MAICOの 「 あ ら か る と 」

写真と文で綴る森羅万象と「逍遥の記(只管不歩)」など。

観艦式一般公開、「ちはや」と「やまゆき」

2012年10月11日 | あらかると

自衛艦の一般公開は新横浜港でも行われていて、
「潜水艦救助船・ちはや」と護衛艦「やまゆき」も見学してきた(巻頭写真)。

まずは受付入り口で手荷物検査。


信号旗の満艦飾になぜか「鯉幟」が泳ぐ「やまゆき」に乗船。
艦船見学を終えて「鯉幟」について聴いてみると、
横須賀を母港とする前は、広島の呉を母港としており、
広島といえばカープ、カープといえば鯉ということであった。


やまゆき甲板の「62口径76mm単装速射砲 」
「やまゆき」の詳細についてはこちらから


やまゆきを経由して潜水艦救難艦「ちはや」
下の写真は「深海救難艇」、原理的には有人潜水調査船「しんかい6500」のようであったが、
潜水可能深度など殆ど機密のようである。


「深海救難艇」の格納庫から、艦内の狭い急階段を上ること4回、
艦橋(指揮所)にたどり着いたが、この登りで筋肉が悲鳴を上げた。


艦橋から見た「ちはや」の舳先。
こうしてみるとやはり大きい船で簡単に旋回出来ない事がわかる。


港の奥には護衛艦番号「4003」の輸送艦(LST・Landing ship,Tank 戦車揚陸艦))「おおすみ」が見えていた。


「おおすみ」の詳細についてはこちらから

輸送用ホバークラフトを2隻搭載し、
乗員用居住区とは別に数区画に分けられた陸上自衛隊員用の居住区を持ち、
完全武装した陸上自衛隊員330名と90式戦車10輌または74式戦車12輌の輸送が可能。

海外派遣にも使われており、
「おおすみ」は1999年(平成11年)9月、トルコ北西部地震の被災者救援のため、補給艦「ときわ」、掃海母艦「ぶんご」を伴い仮設住宅、テント、毛布等をイスタンブルに輸送した時には、歴史的に大国ロシアの圧力を常に感じていた同国民は「バルチック艦隊を破った日本海軍の末裔が我々の救助に来た」と歓迎したという。また2002年(平成14年)には、東ティモールへPKO部隊を輸送した。2004年(平成16年)にはイラク復興支援法に基づき、陸上自衛隊がイラクで使用する軽装甲機動車や給水車など車両70台を護衛艦「むらさめ」による護衛の下で輸送している。(ウィキペディアより)

上の写真を原寸に近づけると、
甲板上には陸上自衛隊の車両等が見えている。

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