柳蔭書翰

徒然なるままに、音楽関連の話題に拘らず、常ならんこの世の事々書き散らし諸兄のお耳汚しに供したく思います。

講釈

2024-04-01 08:24:05 | Weblog

能登地震から丸々3か月です。新聞がTVが教えてくれます。発災当日から被害の象徴的に映像流れていた傾いたビルはまだそのままです。輪島の朝市大火災現場もそのまま。やっと水が来た、と報道があったり、復興の掛け声通りには事は進んでないわけです。アクセスの悪さは人海戦術(ボランティア)も妨げていて、金沢辺りからの日帰りという制約があり朝から昼の2時迄だそうです、半分も使えてないこと。半島部、行き止まり地域の宿命と言えばそれだけで、学者たちは以前からそういう分類して講釈垂れていたはずです、何の役にも立たぬこと。こうこうですよという説明じゃなくて、だからどうする、なのだと思い知らされます。もっともあんな大地震が来た日には、前もって何してればいいんだ?の諦めしかないでしょうけれど。やがて復興はしていくのでしょうが、この遅々感をどう凌ぐかです。

 甲子園終わりました。オーバーフェンスの本塁打が2本だそうです。新聞にありましたがこっちの記録は清原桑田時代の30本だそうで。金属バットに細工して低反発にしたら途端にこれだそうで。飛ぶバット飛ぶボールってのは張本が元気な頃に頻りに言うていたことです(プロの方ですが)。プロは金属バット使わないですが、ボールは一緒でしょうし。経験者だかのコメントです、これで下位打者の出会いがしらのホームランがなくなって、守備の重要さが一層増すと。そうかぁ、当たれば入るという代物だったわけですな。昔と違って今の子供は皆デカいですし。だからといって清原らの記録が霞むわけではないにせよ、高速水着や厚底シューズなど道具の影響ってのはどの競技にも大きいと改めて知るのでした。

コメント
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