韓国3日目の終わりに訪ねた石仏は鄙びた農村の古寺という風情で山門には弥勒山石佛寺の扁額が掲げられていた。
狭い境内に入るとオモニが庫裏の縁側で真っ赤な唐辛子をより分けていて、一声掛けると傍らの大雄殿を指差してくれた。
現在でも大雄殿の本尊として、信仰対象の石仏さんとして篤く祀られています。
ぱっと見には、上半身が白っぽく、頭部がアンバランスで異常な感じの強い石仏です。
やっぱり日本の倭寇、「文禄慶長の役」の犠牲になり頭部は失われ、近代に新しく後補されたようで馴染まない。
それでも光背や、体躯は百済時代(西暦600年頃)造立当時のまま残されており貴重な石仏だといわれています。
弥勒山の山号通り弥勒石仏なのでしょうか??どうしてもた「タコ入道」のような頭部の異様さが邪魔になります。
賑やかな供台で下部は全く確認は出来ないのですが四角形の裳掛台座になっているようです。
韓国宝物45号に指定され、光背高は約3.3m、頭部を除いた像高156cmとかなり大きい。
因みに光背は法隆寺百済観音の原型だとされています。
撮影2011.9.29