旧加茂町の最西端、鹿背山丘陵の東裾に軒を連ねる観音寺集落の地蔵院境内に建つ鎌倉時代中期の十三重石塔です。
この地には奈良時代建立とされる観音寺と云う古刹があったようですが、元禄時代に廃寺となり、後享保元年(1716)銭司村からこの地に移転してきたようです。
<真新しい本堂と庫裡が一棟に成った狭いながらもよく整備された境内>
<境内から北東方面の遠望です>
地蔵院は地域の観光案内にも載らない様な里山の田舎寺、それにも係わらず本尊は平安時代の木造地蔵菩薩立像、この十三重石塔は元「観音寺」の遺物だとされ鎌倉時代中期の造立。
新しく整備された境内の白壁塀を背に建つ十三重石塔は、現在九層より上部を欠損、頂部には全く別石を載せている。
屋根石は緩やかに反り、力強く、その逓減率もバランス良く、上部を欠損しているのが悔やまれる。
基礎石は低く安定感が有りあるものの四面全て粗面で刻銘は無い、上に載る初層軸部には、月輪内に金剛界四仏の種子を切れの良い薬研彫りにしている。
正面を本堂と相対峙する北向きにし、北面塔身には不空成就如来の「アク」を線彫り月輪内に刻む。
それぞれの面には古い鬼瓦が立てかけられていましたが、ちょっと移動して撮影させていただきました。
向かって右隣は西面、阿弥陀如来の「キリーク」が刻まれて居ます。
背面南面は宝生如来の「タラーク」。
最後は東面、阿シュク如来の「ウーン」ですが・・鬼が大きくて遠慮しておきました。
傍らの植え込みには屋根石の残欠だと思われる石造品が何点かっ無造作に置かれていましたが・・・・。
いつの日か組直されるかもですね・・・。
撮影2012.8.11