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生活をエンジョイするために働く

またまた本田さんの本から。

本田さんは、会社のために働くのではなく「自分のために働け」「エンジョイせよ」と言う。

「君たちは企業のために犠牲になるな。自分の生活をエンジョイするために働きに来るべきだ。いかにエンジョイすべきかということの大きな課題を背負っておれば、互いに愉快に工場で働けるのじゃないか」(p.149)

経営者に対しても、次のようにクギをさしている。

「経営者に一番大事なことは、もちろん企業を大事にしなければならないけれども、それ以上に大事なことは、そこに働きに来る人たちは、それぞれ自分の生活をエンジョイするための一つの手段として来ているのだ、という意識に徹することである」(p.149)

今の若者は「仕事よりも自分の生活を大事にする」と非難されたりしているが、本田さんからすると「そんなことは当たり前」なのだろう。今から50年前に書かれたエッセイであるが、時代を超えて大切なことをおっしゃっていると感じた。

出所:本田宗一郎『俺の考え』新潮文庫

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体の中でほかよりも弱く見える部分が、かえって必要なのです

体の中でほかよりも弱く見える部分が、かえって必要なのです
(コリントの信徒への手紙Ⅰ・12章22節)

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理論に裏付けされた夢としての「思想」

昨日に引き続き、本田宗一郎さんの著書から。

本田さんは、技術よりも思想が大事だという。

「現在は技術革新の時代だとか技術者優遇ということで、技術が最高のもののようにいわれているが、私たちの会社が一番大事にしているのは技術ではない。技術よりまず第一に大事にしなければならないのは、人間の思想だと思う。金とか技術とかいうものは、あくまでも人間に奉仕する一つの手段なのである」(p.61)

ここでいう思想とは、ビジョンや理念のようなものらしいのだが、もう少し具体的である。

「いい経営とは、そうした若い人に夢をもたせることだ。漠然とした「少年よ、大志を抱け」といったものでなく、いわんや「勲章をつけて剣さげてお馬に乗ってハイドードー」なんかからは、全然正反対なのである。したがって「夢」はその背後に世界的視野に立った理論が裏付けになっていなければならない。どこの国にいっても通用する理論、それが若い人の夢を生む。さらにその夢が、世界市場どこに出してもひけをとらない製品をうんでいく」(p.175-176)

「理論に裏付けされた夢」としての思想が、人を成長させるのだろう。

出所:本田宗一郎『俺の考え』新潮文庫

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『俺の考え』(読書メモ)

本田宗一郎『俺の考え』新潮文庫

本田宗一郎さんが昭和三十年代後半に書いたエッセイ集。人生や経営の本質をつく言葉にあふれている。

もっとも印象に残ったのが「フシ」の話

このエッセイが書かれた頃が不景気だったらしいのだが、そんな時期こそが成長のために大切になる、と本田さんは言う。

「むしろ、もうからない時こそ、その企業の基礎がためができるのである。竹にはフシがある。そのフシがあるからこそ、竹は雪にも負けない強さをもつのだ。同じように、企業にもフシがある。もうかっている時は、スムーズに伸びていくが、もうからん時が一つのフシになる。このフシの時期が大切なのだ。私はフシのない企業は、どうも不安でみていられないような気がする」(p.23)

「われわれの商売だって、今うちがいいといったって、こんなことはひとつもいいことにならんと思う。また悪いときが来ることだってある。ただ、そういう時でもなるほどなというだれでも納得できる真理をつかんでいくことが一番の経営の根本である」(p.23)

フシの話は個人にも当てはまるだろう。何をやってもうまくいかない時期、調子が悪い時期こそ、人間としてのフシを作る絶好の機会かもしれない、と思った。

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