このところ、さほどひどい雨でも風でもなく、傘も帽子も飛んでいったということも
なく、詳しくいうと、昔、帽子は飛んだことがある、傘だと、ひっくり返るがその程度、
で歩いた後は、まずは一安心というか、歩かないよりはよかったなど思っている。それで
時雨の道歩きというのも終わってしまいそうだが、何がどう違うか、新しいかというと、
昔の散歩道に近いところを歩いていることで、小さな変化や大きな変化がある。そう思える。
風が強くなった、これは今日の日中の変化で、他だとどうかというと、例えば道の
大きさとかだとどうか。工事というのは、多いのは、どこでも同じのようで、側溝、
下水ではないけど、水の流れるところの、改修というもの。これも盛んなところは結構
盛んで、その道が狭苦しいときもある。昔のその辺りは知らないが、まずは昭和の時代に
出来た、住宅団地である。そのときの感覚というのも、車全盛ではなかった。だから、
昭和の時代だと思うわけで、今頃だとこれでは道が、というより車がすれ違うことも出来
ない、ということから、それなりの道路の幅が決められる。
今歩いているところは、ここはその新しく出来た団地で、時代は昭和というところで、
大きな道は十分で、ちょうどよく、でも小路というか、そうゆうところも、大きな区画
の中にはある。すると、そこでは一方通行みたいな感じにもなるが、都会でいうと植木鉢が並
び、洗濯物が干してあるようなところで、その通りで車がすれ違うときは少ないだろう。向こう
に大きな道が見えている。
そうゆうことも思うが、その狭い道を選ぶ理由もときに突風のようなものが吹くから。もと
もと怪しい天気だというときに出て来たからそれは予感があるが、よくあることだが天辺
辺りで、南は雨雲が、で北の方は青空が見えている。そうゆう状態でもある。ここは平地
だ。このような境界が出来るかとも思うが、問題は海に近いというものもあるのだろう。
海は押しなべてそう温度の大きな変化はないから、すべてを一定に保つような緩衝作用が
あるようで、しかし地面との、また空との温度差がありすぎると、その効果もなくなってしまう。
今日のような強風の日の海、というのはもう見ることなくても想像できる荒れ方だろう。
日本海の海というと、海水浴というイメージはなくて、北陸本線などから見る。また
信越本線でも同じであったが、その海の感じは荒れるの一言で、穏やかな海の印象は非常
に少ない。そうゆうときにしか、海の見えるところ、つまり鉄道での移動というか、帰省と
その反対が、なかった。これはしかし、弥が上にも冬の冷たさに絶えないといけない、という
心の準備をさせるもので、それなりのいい効果というのがある。例えば、大阪から札幌まで
ゆく寝台列車とかに乗っても、おいしいものとか、あるいは和やかな風景を眺めるだけというの
は、若干惜しいことをしていると思う。そうゆう時間に、そうゆう列車がどこを走るかと
いうのは結構重要なことだ。もっとも、
北陸本線よりも先に行けばいくほど、北上して、海底トンネルを超えてというともっと
すごいものが待っているかも知れない。そこは知らないなー。でも、それなりの冬の、
晩秋から早春の時期のいかにも冷たそうな、鉛色のいくらでも押し寄せる波、それを繰り
返す波、永遠にと思えるくらい、勢いのある波というのは、なかなかドキドキ感があっていい
もので、しかしこれにも限度がある。
そうゆう時間を過ごさなくなって久しいので、
今日の時雨の散歩もそれを思い出させるには至らなかった。今ようやく真っ暗になった
空を見て、風の音を聞き海の波の打ち寄せる状況を想像して、ようやく昔の記憶がよみ
がえった。その様子というのも昔も、さらに昔むかしも変わらなかっただろう。そうして、
波打ち際で恐ろしい出来事もあったのだろう。やっぱり冬の海は荒れるし、恐ろしいもの
を最後には想像させる。返ってそのくらいの方がいいのかも知れない。
時雨の散歩道を三日ほど続けて歩いて、最後には荒れ狂うとまではいかないが、
日本海の鉛色の海の様子を思い出してしまった。
でも出てくるものは、大体穏やかな紅葉というもので、この断絶というか、不連続性
が、地上にあるものであることも証明していないか。
紅葉のその一。ドウダンツツジ、いくらか変化する。
光の方向の違い。
ヘクソカズラは、あちこちにあるようで、しかし今年は去年よりは
登場回数は少なかった。
においもあまり感じない。においでいうと、ニラの花はたしかに
今年はニラの匂いがした。悪くはない。
優等生のドウダンツツジ。
カエデは夏が冷夏で、それから秋の台風でもダメージが大きい。
でも今見ると、ほどほどに赤い色に染まったようで、緑の残りとの
相性がいいようである。
上の二枚を足したような構図。
なく、詳しくいうと、昔、帽子は飛んだことがある、傘だと、ひっくり返るがその程度、
で歩いた後は、まずは一安心というか、歩かないよりはよかったなど思っている。それで
時雨の道歩きというのも終わってしまいそうだが、何がどう違うか、新しいかというと、
昔の散歩道に近いところを歩いていることで、小さな変化や大きな変化がある。そう思える。
風が強くなった、これは今日の日中の変化で、他だとどうかというと、例えば道の
大きさとかだとどうか。工事というのは、多いのは、どこでも同じのようで、側溝、
下水ではないけど、水の流れるところの、改修というもの。これも盛んなところは結構
盛んで、その道が狭苦しいときもある。昔のその辺りは知らないが、まずは昭和の時代に
出来た、住宅団地である。そのときの感覚というのも、車全盛ではなかった。だから、
昭和の時代だと思うわけで、今頃だとこれでは道が、というより車がすれ違うことも出来
ない、ということから、それなりの道路の幅が決められる。
今歩いているところは、ここはその新しく出来た団地で、時代は昭和というところで、
大きな道は十分で、ちょうどよく、でも小路というか、そうゆうところも、大きな区画
の中にはある。すると、そこでは一方通行みたいな感じにもなるが、都会でいうと植木鉢が並
び、洗濯物が干してあるようなところで、その通りで車がすれ違うときは少ないだろう。向こう
に大きな道が見えている。
そうゆうことも思うが、その狭い道を選ぶ理由もときに突風のようなものが吹くから。もと
もと怪しい天気だというときに出て来たからそれは予感があるが、よくあることだが天辺
辺りで、南は雨雲が、で北の方は青空が見えている。そうゆう状態でもある。ここは平地
だ。このような境界が出来るかとも思うが、問題は海に近いというものもあるのだろう。
海は押しなべてそう温度の大きな変化はないから、すべてを一定に保つような緩衝作用が
あるようで、しかし地面との、また空との温度差がありすぎると、その効果もなくなってしまう。
今日のような強風の日の海、というのはもう見ることなくても想像できる荒れ方だろう。
日本海の海というと、海水浴というイメージはなくて、北陸本線などから見る。また
信越本線でも同じであったが、その海の感じは荒れるの一言で、穏やかな海の印象は非常
に少ない。そうゆうときにしか、海の見えるところ、つまり鉄道での移動というか、帰省と
その反対が、なかった。これはしかし、弥が上にも冬の冷たさに絶えないといけない、という
心の準備をさせるもので、それなりのいい効果というのがある。例えば、大阪から札幌まで
ゆく寝台列車とかに乗っても、おいしいものとか、あるいは和やかな風景を眺めるだけというの
は、若干惜しいことをしていると思う。そうゆう時間に、そうゆう列車がどこを走るかと
いうのは結構重要なことだ。もっとも、
北陸本線よりも先に行けばいくほど、北上して、海底トンネルを超えてというともっと
すごいものが待っているかも知れない。そこは知らないなー。でも、それなりの冬の、
晩秋から早春の時期のいかにも冷たそうな、鉛色のいくらでも押し寄せる波、それを繰り
返す波、永遠にと思えるくらい、勢いのある波というのは、なかなかドキドキ感があっていい
もので、しかしこれにも限度がある。
そうゆう時間を過ごさなくなって久しいので、
今日の時雨の散歩もそれを思い出させるには至らなかった。今ようやく真っ暗になった
空を見て、風の音を聞き海の波の打ち寄せる状況を想像して、ようやく昔の記憶がよみ
がえった。その様子というのも昔も、さらに昔むかしも変わらなかっただろう。そうして、
波打ち際で恐ろしい出来事もあったのだろう。やっぱり冬の海は荒れるし、恐ろしいもの
を最後には想像させる。返ってそのくらいの方がいいのかも知れない。
時雨の散歩道を三日ほど続けて歩いて、最後には荒れ狂うとまではいかないが、
日本海の鉛色の海の様子を思い出してしまった。
でも出てくるものは、大体穏やかな紅葉というもので、この断絶というか、不連続性
が、地上にあるものであることも証明していないか。
紅葉のその一。ドウダンツツジ、いくらか変化する。
光の方向の違い。
ヘクソカズラは、あちこちにあるようで、しかし今年は去年よりは
登場回数は少なかった。
においもあまり感じない。においでいうと、ニラの花はたしかに
今年はニラの匂いがした。悪くはない。
優等生のドウダンツツジ。
カエデは夏が冷夏で、それから秋の台風でもダメージが大きい。
でも今見ると、ほどほどに赤い色に染まったようで、緑の残りとの
相性がいいようである。
上の二枚を足したような構図。