最近は、朝も暗くてよほどのことがないと、その辺りの田んぼやらでたたずむことはない。いかにも寒く、今日などはワンちゃんもちゃんと防寒着を着ていた。ときどき、本当にときどき合うワンちゃんで、自分としては犬に着物は要らないとか思う。夏なら、それこそ地面、路面は暑く、暑すぎて犬にはよくない。でも、冬だと、駆け回っているという歌もあるくらい。だから、特に衣服も要らないと思う。思うが、だんだん自分も寒がりになってくると、そのワンちゃんもお腹を冷やさないように、着るものがいるようにも思える。
そのワンちゃんは「お幾つ」ですかと飼い主の方に聞くと、11歳だか13歳だかで、かなりの高齢でもあるようで、しばしゴミを捨てるところまで、一緒に歩いた。
寒いともう秋の虫の音も聞こえない。ときどき、耳鳴りもするが寝入っているとまったく何も感じないが、耳鳴りはあってこれが気になる。でも、虫の鳴き声というと耳鳴りとはまた波長が違ってということのようで、ただ波長だけではなく、いろいろとその波形も異なるのだろう。単純な波を表わすその特性は多くはない。でも、複雑極まりない、波形を持つと、これだから人も人の声を認識できるのだろうが、耳鳴りの音と、秋の虫の音は大いに異なる。その秋鳴く虫もどこかにいったか、あるいは地中に、あるいは植物の根の辺り。あるいは穴を掘ってその中にもぐり込んだり、もともとある他の生き物の穴に同居したりするようだ。
チョウもまったく見かけない。そう思ったら、今日は一匹だけ季節外れと思うがモンキチョウが飛んでいた。これは少し暖かいからだと思う。他にいる虫の自分でもわかるものは、というと、まずはカマキリだがこれももう全然見ない。甲虫の仲間だと、テントウムシはいるはずだが、これもどこかに行ってしまった。もうそうゆう範疇をなくして、
最近見た虫はというと、まずはカメムシ。これは結構いる。まだいると思う。他にゴミムシのようなものも見かけた。これはまだまだ緑をしていた、ミョウガの葉にいた。植物は怪しいが、ゴミムシは当たっていると思う。それくらいかな。蛾、蛾がいた。しかしこれも最近はない。虫ではないが、蜘蛛だっていない。いないはずだが、ちゃんといるのを見て、なんだかうそを書いている気もした。この蜘蛛も冬を越すのかどうか、わからない。
小さいチョウで、シジミチョウもまだいるような気がする。しかし、このチョウが越年するかどうか、わからない。ムシを飼われている方だとこの謎に一定の解を見出すことが出来る。その他だと、小さな蛾というのはまだいた。ときどき、シジミチョウかと思うが、蛾のほうが近そうである。セセリチョウも、暖かい日の、花壇だとまだ出てきそうだが、このチョウも敏感である。
お馴染みというと怒られそうだが、G虫は元気でもないようだが、今でも出て来る。弱ったものだが、つぶすわけにもいかない。うまいとこ、目の前から消えてくれるのが一番。
トンボがいた。でも、秋のアカトンボは、結局大群を見ることなくどこかへ行ってしまってもう見ることはないと思う。このアカトンボ、秋のものが少なくなっているというのも、新聞でも読んだ。トンボも生きる場所もないのだろう。また気候の変動もこの理由に当てられるが、餌とか、卵を産む場所のないというのが、もっともらしく思える。そうゆう意味では、都会の人工の公園とか、あるいは水の豊富な河川のある流域を持つところ、そうゆうところの手付かずの場所というのが、水を必要とする昆虫の生き残る場所ではないか。
白い、花火のように花を咲かせる、ボール球のような花。名前というのはあるに決まっているが、出て来ない。線香花火のような白い花。
この花がいよいよ蜜を出すようで、そうしか考えられないが、ムシの少しもその花にいた。
よく見ると、というか接写できるものを使うと、この花結構複雑で面白い。目で見ていても、ハエかアブか、あるいはカメムシの仲間がいることはわかった。虫は花にというか、蜜には敏感。黒いのは緑色した小さなカメムシだと思う。
これは、ハナアブか、ハエか。このムシもレンズには、あるいは人には敏感で、すぐに逃げる。また来ると思うが。
左側の黒い翅を持つものは、アリかハチか、はっきりしない、違うものかも知れない。尾の先に長い針のようなものがある。
花そのものが一番肝心だが、そのものをすっきり写したものはなかった。マクロレンズだと、これだけ立体感のあるものの全部を写すのはむつかしい。
いったい何の花だかわからない、と言われるかも知れないですね。
そのワンちゃんは「お幾つ」ですかと飼い主の方に聞くと、11歳だか13歳だかで、かなりの高齢でもあるようで、しばしゴミを捨てるところまで、一緒に歩いた。
寒いともう秋の虫の音も聞こえない。ときどき、耳鳴りもするが寝入っているとまったく何も感じないが、耳鳴りはあってこれが気になる。でも、虫の鳴き声というと耳鳴りとはまた波長が違ってということのようで、ただ波長だけではなく、いろいろとその波形も異なるのだろう。単純な波を表わすその特性は多くはない。でも、複雑極まりない、波形を持つと、これだから人も人の声を認識できるのだろうが、耳鳴りの音と、秋の虫の音は大いに異なる。その秋鳴く虫もどこかにいったか、あるいは地中に、あるいは植物の根の辺り。あるいは穴を掘ってその中にもぐり込んだり、もともとある他の生き物の穴に同居したりするようだ。
チョウもまったく見かけない。そう思ったら、今日は一匹だけ季節外れと思うがモンキチョウが飛んでいた。これは少し暖かいからだと思う。他にいる虫の自分でもわかるものは、というと、まずはカマキリだがこれももう全然見ない。甲虫の仲間だと、テントウムシはいるはずだが、これもどこかに行ってしまった。もうそうゆう範疇をなくして、
最近見た虫はというと、まずはカメムシ。これは結構いる。まだいると思う。他にゴミムシのようなものも見かけた。これはまだまだ緑をしていた、ミョウガの葉にいた。植物は怪しいが、ゴミムシは当たっていると思う。それくらいかな。蛾、蛾がいた。しかしこれも最近はない。虫ではないが、蜘蛛だっていない。いないはずだが、ちゃんといるのを見て、なんだかうそを書いている気もした。この蜘蛛も冬を越すのかどうか、わからない。
小さいチョウで、シジミチョウもまだいるような気がする。しかし、このチョウが越年するかどうか、わからない。ムシを飼われている方だとこの謎に一定の解を見出すことが出来る。その他だと、小さな蛾というのはまだいた。ときどき、シジミチョウかと思うが、蛾のほうが近そうである。セセリチョウも、暖かい日の、花壇だとまだ出てきそうだが、このチョウも敏感である。
お馴染みというと怒られそうだが、G虫は元気でもないようだが、今でも出て来る。弱ったものだが、つぶすわけにもいかない。うまいとこ、目の前から消えてくれるのが一番。
トンボがいた。でも、秋のアカトンボは、結局大群を見ることなくどこかへ行ってしまってもう見ることはないと思う。このアカトンボ、秋のものが少なくなっているというのも、新聞でも読んだ。トンボも生きる場所もないのだろう。また気候の変動もこの理由に当てられるが、餌とか、卵を産む場所のないというのが、もっともらしく思える。そうゆう意味では、都会の人工の公園とか、あるいは水の豊富な河川のある流域を持つところ、そうゆうところの手付かずの場所というのが、水を必要とする昆虫の生き残る場所ではないか。
白い、花火のように花を咲かせる、ボール球のような花。名前というのはあるに決まっているが、出て来ない。線香花火のような白い花。
この花がいよいよ蜜を出すようで、そうしか考えられないが、ムシの少しもその花にいた。
よく見ると、というか接写できるものを使うと、この花結構複雑で面白い。目で見ていても、ハエかアブか、あるいはカメムシの仲間がいることはわかった。虫は花にというか、蜜には敏感。黒いのは緑色した小さなカメムシだと思う。
これは、ハナアブか、ハエか。このムシもレンズには、あるいは人には敏感で、すぐに逃げる。また来ると思うが。
左側の黒い翅を持つものは、アリかハチか、はっきりしない、違うものかも知れない。尾の先に長い針のようなものがある。
花そのものが一番肝心だが、そのものをすっきり写したものはなかった。マクロレンズだと、これだけ立体感のあるものの全部を写すのはむつかしい。
いったい何の花だかわからない、と言われるかも知れないですね。