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田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

超短編 15 神の矢 ストーカー殺人事件  麻屋与志夫

2023-01-21 06:54:17 | 超短編小説
1月21日 土曜日
超短編 15 神の矢
「今日子、どうしたらいい。わたし殺されるかもしれない」
 ひさしぶりであった未来が泣きだした。
 高校からの親友だ。
 未来の勤めている不動産会社の近くの飲食店で、今日子は働いている。
「すれちがって、見つめられるだけでは、接近禁止令はだせないっていうのよ」
「その男、まちがいなくオカシイの」
「マスクしてフードかぶってるから顔の表情は見えない。目を見るだけ。だからこそ、あいつのいやらしい目から、考えていることがわかるの。怖いわ。わたし殺されるかもしれない」
 
 未来はため息をついた。
 親友には気取られないように小さな吐息をもらした。
 高校ではマドンナ。彼氏がいないのが不思議なくらい。
 街を歩いていてもタレント事務所のスカウトに声をかけられるほど目立つ美貌。
 美人は被害妄想に罹りやすいというから……。
 
 その翌日被害にあった。
 痴漢被害ではないが――。
 恐怖に立っていられなかった。
 あの男だ。
 フードをかぶり、もちろんマスクをしていた。
 雑踏する改札口をでたところで、背後に異臭がした。
 揮発性のにおい。シューとかすかな音がした。
 男は彼女をふりかえった。
 ニャリとマスクの下で笑ったように感じた。

「あなた、どうしたの」
 女性のケタタマシイ声がじぶんにかけられていることに、未来は気づいた。

「背中、真っ赤よ」
 白いコートの背中部分に深紅のスプレーが吹きかけられている。
 駅前交番にとどけた。もちろん、今日子のストーカーの話をした。

「すちがって、みつめられるだれではね……民事にはあまりかかわりたくないのが、本音で
すよ。でも、中原未来さん、あなたの場合は実害があった。被害届をだしてください」
 そういうことではない。
 いまからだって、あの男を探してください。追いかけてとは強固にいえなかった。
 
 そのころ――。今日子は街角で刺殺された。
 なんども、凶器のナイフで背中を刺されていた。

「ああ神様、神の矢というものはないのですか。善良なひとりの女性が刺殺されるのを救う
神の矢はないのですか」



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超短編 14タイムリープ 麻屋与志夫

2023-01-14 09:43:27 | 超短編小説
14タイムリープ
男は弁天池の鯉や亀を眺めていた。
亀は百年生きるというのはほんとうなのかな。
ぼくが、初市の露店商から買った亀、10円だった。
「無駄遣いしゃがって」
父の怒声が耳元にひびいてくる。
あの亀はまだ生きているかな。
家に着くと誰もいない。
国産の材木が輸入材におされて売れなくなった。
妙にだだっ広い屋敷に人の気配がない。
家業である材木問屋は成り立たなくなった。
せっかく家業をついだのに……。
みなれた景色ではない。
どうやら、帰る……戻る時代を間違えたらしい。




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超短編 13 タイムトラベル

2023-01-14 08:03:07 | 超短編小説
超短編 13 タイムトラベル
男は朝の散歩から家にもどった。
門口で見知らぬ老女が迎えてくれた。
「あなた、どこまで散歩に行っていたの?」



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12 幻肢痛  麻屋与志夫

2023-01-12 09:30:32 | 超短編小説
超短編 12 幻肢痛
「ぼくと結婚してください」
 女は男の顔をじっと見つめた。
 男の手には高価そうなエンゲージリングがきらめいていた。
 あの人、タレントだった。
 公務員だなんてウソついていた。
 でも、わたしも彼に言ってないことがある。
 幻痛が左指にはしった。
 ありもしない手に痛みが走る。
 テレビではウイデングマーチが流れている。
「こんどの彼も。裏切ったら殺してやる」
 幻痛は激しくなるばかりだ。


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超短編 ぼく12歳なんだ 麻屋与志夫

2023-01-12 06:30:45 | 超短編小説
11超短編  12歳
「キングのスタンドバイミーのメインキャストは12歳なんだ」
 彼女はうれしそうな顔でさきをうながした。
「マキャモンの少年時代の主人公も12歳なんだよ」
 彼女は笑顔できいている。
「男の子の12歳は、女の子の生理がはじまる前みたいな歳なんだ」
 彼女はうなずく。
 この男の患者はときおり、記憶をとりもどす。
「だからぼくはもうすぐ男になる」
 彼女は、そうそうと顔であいづちをうつ。
「そうしたら結婚してください」 
 彼女は黙ってしまう。
「おねがい、結婚して」
 沈黙。
 彼女は目の前の紙切れに目をおとした。
 大正12年-12月-12日生まれ
 正確にはカルテにあるとおり大正12年なのだ。
 12歳ではない。でも12にこれでは、こだわるわね。
 クリニックの女医さんは患者の男を慈愛に満ちた顔でみている。
「あなたが、大正生まれだということに気がつけばいいのにね」


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新人賞作家のサイン会  麻屋与志夫

2023-01-06 08:40:05 | 超短編小説
1月5日 木曜日 晴 室温5℃
超短編小説
10 新人賞作家のサイン会 

新宿紀伊国屋書店で新人賞作家古賀志郎のサイン会がひらかれていた。

若いキレイナ女性が彼の前に立った。

サインがすんで彼は女性をみあげた。

「あっ、橘川麻里奈さん」

なつかしそうに声をかけた。

「おめでとうございます。おばあちゃんも、よろこぶでしょうね」

著書を渡そうとしていた彼の手が一瞬静止した。



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9 千手院観音堂の仁王門  麻屋与志夫

2022-12-20 08:38:52 | 超短編小説
超短編小説
9 千手院観音堂の仁王門
 拝殿より仁王門のほうがケバカッタ。
 観音堂は立派な彫刻で四方を飾られていたが。
 無垢。色彩はほどこされていなかった。
 剥げ落ちてしまっていたのかもしれない。       
 仁王門は存在感があった。みごとな朱塗り。
 その年、12歳だった。ぼくとヒロチャンは仁王門の庇におおきな蜂の巣を発見した。
 クマンバチの巣。
 黒と黄金色にみえる縞。ブンブンする音がみえた。その姿がきこえた。幼いぼくはそう感じた。ハチがとんでいたということは春から夏にかけての季節。
 戦争がおわるまでには数か月を要した。
 そうした季節と風景のなかでぼくらはのびのびとあそんでいた。
 ぼくはぼくらが、オッパイ蜂の巣と命名したきょだいなでっぱりに向かって投げた。拳大の石だ。
 ズボツとめりこんだ。一発で的中した。
 それを誇るよりもおどろいた。
 石は落ちてこない。
 乳房に吸い込まれた。
 あとかたもない。
 庇までの距離が巣を実物より小さくみせていたのだ。
「おっきいな」
「ぼくもなげようかな」
 ヒロチャンが石をひろった。
「やめたほうがいいよ」
 ぼくはあわてて止めた。
 ヒロチャンのお父さんは事故死。
 ヒロチャンはふたりで泳ぎにいった御成橋の下の河原でケガをした。
 石を投げられた。彼はそういった。直ぐそばにいた。ぼくには石のとんできた気配は察知できなかった。
 ふいに耳の付け根に血が噴き出した。カマイタチだ。ぼくはそう感じた。彼は気丈にも手拭をおしあてた。
 鮮血で真っ赤になった。彼の弟が竹を差して片方の眼の視力を失っていた。
 
「傷害の因縁があるのかもね」
 四柱推命学にこっていた母がいっていたのを思いだした。
 なにかあったら、守ってあげなさい。と母はつづけた。
 ぼくは怖くなった。体が小刻みにふるえた。
「こわくなんかない」
 彼はおおきく手をふった。ぼくはがむしゃらに彼の手にしがみついた。
「いたい」
 石はかれの足の甲に落ちた。血がでた。
 ぼくは彼をおしとどめてよかった。これくらいのケガですんだ。
 ヒロチャンはおこって、家に帰ってしまった。
 彼にはぼくの善意は通じなかった。

 彼の家は紫雲山千手院の参道の直ぐ脇にあった。
 ひとりとりのこされたぼくは仁王さんと向かいあった。
 仁王さんにおおきな乳房があらわれた。
 穴があいている。蜂が群れている。
 仁王さんはぼくを睨んでいる。
 ぼくはわるいことをしたのだろうか。
 よかれと思ってした。それでも、友だちを傷つけた。
 結果がすべてだとしたら、ぼくは友だちを傷つけたことになる。
 ぼくは家から物干し竿をもってきて、あの石をとりのぞこうかと決意した。
 樋を流れ落ちる雨水のように、石が竿を伝って落下してきたら。どうしょう。 
 体の震えはさらに小刻みな戦慄となって全身をおおった。
「気にするな。すんだことは、とりかえしがつかない」
 ぼくは、仁王さんの声をきいたような気がした。
 ぼくは仁王門の石畳の上にすわりこみ夕暮れをむかえた。




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8 トマト  麻屋与志夫

2022-12-16 15:30:11 | 超短編小説
8 トマト
 ぼくは空腹ではなかった。
 宝蔵寺にいる集団疎開の友だちがたえず狂気じみた餓狼のようなあさましいうめき声あ
げていたので、彼らがぼくにしめしてくれたた優しい連帯の友情にたいしても……むくい
なければといった気持ちから、野菜畑に略奪者である彼らを案内するといった役割をひき
うけてしまったのだった。
 野生の禽獣のように食べ物をあさることにかんしては、かれらはあまにも柔弱な都会育
ちであり、たとえぼくが運動神経のにぶいため……魚屋の店頭で鉤にかれられた『マグロ』
のように鉄棒にぶざまにぶらさがったままであったり、矮小なからだのためともかくすべ
ての競技に劣性のみにくさを開示してしまうような生徒であったとしても、彼らを援助で
きないほどひ弱くはなかった。
 彼らが大挙して疎開してくるまでは、ぼくは、ともかく、朝鮮人の金とともに学級からみ
はなされた生徒だった。
 予想もしなかった彼らの到来によって、ぼくは自分より脆弱な人間のいることを知りそれが奇妙な自信の球根をぼくに植えつけたのだ。
 生命力の回生を……強固な意志力の発現を願望するあまり、ぼくはたえず彼らとの接触をたもちつづけた。彼らとつきあってさえいれば、ぼくはときおりささやかな優越感すらあじわうことができたのだ。
 集団疎開のかなでは比較的たくましい骨格をした彼らの番長、奥村に……聡明で自己犠牲の精神にとんだ彼に野菜畑に、略奪の冒険にでかける相談をうけたとき、だから胸がよろこびのためにふくらみ鼓動が高鳴るのを感じた。
 これを契機に僕はうまくいくと彼らの仲間にはいることができ、彼らが東京からもってきた本を借りることに成功するかもしれない、学級のぼくいがいの土地の子たちと決別しても結構上機嫌な生活を迎えることができるだろうと確信した。
 それにこれだけは断じてひとに語りたくないことだったが、ぼくは奥村の妹に、奧村理加に恋をしていたのだ。
 そしてそれが一番の理由だった。どんなことがあっても肌理のひきしまって……磁器のようにすべすべした肌をした、すこし首をかしげて話す癖のある彼女の顔が、飢えのためうつろな表情になるのを傍観しているわけにはいかなかった。
 際限なくおそう飢えのため……満足に体を動かすこともできず、疲れ果て……本堂の広間のひからびた畳にごごろ横臥している彼らと親密な友情の絆を確保するためといったおもてむきの理由からも、ぼくは奥村と、夜になってから樫の巨木の下でおち会った。
 あいつら……だれもおきあがってこないんだ。
 乱暴な言葉とは反対に、彼は、空腹のため横になつたままの仲間たちをどうにかしてやらなければといった使命をになつたきびしい顔をしていた。
 奥村戸だったら……おれはやる。
 どんなことでもやる。
 それでみんながたすかるんだったら……おれはやる。
 ぼくは興奮していった。
 寺の墓地と田圃との境には有刺鉄線がはりめぐらされていた。それをさけるため、崖をきりくずして構築された城壁のような墓地への険路をぼくらは進まなければならなかった。
 石段は風雨に浸食され、それが人の意志によって積みあげられたにもかかわらず、いつのころからか……自然の景物そのものと化していた。
 苔が生えていた。夜露にぬれてすべった。そのことを彼に注意しようとしたぼくの背後で、低く短い叫び声があがり、奧村の姿が消えていた。
 不安におののくぼくの視線は、石の突起にかろうじて手をかけて全身をささえている彼の宙ぶらりんな影を探しあてた。
 すばやくぼくは(自分にそうした敏捷な行動ができるのを愕きながら)南京袋を彼に投げおろした。
 蛇のようにぬめぬめする石の表に足をとられ……彼の体重を
両手にうけとめ、どうにか彼をひきあげることができた。ところで彼はすこしおこったようなこわい顔をしていた。
 耕された田野の畦道をいく。戦場にあって狙撃兵をさけるような危険な移動であった。じじつ、それまでにおおくの友だちが、農夫につかまって、酷い体罰をうけていた。農夫たちの、食糧を充分に保管している彼らがぼくらを威嚇する方法や武装のしかたには、過剰な防衛本能がむきだしにされていた。つまりは、みつかったら最後、半死半生のめにあうことは疑う余地もなかった。ぼくらはそれでも、彼らを憎しみの対象とすることはできなかった。
 小川を徒渉し、畠についた。
月は雲におおわれ、ぼくらは地面にへばりついていれば、地虫のように蠕動してすすめば目撃される懸念はなかった。
 みじめな飢えを耐えられず、人間というよりむしろ獣じみた食糧獲得本能のおもむくままに、夜の底で蠕動するぼくらの周囲にはしかし、土の臭いと川床からはねあがる魚の水をうつ音がきこえてきたりして、すっかり土がこびりついて黒くなった爪と鼻ずらをみあわせるぼくら鼓舞するのだった。
 食糧をあさる獣たちには獣たちなりのなぐさめと歓びがあるのだろうかなどと、ぼくらは小声で話しあいながら、しかし充分な注意を前方にむけて危険な前進をつづけた。
 夜のはずれで犬の遠吠えがあった。この頃になるとぼくは緊張のためぼく自身もすっかり空になった胃袋の所有者であるような妄想に悩まされ、いや飢えているのはぼく……にちがいないのだという想像にさいなまれたあげく、あらゆる感情が胃に収斂してくる。
 許しもなしに野菜畑に侵入し他者の私物であるトマト、キュウリ、南瓜、サッマ……食べられるものすべて、手あたりしだいに盗みとるぼくらの行為には躍動する筋肉の勇者らと等価のたくましさが宿り、いつか恐怖も去る
 大胆に畑のなかを跋渉する。
 供物をささげられたように……誇りと自信にみちたしぐさで……。
 ぼくらの動作がにぶくなったのは袋が重くなったという物理的理由からだった。
 ぼくはでも、さらに採食に、目標に突進する。重くなった袋をさらに重くするために。
 あまりにも安易に食糧を集めることができた。豪華な収穫に有頂天になっていては、いけなかったのだ。
 奥村とぼくは飢えたともだちに飽食の恩恵を……南京袋いっぱいの食べ物が魔法のように忽然とあらわれる奇跡を
 みせてやるために、魔術師でない凡俗の悲しさ……ただひたすら大地を這い、農産物の収集に没頭していた。
 野原で蝶の翅粉にむせぶ至福の収集家のように。
 
 おい――。もどろうか。と、奧村がいった。
 ぼくは準備してきたロープで袋の口をしっかりとゆわえた。
 こんなに収穫があるとはおもわなかった。
 マグロ、きみのおかげだよ。
 
 彼は充分なねぎらいと連帯の証のあるひびきをぼくのあだ名にこめていった。
 ぼくはそれでまんぞくだった。
 おとぎ話の王子になったようで……いい気分だった……このうえは一刻もはやく帰還しておなじ言葉を彼の妹からききたいとおもった。
 
 彼女からのやさしい言葉……ただそれをいってもらいたいという真摯で無垢な希望からぼくは彼と行動をともにしたのだった。しかし断じてそのことを彼に告白するわけにはいかなかつた。

 
 おい……もどろうか。
 ふたたび彼がくりかえしたとき、ぼくは彼の腕をひくと地面に伏せた。
 犬の吠え声が間近でした。
 農夫らしいひとかげが黒ぐろと浮かび、まったくそれは不意の出現だったので、ぼくは仰天し声もだせなかったが、信じられないほどのすばやさで彼の腕をひいて地面に伏せさせた挙措にはある種の自信があった。
 犬がいなかったなら、ぼくらはその箇所にひそんでいればよかったろうが、農夫の忠実な番犬がすでにぼくらをかぎつけてしまていた。
 低いうなり声をあげ、犬は農夫に異常事態を知らせてる。

 ぼくが……逃げる。
 ぼくがあいつらをひきつけるから……これをもって帰ってくれ。
 彼にロープのはしをもたせよと…しかしすでに奧村は聞く耳をもたなかった。
 ぼくの肩を押さえつけるように二三度たたくと、ぼくらがやってきたのとは反対の方角に向って走りだしていた。
 (どうすればいいのだ。……どうすればいいのだ)
 ぼくはやっと芽生えかけた勇者らしい自信も霧散し茫然としていたが、彼の期待と犠牲を裏切らないためにも……仕方なく重い袋をひきずりながら帰途についた。
 横になって、だがまだ寝ずに待っていた者たちは、鋭く辛辣なひんしゅくの言葉をぼくにあびせかけたが、やがて袋をとりあげると、庫裏やにさっていった。
 マグロは……兄さんを置いてひとりだけで逃げてきたのね。あんたなんかきらい。あんたはやっぱりいくじなしのマグロだわ。お魚屋さんの店先に吊るされて、宙ずりになって……出刃でそぎおとされて……血の涙を流すといいのよ。
 
 理加は残酷な目でぼくをにらみ、そう心の中でいっているようだった。
 露縁に人影がさし、あえぎながら奥村が本堂にはいってきた。
 血と土と野菜の汁が彼の体をおおっていた。
 彼女は泣きだした。ぼくは濡れた手拭を
 もってくるようにいうと、彼のよごれて、ところどころひきさかれた上着をぬがせると、畳にそっと横たえた。
 食糧は……?
 かぼそい声で彼かいった。
 ぼくがふじに彼らに渡したというと、彼は安堵の吐息をもらした。
 ありがとう。声をだしたのが……そが悪かったのか、彼は血を吐いた。
 それが熟れた赤いトマトのような形状にひろがった。
 あいつら、ひどくやりやがった。あいつら、ひどい……。
 どうして、兄をおいて逃げてきたのよ。もどってきた理加がぼくを咎めた。
 奧村はぼくをじっとみつめていた。
 妹の顔と交互に眺めながら微笑していた。
 乾きかけた血を拭きとってやながら、彼とぼくのあいだには戦いのあとの勇者同士のやさしい連帯が芽生えているのを感じた。
 隣室では、サツマが生煮えでかたすぎると、だれかが不満をもらしていた。
 ぼくはぼんやりと彼の吐いた血の跡をみおろしながら、理加の避難を甘受し、これからは夏がきてトマトの季節になっても、けっしてトマトを食べることはないだろうと思いつめていた。

 隣室ではだれかが、また、サツマのかたさに不満の声をあげていた。



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7 母猫  麻屋与志夫

2022-12-12 08:52:04 | 超短編小説
7 母猫 
悲しい夢を見た。                             
いつも夢にでてくる町の氏神様の裏の薄暗がりだった。
ケヤキや杉の巨木があるのでそのあたりは昼でも暗かった。
道の向こうに味噌蔵が並んでいた。
高いところに、格子のある窓がある。
暗くぼっかりと空いた窓に影がある。
だれかが手まねきしている。
どうやらわたしが子供のころの風景だ。
道端に泉があった。
清らかな水のわきでる泉ではなかった。
生きているものを溶かしてしまう酸をふくんだ水がふきだしていた。
子猫がその泉にどっぷりと浸かっている。
下半身はもう粘液化していた。
ニャアニャア、悲しくないている。
子猫が前あしですがっているのは母猫だ。
泉のほとりの木の根元に釘付けにされている。                        
四肢を展翅板にかけられたように固定されている。
猫の皮はこんなに展性があったのか……。
うすっぺらにひきのばされている。
手足を止めてある四本の釘の頭が鈍くひかっている。
痛々しい。
スルメのようにかわききつて死んでいる。
それでも子猫は母猫にすがってないている。
ひからびて死んでいるはずの母猫の目に涙が浮かんだ。
あとからあとからふきだして泉の酸をうすめようとしている。
死んでからも、子猫を守ろうとして、涙で酸を薄めている。
それも、むなしい。
やがて子猫はすっかり溶けてしまった。
なき声だけがまだしている。
そんなことはない。
これは幻聴なのだ。
ニャアニャアと小さな声だけが酸の泉の面にただよっている。
母猫の涙はかれていない。
たらたらとしたたっている。
いつかこの酸の泉も清らかな泉になるだろう。
夢の中で、わたしも涙をこぼしていた。
  
夢の中でながした涙でまだ枕がぬれていた。
 
  

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6横穴壕に咲いた麹の黄色い花 麻屋与志夫

2022-12-11 10:09:28 | 超短編小説
12月11日
6 横穴壕に咲いた麹の黄色い花

 鍵屋という屋号の麹屋さん所有の山だった。ぼくらは『かぎやま』と呼んでいた。
 いまどき、麹屋などといっても知らないひとがほとんどだろう。え、麹そのものをしらない。そっか。こういう時代までぼくは生きてこられたんだな。だってね、これから話そうとしているのは、62年もまえのことなんだ。まず、麹。糀ともかく。麹は米、麦、豆を蒸し、麹かびを繁殖させたもの。インターネットで調べれば細かく書いてあるよ。現物は大手のスーパーなら売っていると思う。でも、それは白いもので、麹花の咲いた淡黄色になったものはみたことがないんじゃないかな。母が買ってきて、ドブロクや味噌をその麹を使って自家製していたんだ。すぐに使わないで古くなると黄色いカビが繁殖してしまった。それを麹花と言っていたようだ。まあいっか。鍵山のことにもどろう。                       
「ピカドンが落ちた。ピカっと光ってドンと音がして。広島が全滅なんだってよ」 大人たちの密やかな話がきこえてくる。ぼくらは不安におののいていた。そして、鍵山の山腹に穿たれた横穴壕に集合した。奥のほうまでいくと、昼でも暗かった。ぼくらはそこを秘密基地にしていた。
 建具屋の一郎ちゃん。洗濯屋のタダシちゃん。とび職の和やん。それに集団疎開の太田君たちもいた。ぼくの家はロープ屋。麻縄を作っていた。ぼくらは家からいろいろなものをもちよった。一郎ちゃんは建具に使う板をもってきた。基地の入り口が人目にふれないように板で扉をつくった。その板に泥をなすりつけた。ほかのものがきても横穴の土壁にしか見えないように工夫したのだ。ぼくらはいつも、その壕の最深部に作った基地で遊ぶのだった。ぼくはその日まだ完成していないドブロクを一升瓶につめて持参した。
 食糧難の時代だった。食べ物がない。飢えの悲しさ、苦しさ、とりわけ飢え死にするかもしれないという不安。食べられるものだったらなんでも口にした。絵の具まで食べた。白い絵の具が一番おしかった。学校帰りに麦の穂を摘んで食べて農家の人に追われた。ぼくの家はありがたいことに、風船爆弾を吊るす細引きを軍に納めていたので、特別配給品があった。飢えるようなことはなかったが、友だちとおなじようなことをしていた。そうでもしないと、仲間はずれにされてしまう。
「正ちゃん、このドブロクおいしいよ。初めてこんなおいしいもの飲んだよ」
「とうきょうにも無かったんけ?  そんなにうまいんならぼくの分も飲みなよ」
 ぼくは大田君にぼくの茶碗のドブロクを空けてやった。ぼくはドブロクがお酒で、飲めば酔うということを知っていた。座繰り式のロープ職人は、月に二度くらいはドブロクを飲ませないと働かなくなる。酔うと、ぼくには意味のわからない、猥褻な歌を大声で喚き散らした。
ぼくらは酒盛りをした。ぼくは、麹を団子のようにまるめて持ってきていた。ただ疎開の子に麹を見せたかっただけだ。でも、それを口にしたものがいた。太田君も「けっこううまいね」といって食べてしまった。ぼくは食べるふりをしただけだった。ぼくにはおいしくはなかった。むあっとした、カビ臭いにおいが口の中に広がって飲み込むことができなかった。そっと手に吐き出した。後ろ手に背後の土の上に置いた。
「見よ東海の空明けて」
 一郎ちゃんが歌いだした。みんな酔ってしまった。ぼくらの歌声は横穴の中にひびき薄闇にこだました。それはまるでだれか他にいるように反響した。
「父よあなたは強かった」
 ぼくらは、軍歌を斉唱しながら壕から出た。規律正しく二列横隊の行列をつくり歩き出した。ともかく、はじめてお酒を飲んだので酔っていた。酔っているということすら分かっていなかった。楽しかった。楽しくて、舞い上がるような気分で住宅街に練りこんだ。
 一郎ちゃんの家の前に大勢の人だかりがしていた。
「南京芝居だ。建具やの美代ちゃんが、南京芝居しちまった」 
 美代ちゃんというのは、一郎ちゃんのお母さんだ。
 ぼくは大人の脇から開け放たれた一間だけの家をのぞきこんだ。鴨居から綱が吊るされていた。綱を首に巻いて人がぶら下がっていた。風もないのにかすかに揺れていた。そのロープはぼくが一郎ちゃんにあげたものだった。父ちゃんが問屋に建具届けに行く時、大八車で使う綱がふるくなっちまったんだ。そう言われてあげたばかりの真新しいロープだった。路地のむこうから、がらがらと車の轍の音が聞こえできた。大八車の梶棒のところに、古びたロープが束ねて下げられていた。ああまだ倹約して古いのを使っているのだ。およそその場の雰囲気とは場違いなことをぼくは考えていた。
 この騒ぎがあったので、ほくらの酔っ払い行進は、誰にも見とがめられなかった。気づかれなかった。
 その夜は、ピカドン騒ぎはどこかにふっとんでしまった。確かに操り人形のようだった。南京芝居のようだった。ロープからぶらさがって揺れていた。
 いたずらされたんだべゃ。だれがやっただ。学校に駐屯している兵隊だんべか。若さもてあましてっからな。
 馬鹿、兵隊さんのことにしたら、ころされっぞ。そんなこと口に出したらだめだべな。めったなこと、言っちゃいけねえぞ。
 ぼくの周囲の大人たちの会話は、いつになく難解なものになっていた。なにを話しているのか、いたずらなんて意味はとくに判りにくかった。そして、悲しみはそれだけではすまなかった。一郎ちゃんが家出したのだ。こんども、大人たちはひそひそと噂していた。ぼくの耳に入ってくるのは、一郎ちゃんが母親にいたずらした犯人の顔を見ているのでないか。ということだった。そんなことはない。だってあんなにたのしそうにぼくらと基地で遊んでいたのだ。不安があれば態度に出ていたはずだ。
 三日たっても一郎ちゃんは行方不明のままだった。ぼくは知らなかったのだが、この間にピカドンを避けるにはもっと深い横穴壕を掘らなければならない、ということが町内会で決められた。

 ぼくは、お巡りさんに呼びに来られた。サーベルのガチャガチャいう音を恐れながらついていくと、ぼくらの秘密基地に導かれた。そこには正ちゃんも和ちゃんも疎開児童もすで集まっていた。
もちろん、町内会の大人たちも、父もいた。
 ぼくは、おずおずと基地の中に入った。異臭が鼻をついた。
 淡黄色のカビが人型に盛り上がっていた。
 鱗のようなカビで覆われた人型。
「なんだべ。どうしてこんなになにったんだ」
 口ぐちに大人たちは囁き合っていた。
 ぼくには、それがぼくらが食べ残した麹が増殖したものだと解った。
 そして黄色の鱗を剥がせば、一郎ちゃんがいることも……。
 だってここは、ぼくらだけの秘密基地なのだから。


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