指示した。

 「ロックアウト解雇」とよばれる。いきなり会社の外に「ロックアウトする(締め出す)」からだ。

 「退社を命じられたら、パソコンを持ち出せ」。女性は、加入している労働組合にそう助言されていた。

 30代のとき、将来が有望な「トップタレント」に選ばれ、解雇宣告直前もプロジェクトリーダーを任されていた。「能力不足」が解雇の理由にならないことを示すために、パソコンに残るメールなどのデータを守らなければならない。

 だが、上司は「パソコンを返せ」と監視していた。女性はトイレに行くふりをして労組に電話し、駆けつけた労組の幹部に付き添ってもらって、パソコンを持ち帰った。

(中略)

 ロックアウトを宣告された30人のうち10人は裁判所に訴えた。だが、20人は結局、宣告から1週間以内に「自主退職」を受け入れた。解雇よりも自主退職の方が、退職金が多いからだ。平均でも400万~500万円くらいは、上乗せされるという。家族を養い、住宅ローンを抱えている人の立場は弱い。IBMは、上乗せ金を渡して自主退職をのませれば、訴えられることはない。

 「会社は、解雇なんて簡単にできるんですよね」。自主退職を「選ぶしかなかった」と男性はいう。

 

 経済誌には、日本の解雇規制は厳しいと(何を根拠にしているのやら)書いてあるのはよく知られるところですが、現実はこんなものです。順法精神などどこ吹く風の中小企業は元より、名の知れた大企業にとっても正社員のクビを切るのは容易いことなのです。よく「外資はドライで~簡単に首を切られる~」とも言われますけれど、外資系企業は在日米軍とは違います。外資系企業だって日本で活動する以上は日本の法律の下に置かれているわけです。別に外資系企業にだけ特権として解雇が認められているようなものではない、決して例外的な存在ではありません。ただ単に日本の緩い緩い制度の下で可能なことを探った結果として、当たり前のように解雇が連発されているだけのことです。

 過去に起こったことが塗り替えられようとしているのは、決して日本の戦前・戦中のことだけではありません。電力会社の一般従業員を標的とした、人員削減や賃金引き下げなどの一方的な労働条件の不利益変更を「なかったこと」にしようとしている人もいますし、あるいは全盛期に吹き荒れた中高年を狙い撃ちにしたリストラの嵐もまた忘却の彼方に追いやろうとしている論者も少なくないわけです。そうして正社員、中でも中高年以上のバブル期以前の入社組が「守られている」かのごとき幻想をまことしやかに語り、若年層に虚妄の被害者意識を植え付けようとする「若者の味方」を装う人も枚挙に暇がありません。

 まぁ、今となっては就職氷河期世代の元・若者もリストラの対象として狙われる年代に足を突っ込みつつあるわけですし、大半は親も元気で扶養家族もいないし本人も健康な場合が多い(すなわち金に困窮しにくい)世代と、親が年金生活に入り家族を養い必要性に迫られ諸々の健康問題にも突き当たる世代の生活の安定とどちらが優先されるべきかは考えるまでもないことでしょう。若者の雇用ではなく、若くなくなってからの雇用――トウが立った元・若者が継続して働ける環境作りが模索されねばならないところですが、若い人を非正規で雇っては若くなくなったら新たな若者に置き換えるみたいな雇用形態が普及の一途にあるのですから日本経済のサイクルが破綻してしまっても当然の帰結と言えます。

 以前にも書きましたけれど、日本では殺人は許されていません。しかし、殺人事件は着々と件数を減らしながらも毎年1000件程度は発生しています。もし日本が解雇規制が厳しく、解雇ができない国であるならば、同様に厳しく殺人が禁止されている日本で殺人事件など起ころうはずがありません。ところが法律で禁じられているはずのことは普通に発生する、殺人事件はなくなりませんし、経済誌上は不可能ということになっている解雇も星の数ほど事例が挙げられるわけです。そもそも経済誌の中身が専らフィクションだというのはさておき……

 日本の刑罰もそれなりに重い方ですが、より厳刑を持って望むような国では日本よりも犯罪が少ないかと言えばさにあらず、だいたいの国は日本よりも治安が悪い、厳罰を振りかざして国民を威嚇しているような国で殺人が横行しているなんてことも決して珍しくはありません。結局のところ「法律でどれだけ厳しく規制されているか」と「法律が守られているか」は必ずしも連動するものではなく、仮に法律上は解雇規制が厳しい国であったとしても、実際には雇用側が恣に解雇権を乱用している国もあったりするわけです。

 日本で働く人々及びそこに扶養される人々ひいては日本経済のサイクルを守るためには、単に法律が存在するだけでは足りないのでしょう。不当に解雇されたとして、個人的に訴訟を起こせば長い年月と費用をかけて裁判に勝つことは可能かも知れませんが、得るものと失うものが釣り合うことは希です。むしろ罪が犯されたときにその「犯人」を裁くための制度よりも、事前に罪が犯されないための運用が求められる、不当解雇で裁判沙汰になったときに初めて元・労働者の後ろ盾になる程度の制度ではなく、解雇「される前」に雇用側の横暴を抑え込み、取り締まるような運用こそ必要と言えます。

 ちなみに解雇の金銭的解決を制度化すべき云々とか宣う論者も目立つわけですが、これだと解雇に伴う「手切れ金」の支払いを免れるために「自己都合による退職」を強要する会社の激増が予測されます。解雇規制が厳しいから退職強要が発生するのだと語る人もいて、まぁ殺人が規制されているから自殺に見せかけた他殺が発生することもあるのかも知れませんが、「いくらまで慰謝料を払えば人を殺しても良い」というルールを定めたところで自殺に見せかけた他殺が減るとは考えにくいですし、自殺に見せかけた他殺が公然たる他殺に変わったところで何かが良くなるはずもありません。それは誰の目にも明らか――なはずですが、経済誌からギャラをもらえるような人にとっては違うようです。

 

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