橋本屋吉次郎電子日誌

YAMAHA SR400・マツダ デミオ・ツーリング・城廻りについて・その他

堀川城・刑部(おさかべ)城

2013-03-28 | お城巡り(その他)

今回おじゃましたのは、浜名湖の北東の気賀(静岡県浜松市北区細江町)です。


1 気賀関所
2 堀川城址
3 刑部城址  と反時計回りに徒歩でまわってきました。
約1時間ほどのお散歩です。


【気賀関所】

浜名湖は汽水湖であるので南を通る東海道は渡船を利用しなければなりませんでした。
これを避けるため、見附宿(静岡県磐田市)と御油宿(愛知県豊川市)間で浜名湖の北側、本坂峠を越えるルートが増設され、本坂道(姫街道)とよばれました。

この宿場のひとつである気賀には交通取締りのために気賀関所が創建されていました。
気賀関所は、箱根関所、新居(今切)関所とともに東海道三関所と称されていたそうです。

現在の気賀関所は、1989(平成元)年、ふるさと創生事業として元の場所から600メートルほど西に、現存する資料を調査して、再建したものです。

関所は江戸を防備することを目的としています。
俗に「入り鉄砲に出女」といわれ、江戸への鉄砲の持ち込みや、人質として江戸に住まわされていた大名の妻子などが国元へ逃げ帰ることを防ぐための監視を中心に、往来する人々や荷物の取調べを行いました。


背後の武器が無言のプレッシャーです。


女改め
手形の記載と本人の年齢・容姿が一致しているかどうか入念に検査します。

制札


【堀川城】
1568(永禄11)年、徳川家康による遠江進攻がはじまりました。
目標は桶狭間の戦いで織田信長に討たれた今川義元の子である氏真の居城掛川城です。
当時、浜名湖北岸地域はまだ今川方の勢力が健在でした。
佐久城の浜名氏、堀江城の大沢氏、そしてここ気賀の小土豪たちが大沢氏の支援を受けて結束していたのです。

田んぼの中に公園のようにぽつんとただずんでいました。

都田川の水を引き、満潮時には島のようになり、徒歩で近寄れないようになっていました。

遺構は残っていません。
碑が2つあるだけです。

さて、掛川城を囲んだ家康ですが、一旦三河に引き上げて出直そうと気賀にさしかかったところ、そこの村人たちが武装して堀川城に集まり、不穏な様子が感じられました。
そこで家康は雑兵の姿に変装し、彼を含めた一隊17騎で先発した。
これとは別に200の兵が後から進んだ。
堀川城では後発の200人が本隊で家康はその中にいると判断、これに襲いかかりました。しかし、家康は先に逃れたことに気付いて愕然としたのでした。

翌年、3000の徳川勢が大挙して堀川城に迫ってきました。
堀川城の城兵2000人とはいえ百姓主体の男女入り混じった村人らです。
いくさ慣れした徳川勢に敵うはずもなく、戦闘は一日で片付きました。
残った人々も徹底的に捕らえられ、ことごとく首を打たれました。
犠牲者は1700人余、これは当時の住民の半数以上にあたります。

首塚と供養碑


どんな祭なんだろうか?


刑部城址に向かって歩き出します。
堀川城裏手にある、みをつくし橋

橋から見た都田川

堤の桜はちょうど見頃でした。

読めない石碑


屯倉水(みやけすい)神社
かつては屯倉神社と水神社として別々の地に祀られていましたが、堀川城の戦いに備え、屯倉神社の社地に堀川城を築き、社殿を水神社へと合祀、社名を屯倉水神社と改め現在に至ります。


【刑部城】
阿王山紫城とも称される刑部城は、堀川城とともに家康への備えとして、地元の豪族らによって築かれました。
しかし、家康側の猛攻の前にひとたまりもなく落城したそうです。
刑部城はその後、家康公の家臣・菅沼氏が守ったそうです。
なお、1572(元亀 3)年、三方ヶ原において徳川軍を壊滅させた武田軍は、この刑部の地で越年しました。

現在、県道261号線(姫街道)によって、城跡は分断されています。

非常にわかりにくいですが、

館跡です。


堀切
こちらはわかりやすいですね。

城址先端部にある金山神社

何が祀られているのでしょうか。

神社後方

周囲は都田川に囲まれている要害です。

刑部城落城時の話として次のような伝承が残されています。
刑部城には 1人の美しい姫があったが、姫は敵兵にかかって恥をさらすのをきらい、城の近くの池に入水し、美しい金襴の蛇に姿をかえた。
その後、この池は「金襴の池」と称されるようになったが、のちに池は埋め立てられてしまい、残念ながら現在は残っていないそうです。

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J-Cruise

2013-03-24 | バイク

愛用しているYAMAHA ZENITHヘルメット

耐用年数の3年をとっくに過ぎ、フルフェイスを買ったのが1年前

で、引退したかというと、さにあらず
暑い日のちょいのりやカブを乗るときはジェット型の方を選んでしまいます。
というか、フルフェイス型は気合い入れてロングツーリングするときぐらいしか使わないかな。

そのような理由により雇用延長しておりましたが、とうとう5年目を迎えるに至り、いよいよご勇退してもらうことにしました。

そんな折も折、バイクセブン名古屋店が大改装OPEN!とのこと

割引券が贈られてきたので、「渡りに船だ」とばかりに乗っちゃいました。

購入モデルは半年も前から決めておりました。


ショウエイ J-Cruise

なんていったて、日本製のジェットタイプでは初めてのインナーバイザー!

1年前に購入したフルフェイスにも付いていますが、
使ってみるとこれが無茶苦茶便利!

 ① 高速走行時でもサっと出して(急に日が差しても大丈夫)サっと仕舞える(トンネルに入ったときなど便利)。
 ② 信号待ちの際、ミニスカおねえちゃんがいても安心してガン見できる。
 ③ 夏場、インナーバイザーを下げ、シールドを開けて乗っていると、頬に風が当たり、気分よい。
 *ただし、取扱説明書には「サンバイザーは日除けのための装備であり、シールドとしての機能はありません。シールドを開けてサンバイザーのみでは走行しないで下さい。」とありますので、ご注意を。

バイクに乗り続けること31年、いろいろヘルメットを買えてきましたが、そのほとんどがAraiで、SHOEIは1回しか使ったことがありませんでした。
ずっと以前からAraiのメットはメガネ使用者のために、つる部分が入るように溝が付けあったことと、オフロードヘルメットでは一日の長があったためです。
でも、それも過去の話です。

ところで、Arai頭とSHOEI頭があると良く聞きます。
さて、私の頭はSHOEIに果たして合うのでしょうか。
28年ぶりにLサイズのSHOEIメットに頭を入れてみました。

びっくりです!
おどろくほど、ぴったりです。
まるでオーダーメイドみたいです。

色も気に入ったので即決です。

価格4万6200円ですが、店頭価格は4万1800円
さらに、OPEN記念の会員割引で、3万8800円でした。
ネットならば、さらに5000円ほど安く買えるようですが、通信販売でヘルメットを購入するには抵抗があります。
ひとつは被ってみないとわからないこと、もうひとつは(失礼ながら)宅配業者の取り扱いが心配なのです。
すべての宅配ドライバーがきちんと扱ってくれるのでしょうか。
バイクに乗らない人だと、中身がヘルメットと知り(丈夫な商品と思って)ぞんざいに扱われてしまうってしまうこともあるかも知れません。


YAMAHA ZENITHとの比較
大きさは普通のジョットヘルメットと変わらないです。


アッパーエアインテーク
デザイン的にはイマイチですが、グラブをはめたままでも操作しやすいです。


トップエアアウトレット
エアインテークともに出っ張りが少ないのはGOODです。

インナーバイザーの出し入れはこのレバーを上げ下げするだけ
走行中でも視線移動なしで操作できます、もちろんグラブは着けたままでOK


「マイクロラチェット式チンストラップ」
差し込むだけで簡単に確実にロックできますので、グラブをはめたままでも楽々です。
締め具合の微調整も簡単にできます。
リリースするときも赤いレバーを引くだけで超便利

メガネのつるがあたる部分に切れ込みがあります。


付属の布袋
肩から掛けて使えます。
ツーリングバックにして使おうっと
ビグスク+トップボックスですので、バッグが丈夫である必要も防水である必要もありません。
大事なのはコンパクトに収納できるやわらかい素材がいいのです。
革製のカバンよりも、コンビニ袋の方が私には実用的なのです。

実際に走行してみて、またびっくり!
静かなのです!
クルマに乗っているようです。
しかし、自分のエンジン音や排気音は良く聞こえます。
不思議です。

しばらくして、からくりがわかりました。
風切り音が相当抑えてあるのです。

シールドが、あごの下までフルカバーして
風の巻き込みを抑制する独特の形状が利いているのです。

前回は高価なArai・SHOEIを避けて、YAMAHA製を選択しました。
今回もインナーバイザーはあきらめて、YAMAHA ZENITHにしようかなと思いましたが、使ってみると価格が高いだけのものがあることがわかります。
内装もフィット感も風切り音も違います。
価格.comで人気No.1になる理由がわかりました。

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大阪モーターサイクルショー 2013

2013-03-19 | バイク

大阪モーターサイクルショーを観に行ってきました。

今年も来ました。インテックス大阪!

毎年この時期に行われ、もう10年以上も通っております。
ただこの時期、名古屋や大阪はおだやかな春でも、名阪国道は雨や雪だったり、強い風が吹いていたりするので、根性のない私は早々にクルマで行くことにしました。
しかし、ここ数年にない好天

そのためでしょうか、それともバイク人気が復活したのでしょうか?
たいへんな人手でした。

じっくり写真を撮るのも大変でしたので、私の偏見で興味あるモデルだけ紹介したいと思います。


まず、VTR-F(ホンダ)
VTR250にハーフカウルが付いたモデルが追加されたことは知っていました。
ただ、写真を見る限る、CBR250Rのカウルをとってつけたような不釣り合いなデザインに「こりゃだめだ・・・」と思ってしまいましたが・・・
実物を見ると結構いいじゃないですか!
バイクにも写真写りの良いモデルと悪いモデルがありますねえ。

VTR250自体が伝統ある完成されたモデルなので、これは気になります。
とりあえずまたがってみようと思いましたが、皆思うことは同じようで大人気でした。


CTX700(ホンダ)
楽ちんそう


ズーマーX(ホンダ)
「ズーマーの新モデルか、デカイなあ」と思いましたが、タイホンダ製の108ccスクーターなのです。
販売価格は50ccズーマーよりも安く、20万円を切るそうです。


GROM(ホンダ)
こちらもタイ生産
MSX125が日本向けとなってグロムと名乗っています。
シリンダーは水平にマウントされていますがモンキーやカブ系と違いますし、Apeとも違うエンジンみたいです。


マジェスティS(ヤマハ)
小マジェに似た印象のこのバイク
排気量は155ccなのです。
ですから、いざとなれば高速道路も走れちゃうのです。


TMAX(ヤマハ)
数年前はホワイトマックスでしたが、今度はブラックマックス!

どうもヤマハはつや消しブラックが流行りのようで、


ドラッグスター250(ヤマハ)
以前からあるモデルですが、質感がかなりあがって見えました。


ボルト(ヤマハ)
こちらも、つや消し黒塗装が質感を上げています。
クルーザーというよりは、VMAXに似た乗車ポジションでしょうか。
残念ながら、またがることはできませんでした。


SR400(ヤマハ)
35周年のアニバーサルモデル
私は毎年、SR病にかかります。
はしかのように数日から数週間、SRがほしくなる熱病です。
本年は、結構重症でPCの壁紙はSRになってしまいました。
まあ、なんとか沈静化したようですが、何年か先にはコロっと買い換えてしまうかも知れません。


TOURING SEROW(ヤマハ)
SEROW250に大型スクリーン・ブラッシュガード・リアキャリア・アンダーガードを装備したツーリングモデル。
以前、私はSEROW225にほぼ同様の装備を施して乗っていました。
当時はスクリーンのオプションはなく、苦労して自作しました。
結局パワーを求めて、他のバイクに乗り換えちゃったのですが、今思うといいバイクでした。
バイクもクルマもカタログ数値じゃわからないとことに良さがあるのですよね。
ただ、皆さんもそんなことはご存じのようで、多くのおじさんたちが群がっていました。


Ninja250(カワサキ)
より洗練されましたね。


Ninja400(カワサキ)
これも結構人気がありました。


Z800Z250(カワサキ)
手前がZ800、中型バイク並みのコンパクトさ、逆にZ250は迫力あるボディで、こうして並べてみても見劣りしないです。


C650GT(BMW)


C600Sport(BMW)
BMWのスクーターなんて、お金もなければ、免許もない、足つきだってつらい。
だから、関係ない・・・・・・・って自分自身に言い聞かせてみましたが、足下のバッグは気になりました。

便利そう!


Hypermotard (DUCATI)
このモデルのツーリングバージョンが世界初公開、それが↓


Hyperstrada(DUCATI)
しかし、会場が真っ赤で写真が撮りにくいです。


Duke390(KTM)
単気筒390ccながら44馬力、136kg
すでに販売されているDuke125,200から推察しても、中型最強間違いなし?
またがってみると、上体の伏せはさほど強くなく楽ちん、ただしステップは結構後方です。
ホイルベースも結構短いのでかなりやんちゃそうです。

大昔のハーレーダビットソン


ハーレー・ダビットソン社は今や日本でもっとも販売に力を入れているメーカーではないでしょうか。
しかし、正直、興味がないのでパス
いや、バイクが悪いわけではないのです。
ハーレーに乗っている結構多くの一部の人のマナーが悪いから嫌いなのです。

ブログネタ的には、ここらで綺麗なおネエさんに登場していただきたいものですが、今年は出展?が少ない!
だから、いずれも黒山の人だかりができていました。
その中に混じって撮影するのは大変でした。

大阪モーターサイクルショーでは実際にまたがることができ、ポジションなどを確かめることができます。
人気車種の周りには人が群がっているのですが、特に多かったのがVTR-F,SR400,Ninja250・400でした。
250cc~800ccぐらいのミドルサイズに人気が集中していたように思います。
リッターバイクはそれなり、ビッグスクーターはかげりが見えていました。

以前から思っていたのですが、バイクを乗り始める若い人って、100万円も払えないじゃないですか。
当然、250か400ccぐらいから乗り始めるべきなのですが、このクラスの車種が少ない。

メーカーはリターンライダーをそそのかし、リッターバイクの販売に力を注いでいるようですが、いったんバイクを降りた人でしょ?
大きなバイクにまたがっても、使いこなせず、すぐに離れてしまうことがわからないのでしょうか?

それに対して、むしろユーザー側が自分の買えるバイク、扱えるバイクがわかってきているようです。

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建部大社

2013-03-16 | 一の宮巡り

近江国一之宮、建部大社(たけべたいしゃ)は滋賀県大津市神領にあります。
歴史は古く、116(景行天皇46)年に神崎郡建部郷(現在の東近江市五個荘付近)に、
 景行天皇の皇子である日本武尊を祀ったのが始まりとされ、675(天武天皇4)年に現在地へ移転したと伝えられています。


一の鳥居
瀬田の唐橋の東、300mほどのところにあり、古くから歴代朝廷の尊信が驚く、また武将たちの崇敬も深く集めましたが、たびたび戦乱にも巻き込まれてしまいました。


二の鳥居


手水


だそうです。


神門


狛犬


拝殿



二棟並んだ社殿
東側が本殿、主祭神は日本武尊
西側は権殿、これは仮殿のことで、本殿造営時に神を仮に遷し祀る建物のことです。
現在は、この権殿に大己貴命(おほなむち、大国主の若い頃の名前)が祀られています。



社殿脇の摂社・末社


宝物殿

御神木であった松の根

武富稲荷神社

大野神社

コンパクトな一之宮ですが無料駐車場が二カ所設けられていました。

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膳所城

2013-03-12 | お城巡り(その他)

日本三大湖城とは、宍道湖の松江城・諏訪湖の高島城・琵琶湖の膳所(ぜぜ)城を指します。
このうち、未登城であった膳所城へいってきました。

まずは、予習です。


                       大津市歴史博物館
                所在地:滋賀県大津市御陵町2番2号
           観覧料:一般210円,高校生150円,小学生100円
            開館時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)
             休館日:月曜(祝日・振替休日の場合は開館)
                   祝日の翌日(土・日曜日の場合は開館)
                                  年末年始(12月27日~1月5日)

膳所藩の歴史について学べるほか、膳所城の復元模型も展示されています。


膳所城の本丸付近は膳所城跡公園(滋賀県大津市本丸町7 )となっています。


公園入り口にある復元された城門

碑には天守閣跡とありますが、よくわかりません。

こちらからだと、それっぽくも見えますが、後から整備されたようにも思えます。

こちらの石は膳所城のものでしょう。
琵琶湖に突き出た浮城であったことがわかります。

しかし、ここまで埋もれてしまっているのは地盤が弱いところに建てたため、沈下したのでしょうか。

膳所城は波による浸食に悩まされ続けたそうで、絶えず城の補修を余儀なくされ、これが藩の財政を逼迫させる一因となったようです。
このため、なんと廃城の太政官布告が出された翌日には天守以下の建物の解体・移築が行われたのでした。

遺構はほとんど残されていませんが、現在の膳所城跡公園は市民に親しみ愛されているように思えます。

城下町を散策してみました。


公園前の大津市立膳所市民センター

三の丸跡の膳所浄水場

いずれも城郭風に建てられたもので遺構ではありません。


膳所神社(大津市膳所1-14-14)の表門
本丸大手門を移築したものです。

瓦には城主本多氏の立葵紋がみられます。
膳所藩は、彦根藩(井伊家)・小浜藩(酒井家)に次ぐ譜代の大藩で、主に本多家が治めていました。

北門

南門も膳所城の遺構です。


篠津神社(大津市中庄1-14-40)表門
北大手門を移築したものです。



白塗りされている六体地蔵
江戸時代から伝わっているものだそうです。


そして、なにげない地蔵堂の建物は膳所城のお椀倉を移築したものなのです。
その証拠が瓦にあります。


古い時代のものではないでしょうが、周囲の建物も城下町の面影が残されているとおもいませんか。

地名にも


少し離れた茶臼山公園(大津市秋葉台35-9)の中腹にある芭蕉会館


本丸二層隅櫓が改築されたものです。
これも、言われなければ気付かないでしょう。
「趣味の悪い公民館だなあ」と思ってしまいます。


本丸跡からみた近江大橋

里謡に「瀬田の唐橋からねぎぼし、水に浮かぶは膳所の城」と謡われていたそうです。
つい先日まで、近江八景のひとつである瀬田の唐橋はこの橋のことだと思っていました。

帰路、瀬田の唐橋に寄ってみました。
今ではごく普通の橋に見えますが、宇治橋、山崎橋とならんで日本三名橋・日本三古橋の一つとされているそうで、日本の道100選にも選ばれています。

というのも、古来より「唐橋を制する者は天下を制す」と言われた交通の要所であり、
壬申の乱(671年)では、大友皇子と大海人皇子の最後の決戦場となった歴史ある橋なのです。
(・・・なんて、大津市歴史博物館で仕入れてきたばかりの知識です)

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大鳥(おおとり)神社

2013-03-08 | 一の宮巡り

和泉國一之宮「大鳥神社」は大阪府堺市西区鳳北町にあります。


一の鳥居と社号標
正式な社名は大鳥神社(おおとりじんじゃ)であるが、一般には大鳥大社の社名の方が広く使用されているそうです。
駐車場がよくわからなかったから、ここに駐めましたが果たして良かったのでしょうか。



狛犬

石燈籠


参道
穏やかな日の昼下がりでした。

木々に隠れるようにしてあった祈所

離れたところにある第二祈願所はこんなに立派


御祭神・日本武尊の像
日本武尊は西征して熊襲を平定し、東征して東国を平定しましたが、伊吹山で病に倒れ、伊勢国能褒野で薨去します。
遺体はその地に葬られましたが、魂が白鳥となって飛んでいき、最後に大鳥の地に舞い降りたので、社を建てて祀った。これが大鳥神社の始まりだとされています。
神域は千種森(ちぐさのもり)と呼ばれ、白鳥が舞い降りた際、一夜にして樹木が生い茂ったと言われています。


神馬像


手水


堺市指定保存樹木にもなっている楠の木
でも、こんなに刈り込んでいいのでしょうか。
楠の木は常緑広葉樹です。

他の木はこんなに青々としています。

根もこんなに立派


二の鳥居。正面に拝殿。


拝殿


折り紙おみくじというのは初めてかな?


中門と本殿

与謝野晶子の歌碑
ここの出身だったんですね。

1160(平治元)年、平清盛・重盛親子は熊野参詣の途中、都にて兵乱があるとの急報を聞いて都へ帰る途中、ここで戦勝を祈願したそうです。
世に言う、平治の乱ですね。
はたして、武勲を揚げ、平家の隆盛の足がかりとなりました。


摂社・大鳥美波比神社
御祭神は天照大神、相殿に菅原道真公


東側の鳥居


神社は「大鳥」ですが、地名も駅名も「鳳」です。

何が収納されているのでしょうか。

社務所

奉納額

ああ!こんなところに駐車場があったんだ!

境内の面積は、約15,000坪だそうで、社叢や神池が広がっていますが、一般参拝者は立ち入ることができないところが多いです。
神域だから致し方ないでしょうが、

建物に

無粋なロープが囲われてあるのは何でしょうか。

良識ある参拝客ならば「立ち入りをご遠慮ください」と札を立てれば済むことですし、盗人からすればこんなロープは何の障害にもならないと思うのですが・・・それとも、結界?

 

大鳥大社(大鳥神社)
大阪府堺市西区鳳北町1-1-2

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オヤジたちのスキー

2013-03-02 | なにげない日常

同僚に誘われ、オヤジ3人(皆、高血圧)でスキーへ行ってきました。

→オヤジには適度な運動が必要

朝8時に自宅を出発。

→オヤジはゆっくり出かける。無理すると体力が持たない。

目的地は国見岳スキー場
所在地は岐阜県揖斐郡揖斐川町春日美束4385-58
ざっくり言うと伊吹山の北隣です。

となると、名古屋からも関西からも近いので混むように思えそうですが、さにあらず
アクセス路がこんなんだから(どうか対向車が来ませんように・・・)、敬遠する人も多く、自宅から一般道で1時間ちょっとの穴場スキー場なのです。

→オヤジは穴場を知っている。

さらに、このスキー場、駐車料金を取りません。

リフト料金もこんなにお得!

なお、50歳以上はシニアとなります。

→オヤジはシニア料金でお得


リフト3本のコンパクトなスキー場です。

ユートピアゲレンデは前半が急斜面、後半が緩斜面です。
前半部分は林間コースで迂回することができます。

中央ゲレンデは初心者用の広い緩斜面です。

トラスゲレンデはほどよい勾配が続くロングコースで中級者向き。
ゲレンデの幅は広くありませんが、滑っている人も少ないので気になりません。


カモシカゲレンデは急斜面なので人が少なく、スピードを存分に出すことができます。
この日は旗門が設置してあり、雪質も最高で十分にとばすことができました。

→オヤジは注1知世ちゃんを見て、注2SURF&SNOWを聞いて育ったので、スキーは得意なのです。

とにかく、この日は天気良く、雪質も最高でした。

えっ何? リフト待ち時間ですか?
そうですねぇ、平均すると15秒ぐらいでした。

事前に打ち合わせて、昼食は2つのメニューから選ぶことにしました。
 A定食・・・豚汁+コンビニで購入したおにぎり2個
 B定食・・・ラーメン+コンビニで購入したおにぎり1個
私はA定食にしたのですが、
なんと、豚汁が定食のみとなっており、単品が無くなっていました。
作戦がばれていたようです。
仕方なく、うどんに変更です。


関ヶ原よりもわずかに東ですので、関東風の黒いつゆです。

→オヤジはゲレ食を節約する

(近年、サービスエリアのメニューはずいぶんおいしくなりましたが、ゲレンデはまだまだとおもいます。)

このとき、隣のテーブルの人たちが、食堂のおばさんに注意されました。
「持ち込みは禁止だよ!」
私もあわてて、コンビニおにぎりを隠しました。
でも、よく見ると食品ではなくてスノーボードを建物内に持ち込んだことを注意されていたようでした。

→オヤジはおばさんに弱い。

ネットを見ると「昭和の香りのするスキー場」なんてありましたが、昭和じゃなくて平成のはじめですね。
昭和時代のスキー場の食事は、カレーかラーメンしかなく、エアコンじゃなくてでっかいストーブが置いてあり、そのまわりで手袋を乾かしたものです。

ゲレンデに流れる音楽も歌謡曲ではなく、レゲエだったもんね。
→オヤジは昭和時代のスキー場を知っている。

この日は3時まで滑りました。
昔はぎりぎりまで粘ってゲレンデパトロールを一緒に降りたりもしましたが、今はそんなことしません。
翌日の仕事に影響します(あるいは翌々日?)。

→オヤジは無理をしない。

この日の会計報告
リフト1日券(シニア)   2,000円
食事               870円
飲み物              230円
交通費(ガソリン代)     400円
合計              3,500円 

→オヤジの小遣いはすくない
 
こうして、オヤジの休日は過ぎていくのでした。

脚注
1.原田知世が「私をスキーに連れてって」ってなんていって映画に出るモンだから、世の中はスキーブームとなり猫も杓子もでかけたそうな。でも私は猫が滑っているところも杓子が滑っているところも見たことがありません。
2.松任谷由実の10枚目のアルバム。この当時のクルマは夏はサーフボード、冬はスキー板を屋根に積んでいたのでたいそう燃費が悪かった。

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