光年・千年

纏わりつくが、纏まらないおはなし、日記ふう。

かなり、寒いかも知れない。

2009-11-18 18:48:44 | 植物・花(秋)
  寒さは、急にやって来る。というのは、人の感じ方で、さほどの変化はないもの。
など頭の中で、考えるのだが、やっぱり寒さは年々ひどく感じるようで、でも暑さの方も
かなり耐え難いものもあるから、寒いのも嫌で、暑すぎるのも嫌というわけで、どっちだ
というのはない。これはかなりはっきりしている。

  系統でゆくと、父方の祖父は、夏に寒いとかいい出してそれでセータを着ていたと
いうが、本当らしいが、感覚の麻痺のようなものがあったのではないか。また父も、
その遺伝子を引き継いだようで、たしかに普通程度の寒がりで、晩年はもう認知症も進んで
寒いも暑いもなかったようだが、やはり、ほどほどに、さほど寒くなくても、寒いと訴えた
ような記憶があるが、それももうかなりぼんやりとしている。それくらいに、認知症は
ゆっくりとしかしあるときに急激に進行するようで、脳疾患の恐ろしさは、脳梗塞云々と同じ。
  で、脳の血管の障害で認知症が始まるというものもある。何もアルツハイマー病だけ
ではない。父のもう最期というときに、なぜかお医者さんは脳梗塞の疑いもあるとか
おっしゃったが、なんとなくだが、いろいろ疾患を並べて症状の悪化を説明している、
感じもあった。でも、

  そのくらいに、人の病、人の最後はわからないもので、いずれにしろ時間の問題で
あったのに違いない。認知症は、今は言ってみると、老化の顕著なものという感じがして、
しょうがない。しかし、一人孤独に認知症の症状がありながら、それがわからず、あるいは
まわりの人もそれを理解しないで、置いておくというのは気の毒な感じがある。人は、
人といろいろと話しをし、親交を深めるということで、何か今度は逆に体の方での反応が
ありそうな気もするからだ。気と体は、あるところで同じだと思えるものもある。

  特に、心配性の方、その他いろいろ悩みの多い方も、それこそいらぬお世話はまったく
の方向違いの出来事になるが、そうでない、人と人との話しで、またその親交を深めること
で、治療といえるような、あるいは、不安神経症なども、そのようなものがもっとも有効な
場合もあるような気もする。気持の有り様は脳細胞の中の神経伝達物質の作用で制御されて
いるという考えが一般的だが、その安定性の理由から、安定性を保つ、あるいは回復させる
ものは、薬の作用も有効なのだろうけれど、恐らく人との会話、人から得られる心の底
からの安心感というのも、きっと有効に作用している。
  こうゆうものは、例えば「いいことがあれば、疲れも吹っ飛ぶ」みたいなことで、昔から
いわれていることだが、ことさら今の時代にそうゆうものが求められているかのような、
気もしてくるからおかしなものだ。気は病で、病は気で、この溝が深まらないことが
大切なようである。

  今日は、かなり寒かったから、また寒いときに雨のときに出かけていて、濡れるのを
覚悟で、雨の道を歩いていたが、お天気の神様は微笑まず、また見事な本降りに合流して、
面白くはなかった。雨宿りというのも考えたが、それが出来る場所もないことがよく
わかったし、上の屋根のあるところでも下は雨で濡れていた。よっぽどひどい雨の降り方
をしたとしか考えられない。
  今はどちらかというと、天井のあるアーケード街というところは寂れていて、賑やか
というか、結構人の出入りするところは、大型のショッピングセンタや大型スーパが多い
ようだが、こうゆうところでも雨降りのときは結構不便だというのもわかった。もっとも
お店の立場として、いくらか雨でも入り口辺りには天井をこさえて便宜を図っているよう
だが、横殴りの雨とかだと、あるいは吹雪とかの場合も、雨と雪の攻撃にはかなわない感じが
した。

  生活のパタンが変わって、それこそ快適で、快適で、さらに快適を求めて今の時代が
あるようだが、なぜかそれがうまくないような出来事とか場所に出くわすが、はたして
昔はどうだったか、ひどい天気というのもあったのは間違いないが、それを気にせず、
これも運が悪いと諦めていたのか。
  新聞のコラムを見ていたが、今は何しろ生きにくい時代で、それゆえそれを回避する
ための処方の本が売れるというが、さて効果はどうかという「本」もあるようだ。

  雨の、雨滴のある光景の続きで、本物の雨にあい、かなり冷たい思いをしたので、これは
寒いかも「知れない」ではなくて、寒いと断定するのがいいようで。





  サザンカの雨滴。




  サザンカの葉っぱの雨滴。サザンカはこの雪の降るところでも常緑で
  寒さにも強い。でも、寒そう。




  キバナコスモスではなく、マリーゴールドと思うけど、この花も
  今はもう最後で、まだその形はある。




  長い間、咲いてくれてご苦労さんでした。




  シュウメイギク。この中には何が。




  白のサザンカの八重、だと思うけれど。




  白のサザンカは雨でひときわ目だったというか、美しかった。




  八重らしい、白のサザンカ。雨が似合う。

ちょっと寒々しいかも知れない。

2009-11-18 16:04:02 | 植物・花(秋)
  外の気温も寒そうだが部屋の中も、寒い。
  アメダスの午後3時の、外の気温、6.4℃。
  もともと寒い、ここの建物の中、14℃。14℃もあるのに
  寒いというか、冷たいというか、何ともやり切れない。
  寒さに耐える練習中ということにして。

  外での雨が結構ひどく、濡れて、靴の中も浸水。
  ビシャビシャで、水たまりももう平気で歩く。
  そこらじゅう水たまりで、これが歩道。選ぶ余地なし。
  最後には笑うしかない。

  画像の方も、雨の紅葉というか、
  木の枝の水滴というのが面白いかもと思って、撮ったもので、
  ちょうど今の外にこれまたぴったりである。




  水滴がツルツルと動いて、重さに耐え切れずぽつんと落ちる。




  雨が線状に写る。かなり露光時間がある。あるいはゆっくり雨が降っている。




  もう少し、カエデの葉がきれいだったらなー。




  暗くなるのがわかっていて、撮ってみると、こんどは水滴が
  はっきりとしてくる。




  寒々しい。




  どっちも暗い。




  木の枝に見えるかどうか。特に怪しげなものは写っていないようだ。


全国寒さ競争

2009-11-18 06:39:05 | 散策


  コンクリートに、苔。


  朝のお天気は、雨。きのうからずっと雨。それと寒さは、これもほどほどに寒く、しかし室温は、まだ10℃以下にならない。雨は夜中に強く、何時だったかかなり激しい雨が降って、目が覚めた感じがある。いかにも寒そうで、しかし布団の中は、暖か。風は今はおさまっている。冬型。アメダスの6時の気温、5.3℃、気圧は1018.4hPa、湿度は、95%。ちなみに、風は南南西から3m。室温は、11℃。

  今はっきりしている、一番寒いところというと、富士山の頂上にある、測候所で、その気温は何℃だろうか。恐ろしく寒いだろう。
  雨がかなり強く、それもここが平地であるからで、山の方は、当然これは雪。この雪がだんだんと低いところでも降る。寂しい感じがする。
  人のいないところで雪がしんしんと降り続ける、また降り積もる景色というのは、まさしく底冷えのする寒さを感じさせて、人の数が多いところだと、そうゆう感じはなく、私もそうゆうところへ行って、雪の感触を味わってみたいとか、思うはずである。しかし、寒さは同じなので、用心に越したことはない。つるりと滑ることも多々ある。

  都会も凍るときがある。太平洋側の方が冷えそうで、まずは雪の後の晴れる朝は、溶ける雪も凍る。そうゆう経験もあって、何も北陸のここだけが寒いわけでないことも、考えてみると当然だった。雪で、あるいは凍結した路面で転ぶと、格好も悪いが、打ちどころ、転び方によっては笑っていられない状態になるから、これは厄介である。重心の移動を出来るだけ少なくする。すると、転ばないはずである。後は滑らない靴。自分のために書いているようなものだ。

  気温とか部屋の温度とか、書かれる方は拝見している中では少ないようで、ここより寒いところとなると、その方はときどき何度という感じで書く。短く「寒い」となる。なるほどなーと思う。やっぱり、気温とか温度が気になるのは、より寒いところに住んでいる方。
  何でも日本一が好きなところだが、寒さの場合はなかなか日本一になれないという、不思議なところでもある。