田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

「朝だよ。起きないか」麻屋与志夫

2022-03-16 08:26:28 | 超短編小説
3月15日 火曜日
「朝だよ。起きないか」 超短編

ベッドから起き上がった。
そろそろ愛猫のルナが妻の寝床からわたしのところにくるころだ。
毎朝決まったルーティンでルナは動いている。
わたしは、妻を起こしたことがない。

「おーい。朝だよ。起きないか」
そうした声をかけたおぼえはない。
夜が遅いので、朝には弱い。
眠れるだけ寝ているといい。

わたしは、起き上がったまま……。
下半身はまだふとんのなかだ。
春の朝のものうい、ほんのりとした暖かさをたのしんでいた。

わたしの視線の先、部屋の向こうの端に動くものがある。
妻の鏡台のあたりだ。
和服を着るのが好きな妻が等身大の「姿見」を買ったのはいつのことだったろう。
妻は化粧に長くかかる。
と、よく父親にしかられたと娘時代のことを話していた。
どんな子どもだったのだろう。

妻がめずらしく早く起きた。
そんな気配はなかったのだが。
まちがいなく妻が和服をきて、鏡に向かっている。
すでに化粧はすましているらしくこんどは振り返って帯の具合をたしかめている。
――帯のよしあしで着物姿はきまるのよ。
着物よりも高価な帯をなんぼんも妻はもっている。

それにしても、朝からどこへ出かけるというのだ。
昨夜はなにも今日の予定についてはいつていなかった。
きゅうに思い立って、東京の娘たちに会いにいくのか。
いや、息子の下の女の子が小学校に上がるという。
そうだ、末の孫娘に会いにいくのだ。

こうしてはいられない、わたしもはやく支度をしなければ。
そこで気づいた。
わたしは老人性膝関節症が悪化して歩行がままならぬ身だ。
外出はむりだ。
妻だけで出かける算段なのだろう。
妻は帯のしめかたがきにくわなかったのか。
するすると帯をとき、着物を脱いで、肌襦袢になってしまった。
ほかの着物、結城つむぎかな、を肩にかけて鏡に向かい首をかしげている。

「出かけるなら、おそくなるよ」
妻に声を掛けながら、わたしはベッドから床に足を下ろした。
いつものことだが、ぐらっと体がかたむいた。

朝、立ち上がる時がつらい。
ひざの痛みが頭頂葉までひびく。
おもわず、「痛い」と嘆く。
いつもであったら、妻が優しい言葉をかけてくれる。
それがない。
見ると鏡の前にもいない。
もう出かける準備ができてシューズボックスから草履でもだしているのだろうか。
それにしてもおかしい。
わたしは部屋の反対側に寝ている妻のベッドに近寄る。
紗のカーテンを開ける。

妻がいない。

掛け布団が盛り上がっていない。
ルナがいつものように妻の枕元に寝ている。

でも妻の存在はない。

「おい。朝だ。早く起きないか」

わたしは妻に初めての言葉をかけた。



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