橋本屋吉次郎電子日誌

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勝連城

2020-02-16 | お城巡り(続日本100名城)
勝連城は、14世紀初頭に勝連按司によって築城されたと考えられています。
この城の最後の城主(10代目勝連按司)阿麻和利は、圧政を敷き酒に溺れていた9代目勝連按司の茂知附按司に対してクーデターを起こし殺害、この地方の按司として成り代わり海外貿易などを推し進めますます力を付けました。
さらに、阿麻和利は護佐丸・阿麻和利の乱で護佐丸を討ち取ったのち、尚泰久王をも倒そうと琉球の統一を目論みましたが、1458年に王府によって滅ぼされ勝連城も廃城となりました。

座喜味城からは、車で40分ほどです。


無料駐車場が用意されています。
所在地: 沖縄県うるま市勝連南風原3908
開所時間: 9:00~18:00
定休日: 年中無休
駐車可能台数: バス6台,普通車40台


隣接する無料休憩所
続日本100名城スタンプはこちらで押すことができます。


模型


いざ、登城!


こういうのって楽しそうでイイですね。
しかし、私のスマホ、最近バッテリーも持ちが悪くて・・・


防御田地
平時は水田ですが、有事の際は兵馬の侵攻を防ぐ沼地として機能します。
本土の城でも見られます。


一番低い四の曲輪へ

大きな川の少ない沖縄ではカーとよばれる泉が大切な水源となっていました。
ここには、いくつかのカーが残されています。


門口のカー


マチダ・ナケージガー


仲間ヌウカー


ウタミシガー


他の曲輪はより高いところにあり、石段を登っていかなければなりません。

三の曲輪城門




三の曲輪



トゥヌムトゥ
神人(かみんちゅ)とよばれる女性祭司が遙拝の際に座る場所です。




二の曲輪基壇
三の曲輪と二の曲輪の間は石灰岩でつくられた石段が敷かれています。

二の曲輪の舎殿跡
首里城正殿のように瓦葺きで柱の多い建物が建てられていたと考えられています。


ウミチムン(火の神)
琉球古来の信仰で火の神が祀られています。


ウシヌジガマ
ガマは石灰岩にできた自然洞窟です。
いざという場合、身を隠す場所にされていました。


一の曲輪階段
上に行くほど狭まるようにつくられています。


一の曲輪


最上部のこの曲輪は石垣の壁で囲まれています。


中城湾を見下ろすことができます。


海中道路も


玉ノミウヂ御嶽
勝連を守護する霊石をご神体とする御嶽

勝連城を訪れるのは二回目です。
四年前に比べても、心肺的にはなんら変わらなく感じましたが、少々足元がおぼつかなく、つまずきそうになったり踏ん張りが効かなかったりとどうも脚力が落ちているように感じました。
続日本100名城めぐりを今後も楽しむためにはトレーニングが必要かもしれません。

コメント (4)
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