Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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アルツハイマー病の新たな定義の提案と今後生じる重大な臨床的・倫理的・経済的問題

2024年02月23日 | 認知症
【アルツハイマー病を血液で診断する時代に入る】
リン酸化タウ(p-tau)はアルツハイマー病(AD)の血液バイオマーカーであり,p-tau217が最も有用であると考えられています.先月のJAMA Neurol誌に,血漿p-tau217を測定する市販の免疫アッセイ(ALZpath pTau217 Assay)の有用性を検証した研究が報告されています.786名の参加者にアミロイドPET,タウPET,脳脊髄液バイオマーカー,そしてALZpath pTau217 Assayを行い,詳細は触れませんが,結論として,このアッセイにより脳脊髄液と同程度に血液で「生物学的AD(biological AD=臨床症状ではなく生物学的指標により診断するAD)」を正確に同定できること,かつp-tau217は発症前の前臨床段階を含め経時的に増加することを確認しています.

現在,抗アミロイドβ抗体レカネマブの適応を決める検査として,アミロイドPET検査と脳脊髄液検査が使用されていますが,高額であったり侵襲的であったりするため,近い将来,この血液検査に置き換わっていくものと推測されます.実際に米国ではその動きが始まっていますが,それはADの定義自体を抜本的に拡大しようとするものです.これがLos Angeles Times紙に記事としてまとめられており,非常に分かりやすいのでご紹介します.



【アルツハイマー病の新たな定義の提案】
新しいADの定義とは,記憶力に問題のない人であっても,血液でアミロイドβやタウが上昇していることが確認された人は,ステージ1のADと診断されるというものです.認知機能は正常でも,抑うつ,不安,無気力などが認められればステージ2,そして軽度認知障害(MCI)がステージ3,軽度,中等度,重度の認知症患者はそれぞれステージ4,5,6となります.

つまり「ADになるのに認知機能障害はもはや必要なく,血液検査が陽性であればよい」ということで,ADとは何かを再定義するものです.この認知症状のないAD患者という新しい病型を作るというアルツハイマー病協会(Alzheimer’s association)の計画は,10年以上前に具体化し始め,2011年と2018年に診断基準を更新する提案に盛り込まれ,この動きが昨年から本格化しました.これを提案する産業界と科学者からなるパネルメンバーは,「患者が早期に治療を受ければ受けるほど,より効果的である」と主張しています.ADの初期症状を持つ患者に対するレカネマブが使用可能になったことが,この動きに拍車をかけました.もしこの提案が認められれば,何百万もの正常な認知機能を持つアメリカ人が,血液検査を行うとADと診断されることになると新聞に書かれています.

【新たな定義に対するさまざまな批判】
科学と医学の進歩は人類に多大な恩恵をもたらしていますが,新たな技術や発見が登場するたびに,それに伴う倫理的な問題や懸念も浮上してきます(例:臨床試験と人体実験,遺伝子編集技術,人工知能と医療など).ADの再定義がなされると様々な問題が生じることが容易に予測されます.以下,列挙します.

1)検査で陽性となった人が必ずしもADを発症するわけではない.記事では検査陽性であっても,生涯に認知症を発症するリスクは23%という研究が紹介している.認知機能障害を発症しないかもしれない人々をステージ1と呼ぶことは適切ではないという批判がある.

2)認知機能に問題のない人が,アミロイドβやタウ値が異常であることを知ると,抑うつや不安,自殺願望に悩まされることがあることが,これまでの研究で示されていること.

3)検査結果が陽性であれば,雇用主や生命保険,障害保険,介護保険を提供する会社から差別を受ける可能性があること.例えば「もし検査で陽性となった人が飛行機パイロットであった場合,そのことを航空会社に報告しなければならないのだろうか?」という問題がすぐさま生じる.

4)認知機能障害のない人(ステージ1)に対して抗体薬が有効であるというエビデンスは今のところないにも関わらず,抗体薬を処方する医師が現れるようになるかもしれないこと.

5)20名からなるパネルのうち少なからぬ人が,製薬会社に雇用されていたり,利益を得ていたりと,COIの問題があること.またこの計画がアルツハイマー病協会に利益をもたらすこと(例;多くのアメリカ人がADと診断されれば,寄付をする人の数も増えること).

日本では,米国のレカネマブ適正使用ガイドラインで推奨されたApoE遺伝子検査をいまだにできない状態が続いています.ApoE遺伝子検査が導入されれば臨床的・倫理的・経済的問題が生じることから,その議論を避けたのか,もしくは単純に考えが及ばなかったのは分かりませんが,その代償として患者さんにリスク・ベネフィットの情報を提供することができないまま処方するということが起きています.近い将来,簡単にできる血液検査に置き換わる可能性があるわけですが,同じことを繰り返してはならないと思います.上述の問題に対する議論を避け,無思慮に開始されることがないように,我々は注意深く見守っていく必要があります.

◆血漿p-tau217の論文
Ashton NJ, et al. Diagnostic Accuracy of a Plasma Phosphorylated Tau 217 Immunoassay for Alzheimer Disease Pathology. JAMA Neurol. 2024 Jan 22:e235319. (doi.org/10.1001/jamaneurol.2023.5319)

◆Los Angeles Times紙「Inside the plan to diagnose Alzheimer’s in people with no memory problems — and who stands to benefit」
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