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ある夕刻、帰りの遅い翔太をむかえに誠は小学校にいった。
帰りの遅すぎる翔太が心配だった。
夕闇が校庭を覆っていた。
夜の静寂が校舎をつつみこんでいた。
仰ぐと懐かしい木造校舎が薄闇に浮かび上がった。
誠はその懐かしさとは別に、闇のなかに存在する校舎に恐怖を感じた。
心臓がはげしく脈動していた。
校舎が振動していた。
校舎が放射する強烈な脅威にたじたじとなった。
二階建ての校舎の上空は暗雲が渦を巻いていた。
脅威というよりも禍々しい凶意すらかんじる。
(振動してたるのは校舎ではない。
揺れているのはわたしの体だ。
わたしには校舎の悪意が感じられる)
黒い窪んだ窓は銃眼のように見えた。
いやきこえてくるのは銃声ではない。
呪そのことばだろう。
(わたしを呪う橋本先生の、悪魔のことばにちがいない)
特に誠が学んだ覚えのある教室の窓々が邪悪な凶念を発している。
(わたしが、射程圏内に入れば撃退しようと一斉に呪文の射撃を浴びせてくる)
誠は恐怖に怯えた。
誠はブルッと身震いして立ちすくんでしまった。
邪悪な霊があの校舎から彼を凝視しているようだ。
闇は霧をはらんでいた。
夜霧は風もないのに、動いている。
ねばつくような可塑性があった。
霧が濃くなってなにか造形するような恐怖があった。
それが快いものであるわけがない。
誠はひどく疲れていた。
卒業後ほとんど近寄ったことのない母校の庭にきたことで、
誠自身もイジメにあったために受けた精神的外傷体験(トラウマ)が予期したとおりよみがえってしまった。
トラウマが鮮明になるほど体がこわばってきた。
翔太がこんな遅くまでなにしているのか不安だった。
一刻も早く翔太の所在を確かめなければ。
それ以外の思考は麻痺している。
不気味に冴えわたった感覚。
翔太。
どこにいるのだ。
翔太。
もっと早く迎えにきてやればよかった。
薄闇のなかで校庭の樹木やロクボクもジャングルジムさらに色濃く造形されていた。
闇は生きているかのように誠の下半身にまとわりつく。
誠は年甲斐もなく怯えた。
疎ましいものを現出させ、彼の前進をはばもうとしているような夜霧の壁。
いまとなっても、忌まわしい記憶がある。
卒業してから数度しか訪れたことがない。
校庭のざわめきが風にのって聞こえてくる。
近くに住んでいるのに遠い存在の母校だった。
幼い子供たちのあげる元気な掛け声がこだましている。
なにも考えることなく、無邪気にスポーツに励んでいる。
バスケット・ボールの練習をしていた。
中空にとびあがる幼い影が黒くいくつも絡み合って見えた。
竹刀の打ち合うひびきもまじっていた。
スポーツ少年団に入るようにという勧誘の通知がきていた。
この街のスポーツ偏重の教育については、その現場にいないものには推察もできない。
スポーツすることがわるいというわけではない。
スポーツをするのは楽しいことだ。
それに費やす時間がどれだけのものか都会のひとにはわからない。
そのために起こる学力低下がどれほどのものか想像出来ないだろう。
誠は翔太をスポーツ少年団に入れることを拒んだ。
体育館の活気に溢れた喧騒とは対照的に、静まり返った校舎に踏み込んだ。
森閑とした廊下。
両側に並ぶ教室には人影はなかった。
床のきしみが、無人の広がりにこだました。
誰かに誠の後をつけられている。
そんな気配がした。
誠はなにも気づいていないふりをして、校舎にむかった。
背中がむずむずする。
視線を感じる。
誰か誠の学校への侵入を嫌っているものがいる。
誠に行動を監視しているものがいる。
4年1組の教室に入った。
翔太のこの教室は偶然のことではあったが、
かって誠の父の勝平が学んだ教室でもあった。
第2次世界大戦が終戦をむかえるまでの6年間を父が学んだ学校だ。
誠が学んだ教室でもある。親子2代にわたっての陰鬱な記憶のある教室だった。
いや、翔太もいれれば3代だ。
今日もも遊びに来てくれてありがとうございます。
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帰りの遅すぎる翔太が心配だった。
夕闇が校庭を覆っていた。
夜の静寂が校舎をつつみこんでいた。
仰ぐと懐かしい木造校舎が薄闇に浮かび上がった。
誠はその懐かしさとは別に、闇のなかに存在する校舎に恐怖を感じた。
心臓がはげしく脈動していた。
校舎が振動していた。
校舎が放射する強烈な脅威にたじたじとなった。
二階建ての校舎の上空は暗雲が渦を巻いていた。
脅威というよりも禍々しい凶意すらかんじる。
(振動してたるのは校舎ではない。
揺れているのはわたしの体だ。
わたしには校舎の悪意が感じられる)
黒い窪んだ窓は銃眼のように見えた。
いやきこえてくるのは銃声ではない。
呪そのことばだろう。
(わたしを呪う橋本先生の、悪魔のことばにちがいない)
特に誠が学んだ覚えのある教室の窓々が邪悪な凶念を発している。
(わたしが、射程圏内に入れば撃退しようと一斉に呪文の射撃を浴びせてくる)
誠は恐怖に怯えた。
誠はブルッと身震いして立ちすくんでしまった。
邪悪な霊があの校舎から彼を凝視しているようだ。
闇は霧をはらんでいた。
夜霧は風もないのに、動いている。
ねばつくような可塑性があった。
霧が濃くなってなにか造形するような恐怖があった。
それが快いものであるわけがない。
誠はひどく疲れていた。
卒業後ほとんど近寄ったことのない母校の庭にきたことで、
誠自身もイジメにあったために受けた精神的外傷体験(トラウマ)が予期したとおりよみがえってしまった。
トラウマが鮮明になるほど体がこわばってきた。
翔太がこんな遅くまでなにしているのか不安だった。
一刻も早く翔太の所在を確かめなければ。
それ以外の思考は麻痺している。
不気味に冴えわたった感覚。
翔太。
どこにいるのだ。
翔太。
もっと早く迎えにきてやればよかった。
薄闇のなかで校庭の樹木やロクボクもジャングルジムさらに色濃く造形されていた。
闇は生きているかのように誠の下半身にまとわりつく。
誠は年甲斐もなく怯えた。
疎ましいものを現出させ、彼の前進をはばもうとしているような夜霧の壁。
いまとなっても、忌まわしい記憶がある。
卒業してから数度しか訪れたことがない。
校庭のざわめきが風にのって聞こえてくる。
近くに住んでいるのに遠い存在の母校だった。
幼い子供たちのあげる元気な掛け声がこだましている。
なにも考えることなく、無邪気にスポーツに励んでいる。
バスケット・ボールの練習をしていた。
中空にとびあがる幼い影が黒くいくつも絡み合って見えた。
竹刀の打ち合うひびきもまじっていた。
スポーツ少年団に入るようにという勧誘の通知がきていた。
この街のスポーツ偏重の教育については、その現場にいないものには推察もできない。
スポーツすることがわるいというわけではない。
スポーツをするのは楽しいことだ。
それに費やす時間がどれだけのものか都会のひとにはわからない。
そのために起こる学力低下がどれほどのものか想像出来ないだろう。
誠は翔太をスポーツ少年団に入れることを拒んだ。
体育館の活気に溢れた喧騒とは対照的に、静まり返った校舎に踏み込んだ。
森閑とした廊下。
両側に並ぶ教室には人影はなかった。
床のきしみが、無人の広がりにこだました。
誰かに誠の後をつけられている。
そんな気配がした。
誠はなにも気づいていないふりをして、校舎にむかった。
背中がむずむずする。
視線を感じる。
誰か誠の学校への侵入を嫌っているものがいる。
誠に行動を監視しているものがいる。
4年1組の教室に入った。
翔太のこの教室は偶然のことではあったが、
かって誠の父の勝平が学んだ教室でもあった。
第2次世界大戦が終戦をむかえるまでの6年間を父が学んだ学校だ。
誠が学んだ教室でもある。親子2代にわたっての陰鬱な記憶のある教室だった。
いや、翔太もいれれば3代だ。
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