暁庵の茶事クロスロード

茶事が好きです。茶事の持つ無限の可能性に魅了されて楽しんでいます。2015年2月に京都から終の棲家の横浜へ戻りました。

如庵茶会へ-1

2013年10月09日 | 献茶式&茶会  京都編
              如庵(国宝)の扁額、大悔(たいかい)筆

10月8日、Sさまに同行して第四十一回・如庵茶会へ行ってきました。
横浜三溪園・春草廬の茶会で、「いつか如庵の茶会へ・・」と思ってから、
四年の月日が過ぎていました。
この度、ご縁が繋がって如庵と如庵茶会を体感できて、超!嬉しいです。

8日朝、6時23分京都発の新幹線で名古屋へ。
Sさまはいつも第一席目を目指すそうで、ねぼすけの暁庵には
驚くような早朝の出立でした(しかも着物で・・)。
名鉄線「犬山遊園」で下車し、名鉄犬山ホテル・有楽苑へ着くと、
「9時からですので今しばらくお待ちください」

            

一席目(二十名)が旧正伝院書院の広間(六畳二間)へ通されました。
そこが濃茶席(金沢世話人席)の待合で、壁床に円相の画賛が掛けられ、
その前に炭道具が飾られています。

円相の画賛は、宗旦自筆、玉舟和尚加筆(平瀬家伝来)、
賛は、「雲門云仏法猶如水中月」とあり、
仏門に入って教典を日々学んでいるが、
なお、水中にゆらぐ月の如しである・・・という意でしょうか。

「どうぞお座りください。
 こちらでお菓子と濃茶を召し上がってから、如庵へお入り頂きます」
と声が掛かり、菓子が運び出されました。
菓子は「栗しぼり」、金沢の森八製。
しっとりした栗餡を漉し餡で包んで絞った菓子はシンプルですが、
歓声が聞こえるほどの絶品です。
小振りの天目茶碗で濃茶が各服点で運ばれ、たっぷり頂戴しました。
茶銘は「蓬莱」、松尾園詰です。


            
                初めてなのに、懐かしい如庵

並んでいる珠玉の炭道具をじっくり見る暇なく、
いくつかを目に焼き付けて如庵の本席(二畳半台目)へ。
水屋を通り、茶道口から先ず十名が入りました。
私は鱗板を踏んで点前座向こうの半畳(説明役の方が座っていました)
の隣りに座りました。

初めての如庵でしたが、大磯の城山庵(如庵写)で長時間座していたこともあり、
再会のような懐かしい気がしました。
詰め打ちされた有楽窓から光が灌ぎ込み、窓が開けられているせいか、
思った以上に明るい庵内です。
暦張は健在ですが、アクリル板(?)で保護されていました。

            
               蹲踞 「釜山海」
              (加藤清正が釜山の沖から持ち帰ったという)

            
               偕老同穴のような穴に惹きつけられる・・・

本床の中釘に屋久島ススキに吹上菊が生けられています。
花入は名物、利休鉈鞘籠。
利休所持、利休から藪内紹智へ譲られ、
のちに藪内家より山田家、竹川家を経て、柏木家伝来です。
時代を物語る飴色の、平べったく長大な籠花入の存在感が凄いです。

この鉈鞘籠に魅せられた古田織部(妹が藪内紹智の妻)が茶会の後、
こっそり花入を持ち帰ってしまいました。
紹智の立腹ぶりを伝え聞いた織部は、籠花入に詫び状を添えて返したという
エピソードが伝わっています。
詫び状は藪内燕庵に伝わっていて、如庵の帰りに案内された
旧正伝院書院の床に表装された詫び状が掛けられている
・・・というステキなご趣向でした。

如庵の佇まいと三つの御床で十分満足でしたが、お道具がまた見事でした。

         如庵茶会へ-2 へつづく