Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

三位一体の神の眼

2023-05-22 | 文化一般
今年は6月4日が三位一体の日のようである。三位一体とは、父神と子イエスと聖霊の三つ巴となると理解されている。そしてナーヘでの試飲会への途上車中のラディオではその三位について話されていた。途中から聞いたのだが、その三つ巴がカトリックでも最初は男と女と父となっていたようだ。これは分かり易い。そもそもピラミッドの対称形もその様な文化であって、近世になってからのフリーメーソンのピラミッドと眼、そしてUSダラー札の図など全てそれだとされている。

陰謀論者が喜んで挙げるあの眼である。話し手はペーターボルンの神学大学の教授で神学と文化との関係を研究している学者である。蛇足乍ドルトムントのコンサートホールに出かけた時にそのの司教区のセミナー施設に宿泊したことがあって、コロナ真っただ中乍ゆったりとテラスで朝食をして更にお土産まで貰って来た良い覚えがある。近くに行く節はまた使いたい。

さて陰謀論者が恐れるその眼はまさしく神の眼のようで、話し手は快いものだとしていた。つまり二者の関係ではなく、三つ目の眼が見守ってくれるというような三つ巴となっているようだ ― 決して監視されているとは言わない。

そこで思い出すのは黒澤監督の「八月のラプソディー」かもしれない。先年亡くなった作曲家のジェフスキーが語っていた同監督作品の「夢」と同様にCG技術が使われて空に眼が浮かぶ場面である。先の男女の関係からはヴァギナから子宮へと繋がりの眼と考えることも出来て、三位一体の本質はその辺りにあるようだ。だから今の様に抽象化された概念はルネッサンス以降で啓蒙思想として為されていて、それ以前の絵画や彫刻などはなるほど様々に具象化されていて、余計に何か逆に解釈を感じさせていた。
Rhapsody in August Official Trailer #1 - Saburo Kadowaki Movie (1991) HD


興味深いのは先々代の教皇パウロ二世のマリア信仰が始まるのは17世紀の兄弟運動の中であって、三位一体に並んで女王として扱われるようになっている。

音楽芸術においても三という数字は大きな意味を持っている。その音形をバッハなどにおける十字架形のように考えてみると言うことは既に言及したプロコフィエフ「戦争と平和」において触れたものと関係性があるか。(続く

ワイン試飲会から無事帰宅した。早めに出かけて12時半には試飲を始めれたので、終了の15時迄には余裕があった。最後迄居残りするようだと酔いが回っているのだが、先に辞去するだけ未だ醒めていた。帰りに橋の上に車を停めて写真撮影した。

帰りは一か所だけ道を間違えそうになったが、対向車がなかったので直ぐにリカヴァリーで戻れた。往路には切れていたナヴィでスピード違反の恐れも無いだろう。但し在所に戻って来て唯一の信号で待っている時につい居眠りをしていた。直ぐに気が付いたが、片道100kmぐらいが限界だった。

次回の試飲会は九月なので、車は未だ今の儘だろうが、少なくとも眼鏡は変わっているので、それでも眠気が来るようならば宿泊する方が安全だろう。やはり飲酒運転は止めた方が安全である。今日は今年一番の暑さで摂氏25度を超えたところも少なくなかったようだ。



参照:
よりダイナミックへと 2023-05-18 | ワイン
BACHへのその視座 2021-08-22 | 音
山羊の競り落とされる日(2) 2005-05-20 | 暦

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