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『一原有徳:版の冒険』(読書メモ)

光岡幸治『一原有徳:版の冒険』北海道新聞社

100歳まで生きた世界的な版画家・一原有徳さんの評伝である。

小樽にある貯金事務センターで公務員として働いていた一原さんが版画を始めたのは47歳。それは偶然であった。

「一原は油絵を描くため、割れた小さな石版石をパレットがわりに使っていた。(中略)石版石に盛った絵具をパレットナイフで練っていたところ、偶然に現れた映像が一原の琴線に触れ、何とか残せないかという思いから紙をあてバレンで刷り取った。これが版画家・一原有徳の原点となった」(p.85-86)

一原さんの作品は、機械の部品や鉄くずが集積した未来都市や、未知の生命体を表したような抽象的なものが多い。金属板を腐食させたものや、オブジェやモニュメント的なものまで、80歳を過ぎても、数々の実験を繰り返してきた。

そうした実験精神を支えてきたものは何か?

それは、俳句と登山である。

一原さんは、十代の頃から俳句を、二十代の頃から登山をしており、それらの経験が版画と一体化しているのだ。「俳句は創作の心をつくり、山は未知の魅力を教えてくれました」(p.148)というコメントにあるように、版画、俳句、登山が三位一体となっている。

「ある深い岩の谷底のことでした。狭い青空から大きな水滴が、ゆっくりと落ちてきて飛散し、その周辺だけに日が当たり、なんともいえぬ美しさでした。こんなイメージが版に・・・・いや、それには及びませんし、作るときには忘れていたことです」(p.112)

やはりイノベーションというものは、異なる世界が結びついて統合されるときに生じるのだな、と思った。


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