マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

孫娘の瞑想授業・・・『マインドフルネス』 そして 『天から降って来た者、 すなわち人の子のほかには、天に上った者はだれもいない。』

2022-04-26 09:00:00 | 娘と娘家族
4月26日。火曜日。曇り。時々雨。


中学三年生の孫娘
今日は特別授業です。

   一日中・・・  『瞑想  Meditation』
 

      年に一度、中学生も高校生も、全校一斉の、
          授業もなしで、
        『黙想』の一日です。
        4時間の『沈黙』です。

        毎年、『テーマ』があります。
      今年は、『マインドフルネス』だそうです。

  昨日の先生の説明では・・・

      『心の声』に耳を傾けて、
         『マインドフルネス』、
         『瞑想』をしながら、
              一日を過ごす。
      ※途中で、神父様の『話』があります。
      ※途中で、『ミサ』があります。
   

      『マインドフルネス』とは、
    『今この瞬間の体験に意図的に意識を向け、
          ただ座る。』
      というような説明があったそうです。   


        ただし、
        どこで『瞑想』しても結構です。
          芝生の上でも・・・
       

          校庭でも・・・
       

        教室でも・・・聖堂でも・・・
           どこでもいいですよ。
   
     朝9時~昼1時までの4時間。
     ①心に耳を傾ける ②気づく ③分析する ④共感する

        頭の中に浮かんでくることを考える。
      その内容を分析して、今の自分と共感してみる。

中学入学時から
孫娘は毎年一回の
『瞑想Day』授業です。

今年は、
三度目の経験で、
孫娘は『瞑想』の※『質』※をあげたようです。
ゆっくりと、徐々に、
※自分を見つめる力が養われていくのでしょう。
自分のことだけでなく、
回りのこと、世界で起きていることなどにも、
※物事に気がつく力が養われていくのでしょう。
何よりも、
聞こえてくる『心の声=神の声』
意見をはさむこともなく、
4時間も黙って聞き続けることにより、
※どんな相手の話をも、謙遜に『聞く耳』が育てられるのでしょう。


         一回目の、中学一年生の時は、
      孫娘は、『瞑想の経験』を私に語ってくれました。

      黙想が始まり、しばらくすると・・・
      ①心がゆったりと『落ち着いて』きて・・・ 
      ②自分が何を考えようかと『気がついた』。
      更に、
      聖堂で、皆と、『十字架の道行き』をすませて、
      芝生のグランドに戻り、再び『瞑想』を続けると、
      ③『テーマ』の『分析』ができ、 
      ④『自分と友達になる』ように、
         自分自身と『共感』が生まれてきた。
           と、話してくれました。

       孫娘は、一年生の『黙想授業』の後に・・・
         自分でも何かをしたいと考え
       
        『髪のドーネーション・献上』

        同じ年頃の癌病に苦しむ女の子に
         カツラ作成のための
        『髪の毛の寄付』を考えました♡♡
        今まで髪の毛を必要な長さまで伸ばしてきて
        やっと今年の夏に献髪できるそうです♡♡
   
    
       今日は、
       帰宅後の孫からの『報告』は、
       どんな『言葉』が聞けることでしょう?
       若者は、いろいろの環境の中で育っていくものです。


        私は、今日も、孫から学びます。
     日常を忙しく過ごすだけでは、『魂の成長』はないのだと。
      静かな時間、自分そして神と対峙する時間、を持ち、
       『自分と友達になる』ことが大切なのです。
         正に、『沈黙は金なり』ですね。
             感謝!感謝!


そして。

今日は4月26日。復活節第二火曜日。

『今日の入祭唱』

 『ハレルヤ、全能者であり、あたしたちの主である主が王になられた。
   わたしたちは喜び、大いに喜び、神の栄光をたたえよう。』
        ヨハネの黙示録 19章6-7節


『今日のアレルヤ章唱』

  アレルヤ、
      『人の子は上げられなければならない。
       信じる者が永遠の命を得るために。』
         ヨハネによる福音書 8章15節  アレルヤ。


『今日の福音 イエスの御言葉』


   『そのとき、イエスはニコデモに言われた。
  
     
    「あなたがたは新たに生まれねばならない。

        風は思いのままに吹く。
       あなたはその音を聞いても、
     それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。
   

     霊から生まれた者も皆そのとおりである。」

  するとニコデモは、
   「どうして、そんなことがありえましょうか」と言った。   

    イエスは答えて言われた。
    「あなたはイスラエルの教師でありながら、
       こんなことが分からないのか。

        はっきり言っておく。
     わたしたちは知っていることを語り、
      見たことを証ししているのに、
    あなたがたはわたしたちの証しを受け入れない。

    わたしが地上のことを話しても信じないとすれば、
   天上のことを話したところで、どうして信じるだろう。

         天から降って来た者、
   すなわち人の子のほかには、天に上った者はだれもいない。

      そして、モーセが荒れ野で蛇を上げたように、
      

        人の子も上げられねばならない。
      

  それ、信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである。」』
        ヨハネによる福音書 3章7-15節


    今日のイエス様は、
    夜中にこっそり訪ねてきた、
    ファリサイ派に属する、ユダヤ人の議員・ニコデモに、
    『信じる人が聖霊によって生まれ変わること』を教えました。


  ニコデモは、
  イエスと話がしたくて、仲間に気づかれないように、
  夜中にイエス様を訪ねました。
  ニコデモは、イエスがなさったことを見て・・・
  神がイエスと共におられることに気づいたのでしょうか。
  ニコデモは・・・
  本当に信じることができれば、
  神がイエスにおいて、『救いの業』をなさっていることを
  見分けることができるのでしょう。


      イエス様は、
      『新しい考え方』、『新しい生き方』を語るのです。
       それは、
      『神の働き』を信じて、『新しい命』に入ることなのです。
      聖霊は、
      風が私たちに見えないように、
      聖霊の働きも見えません。
      しかし
      聖霊の働きによって、『信仰』ができるのです。
      聖霊の働きによって、
      『新しい考え方』、『新しい生き方』
         を私たちは学ぶのです。
          

旧約時代。
バアルの偶像崇拝が盛んでした。
この偶像崇拝には『癒やし』があると信じたのです。
ところが、
人々は、バアルの『シンボル』である『蛇』にかまれて、
多くの人は命を失いました。
そこで、
モーセは、荒れ野で、この『蛇』を上げて、
この上げた蛇を見る者が癒やされるようにしました。


        新約時代。
        イエス様は『御自分の命』を十字架上で献げて、
        イエスの十字架を信じる者たちに、
          『本当の命』をくださったのです。
         『本当の癒やし』をくださったのです。


  私たちも、
  イエス様によって救われ、
  聖霊の導きによって、『信仰』ができるのです。
  聖霊の『働き』は見えませんが、聖霊の働きの『結果』は見えるのです。
  私たちは、神の力によって、新たに生きるようになるのです。
  聖霊の働きをいっそう深く信じることができますように。
       祈りましょう。
 

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
『老いては子に従え』とはよく聞く言葉です。
それどころか『老いては孫に従え』ですね。
いくつになっても謙虚に、学びの機会を大切にしたいものです。 お元気で!

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