田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

悪魔は体操教師 イジメ教師は悪魔の顔/麻屋与志夫

2011-09-25 18:02:32 | Weblog
8

勝平の記憶。
誠は、父の勝平から聞かされていた。
朝鮮人の長太郎の親たちが教室にとびこんできたことがあった。
敗戦から間もないある午後だった。
生徒たちは昼食をまだ食べていた。
彼らは、竹刀や木刀を手にしていた。

「いまは戦争中ではないのよ。
それがワカラないのか。
日本はとうのむかしに負けたのよ。
あれから何日たっているのよ。
わからないのか。
うの息子を差別していたぶるなんて、おかしいよ」  

まず担任の橋田先生が勝平たちのみている前で殴られた。
竹刀でたたかれた。
橋田先生も黙ってはいない。
すさまじい乱闘となった。
ビュと竹刀が鳴った。
先生の足が。
――うちおろされた竹刀のしたで。
おかしなふうにまがった。
先生がうめいた。
イジメに参加していた生徒がつぎつぎにおそわれた。
勝平に竹刀をふりあげた父を太郎がとめた。
「ちがうんだ。
勝平くんだけは、ぼくを殴らない。
殴ったことがない」

そのあとが災難だった。
竹刀でなぐられなかったので。
いじめは勝平に集中した。
朝鮮人に向ける差別が勝平に向けられた。
勝平と太郎はそのかわり無二の親友となった。
その友情はいまもつづいている。
父にも学校は地獄だった。
学校はいつでも地獄だ。
誠は学校にいくのは苦役だった。
学校が、教室が地獄になった。
四十数年にわたり北小学校に君臨した橋田先生が……悪魔だった。
クラスは小悪魔にみちていた。

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先生に殺されちゃうよ イジメ教師は悪魔の顔/麻屋与志夫

2011-09-25 11:36:21 | Weblog
7

やはりこの世には〈闇〉の領域がある。
それがいちばん根深く存在しつづけているのは。
学校だ。
誠がはじめて悪魔をみたのは小学校だった。
悪魔は教師の顔をしていたのだ。

それは、教師に暴力をふるわれ。
ぜったいにさからうことのできない状況。
での。
悲痛な認識だった。

泣き叫びながらも……。
それを父にもいえない。

それは誠の小学生の時の体験でもあった。
鼻血で顔を染め。
床に倒れ。
あやまる誠に。
容赦なく竹の鞭がふりおろされた。

生徒はなぐってはいけないのだ。
どんな理由があっても。
けっしてさからうことのできないものを。
抵抗できない幼いものを。
教師が……それも愛の鞭などと嘯いて。
なぐることは許されることではないのだ。

本来は竹の指示棒であったもの。
黒板の重要な文章や絵を指示して。
生徒の注意をうながすはずの。
竹の棒が。
茶筅のようにこまく細かく裂けてしまっていた。
びしっ、びしっ、びしっ。
竹は微小な鋼鉄の線。
微細な憎しみの線。
細い線のいっぽんいっぽんに憎悪が宿っていた。   
誠の背中は苦痛の悲鳴をあげていた。
ミミズ腫れになった。
橋田先生に叩かれる度に、はねあがった。  
先生の顔はこの世のものではなかった。

悪魔の形相だ。

ニッと異様に白い歯をみせて笑っている。
たのしんでいる。
殺されるかもしれない。

殺される。

いまでなくても、いつか……殺される。

廊下をほかの先生が通り過ぎていく。
先生がなんにんも、なんにんも。
顔をそむけて……。
通り過ぎていく。
先生は、なにも見ていない。
先生は、なにも聞こえない。 
先生は、なにも知らない。
先生は、まっすぐ前をみて歩み去る。

ああ、だれか。
神様たすけてください。

それほど、先生は怖かった。


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翔太君のおとうさん、寒いよ イジメ教師は悪魔の顔/麻屋与志夫

2011-09-25 03:42:56 | Weblog
6

とりこまれたときはもう遅いのかもしれない。
あいつだろう。
慧君を、イジメタのは。
あの体操教師だろう。
慧君をイジメタのは。
女子生徒にイタズラをして話題になった。
あいつだろう。

小野崎よ。
男の家長としての存在理由。
戦う責任を。
忘れてはいけないのだ。
 
フロントにさげたアクセサリー。
針金細工のピエロがゆれている。
ロープのさきでゆれていたはずの慧。
の。
イメージがピエロと二重になっていた。

針金細工のピエロが等身大の立像となった。
左に右にはげしくゆれる。
外は、あいかわらず吹雪いている。
いや、雪ははげしくなっている。 

おじさん、寒いよ。   
翔太のおとうさん痛いよ。
痛いよ。     
毎日なぐられたんだよ。   
なにも……わるいことしないのに。
おもしろがって。
女の子のまえで。
なぐられていたんだよ。

女の子の前で殴られたという屈辱は。
誠のものでもあった。

橋田はわざと女子生徒のいる前で。
誠をなぐった。
誠が小学生のときに担任の橋田からうけた。
虐待の数々がよみがえる。

いまはPTSDとなっている。
精神的外傷体験後遺症がよみがえる。

慧と誠の体験が重なる。  

誠がきいた父の体験。
集団疎開の児童を引率してきた先生の首吊り自殺の話し。

翔太も担任の女教師のイジメにあった。
翔太が泣いた。
女性の教師だから、いじめかたがジメジメしていた。
あのまま神沼にいたら性格が歪んでしまった。
それどころか、慧君のようなことが起こらなかったといえるか?
勝平、誠、それに翔太。
親子三代にわたってうけてきた教師からの迫害。
……の。
記憶が。
慧のうけたであろう迫害と重なった。    



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家庭を死守せよ イジメ教師は悪魔の顔/麻屋与志夫

2011-09-24 14:59:46 | Weblog
5

息子のおかれた状況を把握できなかった。
息子が自殺を考えるほど苦しんでいることに。
どうして気づかなかったのだ。
父親が守ってやれないで。
だれが家族を守るのだ。
翔太のように、転校させるのも。
一つの戦い方なのだ。
イジメのある現実を受け入れない。
そうした心の表現をすることなのだ。
なにかできたはずだ。
転校させればよかったのだ。
小野崎、どうしてぼくに相談してくれなかったのだ。

ほんとうに、なにも気づかなかったのか。

慧くんに、死なれてから嘆いても。
もう遅い。
なんにもならない。
家族を守る。
それが穴居生活の――古来から男に課せられた義務だ。
論理ではない。
本能だ。
男のぎりぎりの生存意義を忘れてはいけないのだ。
家族は命がけでまもる。
単純なことだ。
単純だからこそ、むずかしいことなのかもしれない。
そして敵がはっきりとしない場合は。
敵の意図が見え難いこともある。
敵の姿が感じることすらできない。
それほどあいてはひそやかに近付いてくる。
そういえば、北小学校にいた体操教師が。
滝が原中学校に転任している。
あいつが、あの教師が慧君をイジメタのか。



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戦え!! イジメられっ子 イジメ教師は悪魔の顔/麻屋与志夫

2011-09-24 11:16:10 | Weblog
4

慧は死の瞬間に。
翔太や。
わたしたち家族のことを。
思ったかもしれない。
――翔太君、たのしかったょ。
もういちど、この八幡山の丘であそびたかった。
死のフラッシュバック瞬間に。
わたしたち家族との一こまが。
あったかもしれない。
 
どうしたんだ? 
なにがあったのだ。
どんなイジメにあったのか。
卑劣なことをされたのか。
なぐられたり。
女の子の前でパンツを脱がされるような。
セックスハラスメントにあったとか……。

慧くん、死ぬほど苦しんでいたのなら。
どうして電話くらいかけてくれなかったのだ。
だれにも、なにもいえずに死んでいくなんて……。
卑怯だぞ。

どうしてイジメと戦わなければならないときに。
死を選択してしまったのだ。
それでは相手に負けたことになるのだよ。

男は負けてはいけないんだ。   
戦いつづけなければ。
戦う姿勢を持続するのが男なんだ。
小野崎よ、倅が、どうして、こうなるまで放置しておいたのだ。
なにか前兆がかならずあったはずだ。
それに気づくべきだった。 
家族は命がけで守る。
それが男だ。
教師である前に。
父親であり。
男であるべきなのだ。
家族は命がけで守る。
家族をのみこもうとする〈闇〉が襲ってきたら命懸けでたたかう。
それでも勝てないなら死んでも本望ではないか。
倅に死なれてからめそめそしても、もう遅い。
倅に死なれてからめそめそして。
泣き叫び。
迫害した相手を恨んでも……もう遅いのだ。



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寒かっただろうな…… イジメ教師は悪魔の顔/麻屋与志夫

2011-09-24 05:11:02 | Weblog
3

長坂にさしかかった。
はげしい吹雪きになった。
渦をまいて雪は吹きつけてくる。
誠が長坂を越えるのを邪魔しているようだ。

チエンをまいていない。
スピードをおとした。
ハンドルがとられた。
車が滑った。
氷上を走っているようだ。
危うさが全身に感じられた。
誠は拒まれている。

ヘッドライトをロービームにした。
車の直前だけを見て、さらにスピードを緩めることにした。     

フロントにさげたアクセサリー。
針金細工のピエロがゆれている。

ロープのさきでゆれていたはずの慧。
の。
イメージがピエロと二重になっていた。
慧は翔太とよく遊んだ。
あの丘の上にある吾妻屋の梁に。
ロープをかけた。
首吊り自殺をした。

どうして――。
自殺まで――。
しなければならなかったのだ。
慧くん。

寒かっただろうな。
などという、ひとことで、すまされることではない。
緊張のあまり、そのことしか小野崎には考えられなかったのだろう。
あまりの悲しみに……思考回路が、ショートしまっていたのだろう。

そんなことでいいのか。
だれも周囲にいないのに。
誠はだれかに話かけていた。

めそめそしていた。
小野崎の語調に反発するように。
誠は。
ひとり呟きつづけていた。
 



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いまここにいる魔物 イジメ教師は悪魔の顔/麻屋与志夫

2011-09-23 01:45:14 | Weblog

2

誠の想像をはるかに越えたことばが伝わってきた。
誠は突然打ち明けられた事実に驚いた。
声がつまった。
驚いて返すことばもなかった。
ふいに体がふるえだした。

小野崎のことばは、彼が息子、慧の死を告げることばは……。
あのまま翔太を神沼に置いておけば。
誠が悲嘆のどん底で。
口にしなければならなかったことば。
の。
可能性がある。

小野崎の悲しみは誠の悲しみになっていた。
暗く惨い現実。
息子の死。   
たったひとりだけの息子の死。
それがいかなる形をとったものであっても。
これ以上の悲劇はこの世に存在しない。

回避することはできなかったのか?
心情をあまり吐露したことのない小野崎が取り乱している。
小野崎の暗澹たる声が黒く泡だった。
黒く渦を巻いた。

体操教師ときいただけで。
かつて誠が迫害を受けた橋田先生の姿態が。
声が。
小野崎の声にダブってひびきだした。

――マグロ、マグロ、マグロ。誠は歌うな。、
黒い渦の中にある悪意の粒々が誠にいっせいにおそいかかる。
――マグロ、誠は跳び箱も鉄棒もダメ。音痴だ。
死ね。死ね。死ね。

部屋の温度が凍てつくほど低下した。
なにか途方もない害意をもったものが。
誠をのみこもうと吠えている。 
たしかな存在としてそれはここにいる。
それは、いま小野崎をとりこみ。
飲みこんでしまったもの。
陰気な吠え声。
獲物にありついたよろこびの声のような気がした。
全身が恐怖のあまり鳥肌となった。 

震えた。
顎ががくがくなって止まらない。

その貪欲な怪物はかつて翔太に牙をむいた。
ものである。
誠を餌食にしようとしたものである。
父の勝平と母が戦いぬいたもの。
冷酷無残にも引き寄せられ取り込まれた慧には。
戦う術がなかった。

――死ね。
といわれて、誠も死のうと思った。
赤毛のニンジンを真似た。
洗面器に水を張った。
顔をひたした。
苦しかった。
死ねなかった。

父に相談することもできなかった。
 
あいては体育教師の皮をおぶった怪物なのだ。
慧をいたぶることによってますますその力を蓄えている。

八幡山公園の吾妻屋の梁にロープをさげ首をつったのだという。
誠は聴覚がさらに敏感になった。
小野崎のかすかな震えまで感じられた。
受話器をとおして鼓膜に伝わってくる波動。
は。
慄いていた。
どうしようもなく暗く冷えきっている。

「寒かっただろうな。明日になれば、新聞にでるからわかることだが……」

といって、ふたたび嗚咽となった。

そして、電話はかかってきたときとおなじように。
むこうから一方的に切られた。

担任体育教師の慧に対する暴力をうすうす感じ。
悩んで、悩みぬいて。
小野崎はふと誠におなじ悩みで相談をうけたことを。
思い出していたかもしれない。 

小野崎が現役の教師であり。
妻の父が県の教育長であるだけに。
悩みはさらに深かっただろう。

誠には。
梁からぶらさがって揺れている中学生の制服が。
慧が。
ありありと見えてきた。
すっかり〈闇〉にとりこまれて逃げ場もなく。
死を選ぶことしかできなかった。
慧が哀れだった。
翔太よりも4歳年長だから中学3年生。
高校受験でがんばっているだろうな……。
ときどき思いおこしていた小野崎の倅。
慧が自殺。
首をくくって死ぬ以外に逃げ道はない。
この苦しみから解放されるのにはし死ぬしかない。
と。
追い込まれた慧が哀れだ。
父親の小野崎に似ていた。
少し気の弱いところのある少年だった。

誠がまだ塾をはじめていないころだった。
小野崎はまだ神沼にいた。
家族ぐるみでよく遊園地などにも遊びにいった。
慧はひとりっ子だった。
それで、慧は翔太を弟のようにかわいがってくれた。
翔太も彼と遊ぶのを楽しみにして幼児期を過ごした。
 
春の遊園地の丘を慧と翔太が。
一餅になって組みあったままころげていく。

妻たちの明るい笑いが花霞みの空にひびいていた。

作者注 「にんじん」ジュール・ルナールの小説。
赤毛のため「にんじん」というアダナで呼ばれる少年の話です。
ぜひ読んでください。


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お父さん、寒いよ イジメ教師は悪魔の顔/麻屋与志夫

2011-09-22 15:59:59 | Weblog
第4章 イジメ 小野崎慧のケース。

 1

電話が鳴った。

誠はベッドサイドの目覚まし時計に目をやった。
午前2時。
独りだけの部屋は寒々と冷え込んでいた。
吐く息が白い。
このぶんだと零度ちかい室温だろう。

受話器からはきき覚えのある声がびびいてきた。

拡声機能のスイッチを押した。
まさかこんな時間に電話がかかってくるとは思ってもいなかった。
西早稲田にいる家族になにかかわったことがあったのか。
誠はどきりとした。
だが、深夜にかかってきた電話は予期せぬ男からのものだった。

静謐な部屋にいまは疎遠となっている声がひろがった。
電話機のむこうで――。
なつかしい気配がしていた。

「誠くんか……?」

だがそれは、あまりに悲痛な声だった。
部屋の温度が一瞬凍てつくような悲痛な声音だった。
そしてその悲しみに満ちた声には……。
暗く陰鬱な心のひびきが含まれていた。

宇都宮の小学校に現在は勤務している友人の小野崎の声だ。
翔太を上京させる決心をしたきっかけとなった電話。

あのときから、小野崎との交際は途絶していた。
担任の我田先生に翔太が虐待された。
誠が、ほとほと困り果て相談して以来、聴く声だった。

一声で、言葉はとぎれる。

嗚咽がかすかにきこえる。

なにかおかしい。
ただならぬ気配が伝わってくる。
想像もできないような異変が小野崎の身にふりかかったにちがいない。
この時間だと交通事故ということもないだろう。
慧くんが病気で重体だとか。
あるいはおくさんの照子さんが倒れたとか……。

まだつづいている嗚咽に誠は問いかけた。

「どうしたんだ、なにかあったのか……」

「神沼も雪か…」    

引き忘れたカーテン。
窓のそとはなるほど庭の常夜灯に照らされて雪が降っている。

「ああそうだ」 
「寒かっただろうな」

声がとぎれた。

誰のことを話しているのか。
誰が寒いといっているのか。

主語が欠落している。 
翔太のことで電話した。
「組織の中で生きたことのないおまえになにがわかる」
と反論された。      
翔太を迎えに行ったとき、理科室での中島と同じようなことをいった。

すがるような気持ちで相談した。
そうしたことばがもどってくるとは思ってもみなかった。 

それで小野崎との間も、気まずくなっていた。
学校にたいする批判的な誠の言葉を小野崎は極端に嫌がった。
決して批判している訳ではない。
担任の先生からのイジメを回避するはことはできないものか。
……と思っての相談だった。
小野崎の返事は、小心というよりは。
公務員としての保身がさきだっていた。
それはやむを得ないことだと思った。
べつに腹も立たなかった。

そのまま関係が途絶えた状態がつづいていたのだ。
その彼の沈黙にただならぬものを感じとった。

「いま病院から帰ってきたところなんだ。
慧が死んだ。
自殺だ。
体育教師の暴力に抗議するという遺書がのこされていた」




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家庭の崩壊 イジメ教師は悪魔の顔/麻屋与志夫

2011-09-22 11:08:48 | Weblog
8

妻との通話をやめた。
受話器を置いた。

別にやることはない。
なにか……することがあるわけではなかった。

ビデオでジャズをかけた。
孤独な部屋に音がひびく。
キース・ジャレットの〈生と死の幻想〉。
ピアノソロの部分がひびきだした。

庭には遅い秋の雨がふっていた。
季節は確実に冬に向かっていた。
もうすぐ、木枯らしが吹く。
蕭条とした、うら寂びた冬になる。
北関東の小さな田舎町に冬が来る。
木陰が一層陰鬱なものとなった。

妻や子どもたちと離れた生活。
一人だけこの家に、この部屋にとりのこされている。
寂しく回想にふける。
別れて住むようになった初めての日々と同じ感懐に――。
なんど思い出し、孤独にたひたったことだろう。

あれから、寂しい夜が経過している。
ソファから起き上がる。
家の中は空漠としている。
隣近所でも夕食のはじまる時刻だ。

暗渠の水音は高鳴っているだろうか。
キッチンでは蛇口から水はまだ出ているのか。
食器の後片付けの時間は、すでに過ぎているはずだ。
どこの家庭でも、田舎街では、同じ時間帯に同じような暮らしかたをしている。
そして誠にはひとりぼっちの生活がつづいている。
妻のいないさびしい夜がはじまろうとしている。
 
雨になっていた。
とりこむのを忘れた洗濯物が二階のベランダにほしてあった。
両手を水平に広げてのばした形に吊されたシャツから洗濯挟みをはずした。
誠はじぶんが腕をひろげ十字架にかけられているような錯覚におそわれた。
洗濯挟みのかみあって閉じる音が短くひびく。
プラスチック製の挟みが片方だけはずされたので、シャツは均衡をうしなう。
片袖だけで、竿にすがっている。
だらりとたれさがった。
冷たい晩秋の夕風がベランダをふきすぎていった。
シャツが風にゆらいだ。
せっかく乾いたのに。
雨をぼってりと含んでしまった。
すっかり濡れてしまった。
空では季節はずれの稲妻が光りの動脈のようにきらめいていた。


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環境の変化 イジメ教師は悪魔の顔/麻屋与志夫

2011-09-22 08:07:11 | Weblog
7

神沼は昔から運動の盛んな街だった。
義務教育の課程でのクラブ活動の時間は延び。
過激な指導は体罰や言葉の暴力をともない。
とめどもなくエスカレートする。

誠も運動は好きなほうだった。
学生時代、野球をやった。
しかし、それはじぶんで選択した。
だれにも、強制された覚えはない。

勝利を掴むだけの練習はしなかった。
体を鍛える。
勉強もする。
といった、心を培った。
そう導いてくれた先生がいた。
すばらしい、先生もいた。
なによりも、面白くて運動をした。
 
選択の自由もなく、強制的に運動部に所属させられる。
なにか戦時中に父たちが受けたという軍事訓練が。
蘇ってきているようだ。
たしかに、60年間伏在してきた軍靴の音が。
聞こえだしたようだ。

(私の考えがおかしいのかもしれない)

運動は楽しくやろう。
学力が低下するほど、長時間やるのは考えものですよ。
勉強などする余裕がないほど疲れる。
疲れすぎた体は、勉強などうけつけない。

それが、妻にまで理解してもらえなかった。
しまいには、彼女まで。
翔太が勉強しないのは。
運動で根性づくりをしないからだ。
といいだしていた。
 
ね……誠ちゃん聞いてる?
運動と勉強のための根性はまったく別のものなんですってよ。
……(私が、なんどとなくいいつづけてきた言葉だ)
……勉強の根性は勉強を持続させることで身につくものなのですって。
いい担任の先生でよかったわ。
我田先生の書いた内申書は酷評だったみたい……。
守秘義務があるから内容については明かせないが。
どんなひどいお子さんかと心配していたのに。
真面目で活動的ですばらしいといってもらえたわ。
それに、塾にいくのは、悪いことだから、やめなさい。
……なんていわないわよ。
それだけでも転校させてよかったわ。

妻は誠を労り励ますために電話をかけてきたのだ。

(わたしをのこして、家族が東京に転居したことに責任を感じている)

確かに、ひとり暮らしは、想像している以上に苦労が多い。
電気釜のスイッチを保温に入れて。
いつになっても炊けない飯に腹を立てたり。
グラスに熱湯をそそいで割ってしまったり。
失敗続きだ。

じゃ、切るよ。
際限ない妻の饒舌。
つきあうのが苦しかった。
疲労がかさむばかりだ。
誠はめずらしく素っ気なく電話をきった。

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