寒気が去った後の穏やかさがあって、これだとありがたいが少し寒さに慣れたというもの
もなくなってしまうから、これも考え物である。早く寒くなるのがいいのか、遅くてどっと
冷え込むのがいいのか、いずれにしろ、雪の降らないことはないだろうから、それなりに
しんどい面倒な、日々を過ごさないといけないことはわかる。
雪のいいところもあるので、それは、毎年雪の降るころに書いていて、また冷えると
いうことも大切なことの一つ。それは、まずは醗酵という名のもので役立つ。もう少しいう
と、これはお酒の話しになるが、暖冬だとわざわざ氷を入れるという、ことも杜氏の方はやる。
もはや、そうは飲めないし、また宴会など出たくもなく、声もかからないのは当然だ
が、お酒に二種あって、代表的な醸造酒は、日本酒で、またワインがあり、蒸留酒だと、
焼酎ということになる。ウイスキーもそうで、そうゆうことはまーいいか。お酒に、低温が
必要なのは雑菌が入らないようにするのが目的で、それがあってもいいとなると、各地に
世界いろいろ、特色のある、アルコールを含む飲みものはあるようで、これの依存症は
言ってみると、原始の人が見つけたものであるけれど、それが受け継がれている文化であって、
人はもともとアルコールに弱かったというか嗜好性があったということだろう。これが結果論かどうか。
でも寒いところだとこのものが役に立つし、そうゆう例に困ることもない。アルコール
は他の面でもなくてはならないものの一つで、これでレンズも磨くし、また予防接種のときも
すっと拭かれて、痛みが来る予感を味わう。
寒いという時間は予想外に少ないようであって、しかし、暖かい秋に慣れた今、まだ
さほど寒くはないが、電気ヒータを使う。きょうは布団をコタツで暖めるのはもう止めよう
と思う。
少し前に書いたように、今日はまたいつもの暖かい秋に戻ってしまったようで、風も
北からか南からかわからないくらいである。海風が吹いていたかも知れない。時間もさほど
ないが、持つべきものを持って歩き始める。タンポポも何度か咲いて枯れて、今また咲き
始めのものと、冠毛だけ残るものがある。木の様子というと、11月だからか秋のものと
いっても、せいぜいサザンカくらいで、でわからないがツバキも咲いているかも知れない。
それ以外のものとなると、もう木の花というのはなかなかない。
それで下を向いて歩くことになる。これは見栄えがするかどうか、
そうゆうものは実際に撮ってみないとわからないもので、ここがデジタルの不可解さ
がある。フィルム写真のときは、見た感じが肉眼とは違うが出来上がる写真に、大体実物に
比例することなく、よくて7割程度の美しさがあったようだ。なんども実物が一番だと、
フィルム写真時代は思った。今はデジでそれでかなり感覚が違って
これはどうだろうかというものも美しく見えるし、逆の場合が少ない。これは、
いろいろ集めないといけないことをやるに好都合かも知れない。だからブログにデジタルの
ファイルが必須なのはよくわかる。小さな花、遠くからだとただの赤い点でもそれをデジタル
で撮ると、ほどほどにときにびっくりするほどの美しさに化けるから、これは便利である。
こうして、わずかな距離を歩いて、数だけはほどほどのファイルを作成する。もともと、
そこにあるものが美しいとそれは期待が大だが、これはだめかもと思うものもいいものが
ある。それは、しかしPC用のモニタで見ないと実感はわかない。
秋の侘しさがあり、いい加減疲れた毎日を送るともういいかと思うときもあるが、
しかし結構なお金をつぎ込んでいるのもたしかである。なんてことだろう、と我ながら
呆れる。無のもののためにつぎ込むお金というのもおかしなもので、これはしかしやはり
言い方がまずい。多少は、それを使って満足感はある。しかし、大体自己満足で今回も
うまいこと買わされたと思うのは必死である。これも例は尽きない。
このタンポポの冠毛をフッと吹くとかいうことはない。虫もいないタンポポ。
ドウダンツツジはどこにでもあって、ここにもあるが、なんだか
ぼんやりとした映りが、いいようである。
松も見ない。で、目の前に道から、松の先っぽが見える。なんだろうか、
という感じである。
きれいなサザンカ、ツバキではないだろう、思わず望遠側で。
以下は白い小さな菊。
見かけというと実物を見ているわけだが期待していない。でもこうゆうのが
カメさんできれいによみがえる。そうゆう思いを新たにする。
その二。
白い菊のマップ。菊だろうと思うけど。
ハナグモもまだいる。全身緑かと思うがそうでもないようである。
もなくなってしまうから、これも考え物である。早く寒くなるのがいいのか、遅くてどっと
冷え込むのがいいのか、いずれにしろ、雪の降らないことはないだろうから、それなりに
しんどい面倒な、日々を過ごさないといけないことはわかる。
雪のいいところもあるので、それは、毎年雪の降るころに書いていて、また冷えると
いうことも大切なことの一つ。それは、まずは醗酵という名のもので役立つ。もう少しいう
と、これはお酒の話しになるが、暖冬だとわざわざ氷を入れるという、ことも杜氏の方はやる。
もはや、そうは飲めないし、また宴会など出たくもなく、声もかからないのは当然だ
が、お酒に二種あって、代表的な醸造酒は、日本酒で、またワインがあり、蒸留酒だと、
焼酎ということになる。ウイスキーもそうで、そうゆうことはまーいいか。お酒に、低温が
必要なのは雑菌が入らないようにするのが目的で、それがあってもいいとなると、各地に
世界いろいろ、特色のある、アルコールを含む飲みものはあるようで、これの依存症は
言ってみると、原始の人が見つけたものであるけれど、それが受け継がれている文化であって、
人はもともとアルコールに弱かったというか嗜好性があったということだろう。これが結果論かどうか。
でも寒いところだとこのものが役に立つし、そうゆう例に困ることもない。アルコール
は他の面でもなくてはならないものの一つで、これでレンズも磨くし、また予防接種のときも
すっと拭かれて、痛みが来る予感を味わう。
寒いという時間は予想外に少ないようであって、しかし、暖かい秋に慣れた今、まだ
さほど寒くはないが、電気ヒータを使う。きょうは布団をコタツで暖めるのはもう止めよう
と思う。
少し前に書いたように、今日はまたいつもの暖かい秋に戻ってしまったようで、風も
北からか南からかわからないくらいである。海風が吹いていたかも知れない。時間もさほど
ないが、持つべきものを持って歩き始める。タンポポも何度か咲いて枯れて、今また咲き
始めのものと、冠毛だけ残るものがある。木の様子というと、11月だからか秋のものと
いっても、せいぜいサザンカくらいで、でわからないがツバキも咲いているかも知れない。
それ以外のものとなると、もう木の花というのはなかなかない。
それで下を向いて歩くことになる。これは見栄えがするかどうか、
そうゆうものは実際に撮ってみないとわからないもので、ここがデジタルの不可解さ
がある。フィルム写真のときは、見た感じが肉眼とは違うが出来上がる写真に、大体実物に
比例することなく、よくて7割程度の美しさがあったようだ。なんども実物が一番だと、
フィルム写真時代は思った。今はデジでそれでかなり感覚が違って
これはどうだろうかというものも美しく見えるし、逆の場合が少ない。これは、
いろいろ集めないといけないことをやるに好都合かも知れない。だからブログにデジタルの
ファイルが必須なのはよくわかる。小さな花、遠くからだとただの赤い点でもそれをデジタル
で撮ると、ほどほどにときにびっくりするほどの美しさに化けるから、これは便利である。
こうして、わずかな距離を歩いて、数だけはほどほどのファイルを作成する。もともと、
そこにあるものが美しいとそれは期待が大だが、これはだめかもと思うものもいいものが
ある。それは、しかしPC用のモニタで見ないと実感はわかない。
秋の侘しさがあり、いい加減疲れた毎日を送るともういいかと思うときもあるが、
しかし結構なお金をつぎ込んでいるのもたしかである。なんてことだろう、と我ながら
呆れる。無のもののためにつぎ込むお金というのもおかしなもので、これはしかしやはり
言い方がまずい。多少は、それを使って満足感はある。しかし、大体自己満足で今回も
うまいこと買わされたと思うのは必死である。これも例は尽きない。
このタンポポの冠毛をフッと吹くとかいうことはない。虫もいないタンポポ。
ドウダンツツジはどこにでもあって、ここにもあるが、なんだか
ぼんやりとした映りが、いいようである。
松も見ない。で、目の前に道から、松の先っぽが見える。なんだろうか、
という感じである。
きれいなサザンカ、ツバキではないだろう、思わず望遠側で。
以下は白い小さな菊。
見かけというと実物を見ているわけだが期待していない。でもこうゆうのが
カメさんできれいによみがえる。そうゆう思いを新たにする。
その二。
白い菊のマップ。菊だろうと思うけど。
ハナグモもまだいる。全身緑かと思うがそうでもないようである。