愛しきものたち

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京都府旧山城町神童子(じんどうじ) 神童寺(じんどうじ)十三重石塔

2012年08月13日 | 石塔:石造物

以前にも石仏のページでそれとなく紹介している神童寺(じんどうじ)の十三重石塔の更新UPです。

我が山城の隠れ里として懐かしい佇まいの神童子集落に建つ古刹神童寺へは何かに付け訪れる事も多いが、今回石塔の四方仏を何とか撮影してきたのでここにUPしておきます。

深い緑の中、本堂に向かって左手奥、数段の石段の付いた基壇上にこの十三重石塔と石灯篭、その脇には朽ち果てた祠の鎮守社が有る。

十三重石塔は本堂と同方向、山門に向かい東向きに建ち、総高4m強、鎌倉時代後期の造立だと言われ、初軸部には顕教四方仏を刻んで居る。

初軸部は濃い緑の中、寄り付けない程の小枝や下葉に囲まれ、最悪の撮影条件でしたが何とかしてきました。

そんな中、正面は光も射し込みまだまだマシな撮影条件、東面は薬師のはずがこれはどう目を凝らしても両手を膝上で組む定印の阿弥陀如来。

二重光背を彫り沈めた中に蓮華座に坐する半肉彫りの像高40cm足らず・・・・・、この石塔も初軸部は180度回転しているようで、やっぱりいつの時代かに再興されたもののようです。

南面には本来北面の弥勒仏・・・、右手を上げてストップサイン。

未だに弥勒と釈迦に見分けはつきませんが・・

背面は西向き、本来阿弥陀の位置ですが・・・、どうもこれが薬師のようですがさっぱり何が何やら状態。

最後に残った北面・・・、これが本来南面の釈迦如来??

どうしてこうも四方仏の方角のおかしいものが多いのでしょうか??移動や再建の際にはそれなりの専門家が携わているはずだろうに・・・。

も一つ不思議なのは、鎮守社だと言われる朽ち果てた小さな祠の床下にも、初軸部だと思われる四方仏。

傍らの十三重石塔の物よりは一回り小振りですが、二重光背を持つ半肉彫りの四方仏。

向かって右側面にはこんな石仏・・・、はたしてこれは一体何??

境内南東隅、植え込みの中にはこんな石塔の残欠と思われるゴチャ混ぜ石塔。

きっとこの中にあの初軸部の屋根石も混じっていそうな気がする。

この寺もまた栄枯盛衰をくぐり抜けて来たのだろう・・・。

撮影2012.8.11