暁庵の茶事クロスロード

茶事が好きです。茶事の持つ無限の可能性に魅了されて楽しんでいます。2015年2月に京都から終の棲家の横浜へ戻りました。

如庵茶会へ-2

2013年10月10日 | 献茶式&茶会  京都編
           犬山城(国宝、白帝城)天守閣からの眺め
(つづき)
濃茶席(如庵)のお道具を紹介するにあたり、
茶会の順番に従ってすすめていくことにします。
よろしかったら、お付き合いください。

             
                      如庵の躙り口

有楽窓から秋の陽射しが柔らかく、点前座を包み込んでいます。
釜は雲龍(小)、初代寒雉造。
風炉は雲龍土風炉、天下一宗四郎造です。
艶のある黒い肌、雲龍のように湧き上がる雲を連想させる曲線の美しさ、
小振りながら雲龍釜にぴったりの大きさです。
S先生のお稽古で名前だけ伺っていた天下一宗四郎、
初めてのお出会いですが、ものすごいインパクトでした。
これでやっとイメージを持って名前が覚えられそうです。

水指は、南蛮縄簾丸壷笹耳付(柳沢堯山箱、半蔵庵伝来)で、
雲龍釜や土風呂と並んで目立たずに治まっているのですが、
土の持つ素朴な魅力とエネルギーをさりげなく発揮していました。

             
                       有楽井筒          

「お炭を置かせていただきます」とご亭主。
時代藤組透椀形(北尾春倫箱、寺村家伝来)の炭斗、つづいて
灰匙(青銅 竜頭)を入れた灰器(雲華焼、上田宗品造)が運ばれました。
羽根は鷹(小津家伝来)、鐶は鉄糸目(紀宗直造)、火箸はかね打、
釜敷は時代藤組七宝透(孤篷庵伝来)で、遠州お好みでしょうか。
香合は推黒笹蟹、香は「しら菊」(細川家伝来)とします。

床の花(屋久島芒と吹上菊)や鉈鞘籠花入のお話をしているうちに
火相、湯相がととのい、濃茶点前がはじまりました。
黒楽の茶碗が運ばれ、茶入と置きあわされました。
木地曲の建水が運び出され、茶道口の襖が締まり、
蓋置(北村幽庵古竹)に柄杓が引かれ、総礼です。

             
                  旧正伝院書院を庭から見る

茶入は、常叟黒中棗(不見斎箱、関戸家伝来)、
蓋裏に常叟の在判がありました。
袋は望月間道と両面文海気が添っていますが、望月間道とします。

黒楽茶碗に濃茶が点てられました。
手に取ると思いの外軽く、薄づくりです。
黒楽によく練られた濃茶の艶やかな緑が映えていました。
「香佳く美味しく頂戴いたしました・・・」
(如庵で頂く濃茶を想像するだけで感激しております・・)

茶碗を拝見すると、たっぷり釉薬が二重に掛けられた堂々とした姿、
黒い胴に大小二か所の四角い焼ぬきがあるのが特徴的で、
重厚な中にも現代に通じるモダンを感じます。
作者は楽三代道入(ノンコウ)、銘「寿老人」(覚々斎箱)です。

鴻池善右衛門所持、馬越家伝来とあるので、青磁桃花香合とともに
馬越恭平(化生)がかつての主家・鴻池家から入手したのでしょう。
・・・そんなことを思いながら
もう一度手に取ると見込みに桔梗のような文様があり、
いろいろな楽しみ方が味わえる黒楽でした。

             
             萱門を通って弘庵(薄茶席)へ

最後に席を締めくくる茶杓ですが
仙叟共筒、銘「教外別傳不立文字」(一燈箱、玄々斎外箱、天埜家伝来)
常叟(裏千家二代)黒中棗に父の仙叟(裏千家初代)の茶杓、
親子の情愛と茶の道の厳しさを感じさせる、金沢世話人会ならではの
取り合わせと感心しました。

如庵の半畳に座って、熱心かつ丁寧に説明してくださった
金沢世話人会の方に感謝いたします・・・心に残る如庵茶会となりました。


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如庵茶会へ-1

2013年10月09日 | 献茶式&茶会  京都編
              如庵(国宝)の扁額、大悔(たいかい)筆

10月8日、Sさまに同行して第四十一回・如庵茶会へ行ってきました。
横浜三溪園・春草廬の茶会で、「いつか如庵の茶会へ・・」と思ってから、
四年の月日が過ぎていました。
この度、ご縁が繋がって如庵と如庵茶会を体感できて、超!嬉しいです。

8日朝、6時23分京都発の新幹線で名古屋へ。
Sさまはいつも第一席目を目指すそうで、ねぼすけの暁庵には
驚くような早朝の出立でした(しかも着物で・・)。
名鉄線「犬山遊園」で下車し、名鉄犬山ホテル・有楽苑へ着くと、
「9時からですので今しばらくお待ちください」

            

一席目(二十名)が旧正伝院書院の広間(六畳二間)へ通されました。
そこが濃茶席(金沢世話人席)の待合で、壁床に円相の画賛が掛けられ、
その前に炭道具が飾られています。

円相の画賛は、宗旦自筆、玉舟和尚加筆(平瀬家伝来)、
賛は、「雲門云仏法猶如水中月」とあり、
仏門に入って教典を日々学んでいるが、
なお、水中にゆらぐ月の如しである・・・という意でしょうか。

「どうぞお座りください。
 こちらでお菓子と濃茶を召し上がってから、如庵へお入り頂きます」
と声が掛かり、菓子が運び出されました。
菓子は「栗しぼり」、金沢の森八製。
しっとりした栗餡を漉し餡で包んで絞った菓子はシンプルですが、
歓声が聞こえるほどの絶品です。
小振りの天目茶碗で濃茶が各服点で運ばれ、たっぷり頂戴しました。
茶銘は「蓬莱」、松尾園詰です。


            
                初めてなのに、懐かしい如庵

並んでいる珠玉の炭道具をじっくり見る暇なく、
いくつかを目に焼き付けて如庵の本席(二畳半台目)へ。
水屋を通り、茶道口から先ず十名が入りました。
私は鱗板を踏んで点前座向こうの半畳(説明役の方が座っていました)
の隣りに座りました。

初めての如庵でしたが、大磯の城山庵(如庵写)で長時間座していたこともあり、
再会のような懐かしい気がしました。
詰め打ちされた有楽窓から光が灌ぎ込み、窓が開けられているせいか、
思った以上に明るい庵内です。
暦張は健在ですが、アクリル板(?)で保護されていました。

            
               蹲踞 「釜山海」
              (加藤清正が釜山の沖から持ち帰ったという)

            
               偕老同穴のような穴に惹きつけられる・・・

本床の中釘に屋久島ススキに吹上菊が生けられています。
花入は名物、利休鉈鞘籠。
利休所持、利休から藪内紹智へ譲られ、
のちに藪内家より山田家、竹川家を経て、柏木家伝来です。
時代を物語る飴色の、平べったく長大な籠花入の存在感が凄いです。

この鉈鞘籠に魅せられた古田織部(妹が藪内紹智の妻)が茶会の後、
こっそり花入を持ち帰ってしまいました。
紹智の立腹ぶりを伝え聞いた織部は、籠花入に詫び状を添えて返したという
エピソードが伝わっています。
詫び状は藪内燕庵に伝わっていて、如庵の帰りに案内された
旧正伝院書院の床に表装された詫び状が掛けられている
・・・というステキなご趣向でした。

如庵の佇まいと三つの御床で十分満足でしたが、お道具がまた見事でした。

         如庵茶会へ-2 へつづく                    





智称尼さまのお伴で

2013年10月02日 | 京暮らし 日常編
                     萩の花が盛りの頃に

智称尼(仮称)さまは近所の寺の前住職です。
御歳九十を過ぎていますが、驚くほどお元気な、きれいな方で、
「その昔、蓮月尼もかくやありなむ・・・」と秘かに思っています。

或る朝、智称尼さまが我が家のチャイムを鳴らしました。
「今日よかったら、私と昼食をご一緒していただけませんか?」

聞けば、ご友人が昼食に招待してくれたそうですが、
体調がすぐれず無理なので、どなたか誘って行ってくださいとのこと。
突然のお誘いでしたが、喜んでお供しました。

              
                    立派な知恩院三門(国宝)
              
              
                    美しい「華頂山」の扁額と垂木 

予約された食事処は、知恩院・和順会館の「花水庵」、
知恩院の三門前なのですが、初めて入りました。
すぐに料理長が挨拶に来られて
「・・・Kさまから智称尼さまのお口にあった、元気が出るものを
 お出しするように言いつかっております・・・」

89歳で亡くなった母は晩年歯が悪く(合わず)、食も細くなり、
食べれるものがどんどん少なくなったことを思い出し、
どんな料理を出してくださるのかしら? 
智称尼さまは食べれるのかしら? と心配でした。

最初に刺身盛り合わせと土瓶蒸しが運び出されました。
こんもりとした氷の山に、大トロと鯛が上品に盛られています。

              

舌の上でとろけるような大トロに感激し、鯛のぷりぷりした食感を
楽しみながら頂きました。
土瓶蒸しは、鱧、松茸、三つ葉が入り、スダチが添えられています。
今は土瓶がないけれど、いずれ作ってみたいと思いました。
ゆっくり愉しくお話しながら頂いたので
「食べれるかしら?」という心配は杞憂でした。

次に小鉢が12皿も乗っている膳がだされ、びっくりです。
一皿ずつ、食材や調理法が違う京懐石で、どれも美味しく、柔らかく、
すべて智称尼さまに合わせて吟味されていることに感心しました。
お客さまに合わせる・・・おもてなしの真髄を改めて教わった気がします。
そして、懐石料理のヒントと刺激をたくさん頂戴しました。

              

続いて、定番のちりめんじゃこが乗ったご飯と赤だし、
最後のデザートは夕張メロンでした。
智称尼さまも私も完食し、感謝を込めて合掌しました。

「おなかがいっぱいになったので、歩いて帰りたいけれど、
 大丈夫ですか?」

もちろん喜んで!
知恩院から蓮月茶屋(豆腐料理)の前を通り、
青蓮院の大クスノキを見上げながら、平安神宮へ抜けて、
ぶらぶら骨董の店を覗いたりしながら帰宅しました。

              
                青々と気持ちの良い、青蓮院の大クスノキ

とても幸せで充実したひと時でした。
智称尼さまに感謝です。合掌。