マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

聖書100週間・聖書通読会の予習・・・『使徒パウロの人生』 そして 『 もしこの日に、お前も平和への道をわきまえていたなら……。』

2021-11-18 14:01:53 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。
11月18日。木曜日。晴れ。

今日は
明日の『聖書100週間・聖書通読会』
のための予習日です。

    我が家のシンボルツリー   『もみじ』 
 

        色づいてきたましが、例年のような鮮やかさに欠けます。
           これも気候温暖化のせいでしょうか。
      暖かい日が続いた今年以上に、来年はより暖かい年になるのでしょうか?


    明日の聖書通読範囲は、『コリントの信徒への手紙Ⅰ 1章~7章』

    使徒パウロは、
    多くの町を巡りながら『福音』を述べ伝えていましたが、
    宣教した町に長く留まることができなかったので、
    宣教した町の信徒たちに手紙を送り、彼らを支えたのです。
      ※キリストを信じる者としてどう生きるか。
      ※日中生活の中の諸問題にどう対処するのがよいか。
         ・・・と、指導したのです。


  パウロは、
  
            クロード・ヴィニョン作品

  どの使徒たちよりも早く、新約聖書の中で、一番に書き始めたのです。
 
     西暦51年~53年頃。
       『テサロニケの信徒への手紙』ⅠとⅡ
     ※主イエスの再臨と、信徒たちの復活について、特に取り上げました。

     西暦54年~58年頃。
       『コリントの信徒への手紙』ⅠとⅡ
       『ガラテアの信徒への手紙』
       『ローマの信徒への手紙』
     ※人が救われるのは、律法の規則を守ることに夜のではなく、
     神のあわれみと主イエス・キリストへの信仰によることを強調しました。

     西暦61年~63年頃。
       『フィリピの信徒への手紙』
       『コロサイの信徒への手紙』
       『エフェソの信徒への手紙』
     ※獄中生活を送っていたパウロは、キリストの神秘を一層深く悟り、
      『イエス・キリストこそ全世界全宇宙を支配し、治める王』
     であることを益々深く確信し、それを信徒たちに書き送った。

     西暦65年~67年頃。
       『テトスへの手紙』
       『テモテへの手紙』ⅠとⅡ
     ※殉教してこの世を去る前に、教会共同体の存続を考え、
      その運営と組織についての具体的な指導を書き送った。
          以上。『聖書100週間手引』より

 パウロは宣言するのです。

     『わたしたちは、十字架につけられたキリストを述べ伝えています。
      神の力、神の知恵であるキリストを述べ伝えているのです。』 と。
         コリントの信徒への手紙Ⅰ 1章23&24節


     
     パウロの後半の人生は、
     紀元5年。イエスの誕生の5年後。 タルスス(今のトルコ)まれる。
     36年。31歳。 イエスの死後約3年後、イエスに呼びかけられ、改心し、
     その後、数年間。 パレスチナやシリアなどで宣教しました。
     更に、
     49年頃。44歳頃。 アンティオキオの教会から、バルバナと共に派遣され、
         小アジアのガラテア地方の町々を巡り歩いて、宣教したのです。
     53年~58年。48歳~53歳。『三回目の派遣』で、 特にエフェソに2年間滞在しました。
     58年。53歳。 エルサレムに上り、そこで危険人物として逮捕され、
     58年~60年。53歳~55歳。 2年間、カイザリアで獄中生活を送り、
     60年。55歳。 囚人としてローマに護送され、
     60年~64年か67年。 4年間 あるいは 7年間、ローマで獄中生活を送り、
     67年。62歳。 ローマで殉教しました。


      パウロ自身、
      イエス・キリストのためにすべてを捨てて、
      自分の命までも献げて、30年間、宣教しました。
      自分が宣教した教会へ、12の『手紙』を書きました。

      人生最後の、獄中生活の10年間ほども、
         各教会の信徒へ『手紙』を書き続け、送って、
            信徒たちを励ましました。


   パウロの人生は、
      『宣教活動』に邁進した人生でした。
      人々に『信仰の模範』を残した人生でした。


    現在に生きる私たちも、
    パウロの『書簡』によって、キリストやキリスト教を深く理解することができます。
       使徒パウロの『恩恵』にあずかっているのです。
            感謝!感謝!
     
     
そして。

今日は11月18日。年間第三十三木曜日。

『今日の入祭唱』

   『わたしたちの神は来られる、黙してはおられない。
神は御自分の民を裁くために、上から天に呼びかけ、また、地に呼びかけられる。』
        詩編 50章3&4節


『今日の福音 イエスの御言葉』

   『1エルサレムに近づき、都が見えたとき、
   イエスはその都のために泣いて、言われた。    
  

「もしこの日に、お前も平和への道をわきまえていたなら……。
    しかし今は、それがお前には見えない。

    やがて時が来て、
 敵が周りに堡塁を築き、お前を取り巻いて四方から攻め寄せ、
   お前とそこにいるお前の子らを地にたたきつけ、
    お前の中の石を残らず崩してしまうだろう。

 それは、神の訪れてくださる時をわきまえなかったからである。」』
              ルカによる福音書 19章41-44節


    今日のイエス様は、エルサレムを見て、泣かれるのです。

  イエスは、
  エルサレムの街に入ろうとなさったとき、
  オリーブ山の上からエルサレムの街を眺めて、泣かれたのです。
  以前に、
  イエスは、エルサレムの人々が改心するように、何回も呼びかけました。
  しかし、人々は、イエスの呼びかけに答えなかったのです。
      イエスには、とても悲しい出来事でした。

そして今回、

  イエスは、
  もう一回、エルサレムで、呼びかけられるのです。
   『もし今日でも、平和をもたらす道が何であるかを知っていたならば・・・』 と。


      エルサレムは『平和の町』という意味です。
     本当の『改心』は、『平和への道』なのです。


  イエスの時代、
  イスラエルの人たちは、
  律法を守ることにより、救われると思っていました。
  そこで、イエスの呼びかけには応えなかったのです。断ったのです。
  後に、彼らは、『救い主』の件で、暴走を起すのです。
  それがきっかけで、ローマ軍は、エルサレムの町を滅ぼしてしまうのです。


     エルサレムに近づき、都が見えたとき、
     そのエルサレムのために泣かれたイエスは、
   『都が敵に包囲され、破壊されてしまう』ことを『予告』されたのです。
   そして、
   紀元70年。
   イエスの予告の通り、エルサレムはローマ軍の攻撃によって陥落してしまいます。


      神は、
      旧約時代は、神に選ばれた人たち・ユダヤの民:『選民』を通して、
         御自分を現わそうと考えていました。
   しかし、
      神は、
      新約時代、イエスの誕生後は、『新しい民』を選び、
      イエスを信じる人々を通して、
         御自分を現わしておられるのです。
      

   私たちも、イエスの呼びかけに応え、
     『神の働き』を見いだしたいものですね。
       祈りましょう。


『今日のアレルヤ唱』

 アレルヤ、アレルヤ。
  『今日こそ、神の声に聞き従わなければならない。
      あの日のように、心を頑なにしてはならない。』
        詩編 96章7&8節    アレルヤ、アレルヤ。


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
穏やかな小春日和の日々が続きます。皆様の日々も穏やかでありますように。 お元気で!

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