Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(6月12日)  

2021年06月12日 | 医学と医療
今回のキーワードは,空港におけるワクチン接種後のブレイクスルー感染の頻度,ワクチン接種後の若年男性における急性心筋炎・心膜炎,長期の嗅覚障害はウイルスの持続感染が原因,筋・末梢神経障害はサイトカインが原因,重症筋無力症患者における予後不良因子,COVID-19急性脊髄炎のシステマティックレビューです.

ファイザーおよびモデルナ社ワクチンは2回接種し,2週間経過すると抗体が十分産生される状態(full-vaccinated;完全ワクチン接種状態)になります.しかしそれでも変異株では感染が生じうることが報告され,「ブレイクスルー感染」と呼ばれています.問題は「どの程度の頻度で生じるか?」です.中東のカタールのハマド国際空港でこの検討がなされ,完全ワクチン接種状態の1万92名中83名がPCR陽性でした(0.82%!).オリンピックでは海外からの入国者数は当初の予定から減っても9万4000人と報道されています.もし全員完全ワクチン状態だとしても773人がPCR陽性となる計算です(もしワクチン接種も過去の感染も無ければ3.74%→3516人).もちろん単純計算はできませんが(偽陰性や変異株の種類の影響,対象の相違など),変異株の水際対策を失敗し,国内流入をまったく防げなかったことを考えると,二次感染や医療への大きな影響が危惧されます.

◆ワクチン接種後のブレイクスルー感染は生じるため,入国者の空港でのPCR検査は不可欠.
ファイザーおよびモデルナ社ワクチン接種が進んだカタールでは(100人あたりの接種回数92.89回;日本13.64回),到着の14日前までに2回目のワクチン接種を受けた乗客の検疫義務を免除することで渡航制限を緩和した.ただしハマド国際空港に到着した際,全乗客に対するPCR検査は継続して実施した.今回,乗客におけるPCR検査陽性率(2021年2月18日~4月26日)が報告された.2回のワクチン接種後2週間経過している3万1190人と,ワクチン接種歴も過去の感染もない21万5901人のうち,性別,年齢,国籍等をマッチさせた1万92人を比較すると,PCR陽性率はそれぞれ0.82%(!)と3.74%であった.ワクチン接種者のPCR陽性の相対リスクは,ワクチン接種歴・感染歴がない人と比較して0.22(95%CI,0.17-0.28)であった.PCR陽性の72検体の塩基配列は,B.1.351(β南アフリカ株;44.4%),B.1.1.7(α英国株;27.8%),B.1.617(δインド株;11.1%),および野生型(16.7%)であった.以上より,ワクチン接種と自然免疫による感染防御はともに完全とは言えず,到着した旅行者に対するPCR検査は継続する必要がある.
→ オリンピックで入国する外国人でワクチン接種が2度終了していても,1%弱の感染者がいると想定し対応する必要がある.
JAMA. June 9, 2021.(doi.org/10.1001/jama.2021.9970)

◆mRNAワクチン接種後の若年男性における急性心筋炎・心膜炎.
オランダからの報告.ファイザー社のCOVID-19ワクチンの2回目の接種後,4日以内に胸痛を呈した健康な若年男性の急性心筋炎または心膜炎の7名(14~19歳;全例男性)が報告された.うち5名は来院時に発熱していた.鼻咽頭ぬぐい液を用いたPCR検査は陰性であったことから,急性COVID-19は否定された.またMIS-C(multi-system inflammatory syndrome in children)の基準を満たした者はいなかった.7名のうち6名はSARS-CoV-2ヌクレオカプシド抗体が陰性であり,過去の感染も否定された.全例でトロポニンが上昇していた.心臓MRIでは,心筋炎に特徴的な後期ガドリニウム増強が認められた.7名はいずれも症状が速やかに回復した.3名の患者はNSAIDsのみで治療し,4名は免疫グロブリン静注療法(IVIG)とコルチコステロイドが使用された.ワクチン接種と心筋炎との因果関係は確立されていない.引き続きモニタリングを行い,このような事例があれば米国食品医薬品局(FDA)のワクチン有害事象報告システム(VAERS)に報告することが強く推奨される.
Pediatrics. Jun 4, 2021:e2021052478.(doi.org/10.1542/peds.2021-052478)

もうひとつ,イスラエルからもファイザー社ワクチン接種後の若年男性6名の心筋炎が報告されている.うち5名は2回目の接種後,1名は1回目の接種後に発症した.全員男性で,年齢の中央値は23歳であった.臨床経過は6人全員が軽度であった.心電図異常として,特徴的なびまん性PR部位低下とST上昇等が見られた(図1).
Vaccine. 2021 May 28:S0264-410X(21)00682-4.(doi.org/10.1016/j.vaccine.2021.05.087)
→ 重症化例はないため,モニタリングしながらワクチン接種は継続するという方針となるが,副反応として心筋炎が生じうることを周知する必要がある.



◆長期にわたる嗅覚障害は,ウイルス感染の持続により生じる.
フランスからの報告.COVID-19では,軽症において嗅覚・味覚障害が見られるが,その病態生理は不明である.急性の嗅覚障害を呈したCOVID-19患者7名について検討を行ったところ,嗅覚神経上皮がSARS-CoV2ウイルスの主要な感染部位であり,さらに嗅覚神経細胞,支持細胞,免疫細胞などの複数の細胞が感染していた.また嗅覚神経上皮におけるSARS-CoV-2の複製は,局所的な炎症と関連していた.さらに,SARS-CoV-2ウイルスがゴールデン・シリアン・ハムスターに,逆行性侵入(retrograde invasion;図2)により急性嗅覚障害と味覚障害を引き起こし,ウイルスが嗅上皮と嗅球に残存する限り持続,再発することが示された.最後にCOVID-19による嗅覚障害が数カ月間にわたって持続している患者の嗅覚粘膜を鼻腔ブラッシングにより採取したところ,(通常のPCR検査で鼻咽頭ぬぐい液からウイルスRNAが検出されなくても)ウイルス転写産物やウイルス感染細胞が存在し,炎症も持続していた.以上より,嗅覚神経上皮におけるSARS-CoV-2ウイルスの感染持続とそれに伴う炎症が,嗅覚・味覚症状の長期化や再発の原因と考えられた.
Science Transl Med. Jun 02, 2021(doi.org/10.1126/scitranslmed.abf8396)
図は以下より引用(https://bit.ly/3gpISRF)



◆COVID-19の筋,末梢神経障害はウイルスの直接感染ではなくサイトカイン放出に伴うもの.
COVID-19感染後に死亡した35名の患者の大腰筋と大腿神経を試料として,これらの組織へのウイルスの直接侵入(感染)を評価した研究が米国から報告された.対照群はCOVID-19陰性の10名とした. 感染者群では4名に神経筋症状が見られた.CK値は74%で上昇していました(平均959 U/L,29~8413 U/L).筋は32名に,タイプ2線維に限局した筋萎縮(type 2 atrophy),9名に壊死性ミオパチー,7名に筋炎が認められた.神経炎は9名に認められた.MHC-1の発現は,壊死性ミオパチーと筋炎の全例と,さらに8名に認められた.1 型インターフェロンによって誘導されて発現するミクソウイルス抵抗性タンパク質A(MxA)が,筋肉では9名,神経では7名の毛細血管で認められた(図3).一方,SARS-CoV-2ウイルスの免疫染色は,すべての筋肉と神経で陰性であった.10名の対照では,筋では全患者に2型萎縮,1名に壊死性ミオパチー,3名に非壊死性/非再生性線維でのMHC-1発現,2名に毛細血管でのMxA発現,1名に炎症細胞が認められ,神経では炎症細胞もMxA発現も認めなかった.以上より,大腰筋と大腿神経の障害はSARS-CoV-2ウイルスの直接侵入による障害ではなく,サイトカインの放出に関連すると思われる炎症,具体的にはウイルス感染で誘導される抗ウイルス系サイトカインであるI型インターフェロンを介するものと推測された.
Neurology. June 7, 2021(doi.org/10.1212/WNL.0000000000012344)



大腰筋の組織学的所見
血管周囲および筋層内の炎症(A),CD4(B),CD8(C),CD20(D),CD68(E)陽性の細胞浸潤,および壊死繊維が認められる(F).SARS-CoV-2の免疫染色は,全患者において陰性(G).ポジコン(H).MHC-1は,(I)びまん性,(J)血管周囲などさまざまな染色パターンが認められる.MxAは壊死繊維(K)や毛細血管壁で染色される(L).

◆重症筋無力症患者における予後不良因子.
重症筋無力症(MG)患者は,呼吸器の筋力低下,高齢,免疫抑制剤投与などにより,COVID-19感染で重篤化する可能性がある.チェコ共和国より,MG患者93名を対象として,COVID-19の重症度を予測する因子を検討した研究が報告された.35名(38%)が重度肺炎を呈し,10名(11%)が死亡した.COVID-19前に検査した強制肺活量(FVC)値が低いこと,コントロールが不良であること(QMGスコアによる),コルチコステロイドの長期慢性投与,およびリツキシマブ治療等は生命予後が不良であった(図4).アザチオプリン,ミコフェノール酸モフェチル,シクロスポリンは,予後に影響はなかった.感染中のMGの増悪は比較的まれであった(15%).
Eur J Neurol. June 03, 2021(doi.org/10.1111/ene.14951)



◆COVID-19に伴う急性脊髄炎のシステマティックレビュー.
COVID-19に伴う急性脊髄炎20名のシステマティックレビューが報告された. 男性がやや多く(60.0%),年齢の中央値は56歳であった.神経症状はCOVID-19の症状(主に呼吸器症状)が初めて認められてから平均10.3日後に出現した.COVID-19の重症度は比較的軽かった.髄液PCR検査は,施行した14名全例で陰性であった.髄液所見は,77.8%で炎症を示唆する所見を認めた.血清中AQP4およびMOG抗体は陰性であった(それぞれ10名と9名で検査).MRIでは脊髄病変は平均9.8椎体分節に及び,3名に壊死性・出血性変化が見られ,2名に急性運動軸索ニューロパチーの合併がみられた.患者の半数以上が免疫療法のセカンドライン治療を受けた.数週間の観察期間中に,90%の患者が部分的またはほぼ完全に回復した.
Eur J Neurol. June 01, 2021(doi.org/10.1111/ene.14952)


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