リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

日本でリュートが始まった頃(11)

2023年06月12日 00時01分51秒 | 音楽系
当時は留学するというのは大変なことで、お金持ちのぼんぼんやお嬢でない限りなかなか大変なことでした。SさんもNさんもぼんぼんではなかったので大変苦労されたようです。Sさんが現地に留まったのは実は帰るに帰れなかった、つまり帰国費用がなかったからです。当時そういう方は結構いたというふうに聞いています。Sさんの場合はまだ帰国するお金があったのでしたが、彼はやはりぼんぼんではなく、日本に帰ってから音楽活動を続けることはできませんでした。もっともぼんぼんであるだけで音楽活動ができるわけではないですけどね。やはり才能が必要です。でも少しあればなんとかなっているというような方もいらっしゃるふうに聞いたことはあります。

当時あるところである方から聞いたことばですが、音楽家としてやっていくためにはまず「カネとコネ」が必要だ、あと才能が少しあれば充分だ、というのです。若かったし世間も分かってない私はそんなはずはないと少々反発しましたが、今から考えるとそれは当たっていました。その通りの例は沢山知っています。もっともカネもコネもなかったけど大成した人もいるにはいました。知っている限りでは一人だけでしたが。

70年代初めは1ドル360円の固定相場、私が76年に初めて渡欧したときでも250円くらいでした。落ちぶれたとはいえまだまだ現代は70年代よりは豊かです。

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