WALKER’S 

歩く男の日日

21日目 5月14日 

2009-07-16 | 09年四国の旅

 6:30
21日目が始まる。今日は40km、山は最後の北条と浅海の境の峠越えだけで、ほとんど平地の旅になる。札所が6ヶ所あるので3時までに宿に入るのは難しいかもしれない。5時57分に出発、八坂寺は昨日の打ちにお参りしたので、西林寺への道はいつものへんろ道ではなく近道を行くことにする。初めての道なので地図を入念にチェック、最初からはずすと目も当てられない。出発して6分、久谷中学校の近くに長珍屋の別館があった。


 6:32
この久谷大橋の少し前の所で無事へんろ道に合流した。迷いようのない道ではあるけれど、やはり初めての道はドキドキする。


 6:40 西林寺
4.5kmを42分で到着、朝からいい感じで歩けている。納経が始まる20分前だから境内には誰もいないと思いきや、本堂の前で大声で熱心にお経を読んでいる人がいる。ぼくたち普通のお遍路が読むお経とは別のものを読んでいる。ぼくが本堂でのお参りを終え、大師堂でのお参りを終えてもまだ同じ所で読んでいる。7時10分前に納経所に行く、納経時間より前に行くのは予定通り。7時にすぐ発てればいいと思っていたら、5分前に女の人がやってきて始めてくれた。こういうこともあろうかと10分前にやってきたのだ。納経が終わって境内に戻るとまだお経を読んでいる。17分以上読んでいる。大師堂の前でも同じくらい時間をかけるとしたら、全部でいくら時間をかけるのだろう。歩き遍路、とくにぼくのような距離を歩く遍路には到底まねのできないことだ。駐車場に小さなキャンピングカーが停めてあった。車だとあれだけ時間をかけても問題ないだろう。普通の車遍路より日数はかかるかもしれないけど。


 6:57
山門を出たところに正岡子規の句碑があった。
「秋風や 高井のていれぎ 三津の鯛」


 6:58
県道に出てすぐ、左の矢印がある。でも無視して県道をそのまま行く。


 7:00
200m先にまた左の矢印、二つの道は合流して同じ道を行くことになる。新しい地図では最初の方に赤点線があるけれど、古い白黒の地図ではこちらの方だけに赤線があった。昔は、最初の方は途中で行き止まりになっていてへんろ道に入れなかった。でも、ぼくはまた県道を直進する。へんろ道は歩道がなくてすぐ横を車がびゅんびゅん通って歩きにくいところがあった。ぼくは1の道は1回、2の道は2回歩いたので、4回目からは歩道のある県道を歩くようになった、県道の方が近道でもある。


 7:18
伊予鉄の踏切を渡ると左へ折れる、ここからは歩道がなくてやや歩きにくくなる。


 7:26 浄土寺
例年より1分遅れで到着。この時間静かな境内、この周りの宿が廃業する前はこの時間でも歩きの人を見かけたことはあったけれど、宿がなくなってからは、歩きの人がここに来るのは9時半以降になってしまった。だからぼくが歩きの人に出会うのは、13時以降になる。14km先の道後の宿を出た人たちを追いかけることになる。


 7:58 繁多寺
浄土寺ではお参り、納経に17分、休憩なしですぐ出発した。繁多寺までは僅か1.6km、でもこの道が結構な難所になっている、狭い自動車道に歩道はなく、通勤通学の車、単車、自転車がひっきりなしに通過していく。後半は墓地の中に入っていくから大して長くはないけれど、本当に嬉しくない道になっている。例年と同じ15分で到着した。境内は車遍路の人が一組いるだけでいたって静かだった。もちろん納経も待ち時間なしで済ませることができた。宿を出て2時間経っているけれど、まだ休まない。休みは石手寺と決めている。


 8:17
繁多寺は高台にあるので、山門を出てくると松山市街を遠望することができる。松山城もかすかに望むことができる。


 8:29
繁多寺から石手寺まで2.6km、その前半は閑静な住宅地を抜けていく。後半はまた浄土寺からの狭くて交通量の多い県道に合流する。


 8:41 石手寺
繁多寺から2.5kmを23分、例年と同じタイムで到着。境内はバスツアーの団体さんでにぎわっている。石手寺は普通の観光旅行のコースにもなっているけれど、今来ているのはお遍路のツアーのようだ。お経をリードするお坊さんもいるし、添乗員の人は納経所にたくさんの荷物を持ち込んでいる。ぼくが団体の人の脇でお参りを済ませ納経所に行くと、団体の納経はちょうど終わったところで、待ち時間なく納経を終えることができた。


 9:14
石手寺からへんろ道は二つ、ぼくは表の県道187号しか歩いたことはない。5回目まで、この境内から階段を登る道は知らなかった。地図では見ていたけれど、ほとんど無意識に表へ出てしまっていた。昨年は、分かっていたのでこの道を行こうとしたら、工事中で通行止めになっていた。そして7回目でようやくこの道を行くことになった。


 9:20
数十メートルも急な石段をふうふういいながら登ってきてこの看板。
「道路工事のため三百米先通行止め へんろ道通り抜けできません。
 平成二十一年九月三十日まで(予定)」
初めて怒りがこみ上げる、昔のお遍路は命がけで、ほんの数十メートル、数メートルでも近道があればそちらを選んで歩いたといわれる。それを、こんなに高い石段を無駄に登らせる、その労力と時間を無駄使いさせるこの思いやりのなさは何だっていうんだ。しかもここは松山で一番大きなお寺、有名なお寺でしょうが。毎年何万というお遍路がお参りに訪れ、何千万というお金を落としていく。命がけで歩いているお遍路にこの仕打ちはとても許されることではない。それだけの気遣いもできないのに四国霊場第51番が聞いて呆れる。


 9:35
新しくできたドミトリー専門の格安宿「ホテルエコ道後」。2300円だから野宿の人も使いやすいだろう。夫婦で巡っている人は5500円の個室もあるから便利。お風呂はないけれど、200m先に道後温泉本館があるから問題ありません。
 道後温泉駅の近くの道後商店街には「道後あい」という相部屋のみの宿もできて、こちらは2000円、朝食と道後温泉入浴券が付くと3000円。道後温泉でもちゃんとお遍路のための格安宿がある。


 9:36 道後温泉本館
正面からの写真は何枚も撮ったから、今回は裏から1枚、裏の姿もなかなか趣がある。今回も中に入れない。来年は無理しても「道後あい」に泊まるつもり。


 9:37
道後温泉本館のすぐ前から商店街が始まる、「坂の上の雲」の幟があったので思わず写真を1枚。でもこれはこの秋から始まるドラマの宣伝用ではなく、一六本舗の新しい銘菓「坂の上の雲」の宣伝用のものでした。


 9:37
一六本舗のウィンドウにドラマのポスターが掲示してあった。ドラマの宣伝であり、当然商品の宣伝にもなっている。


 9:50
石手寺から太山寺までは細かく分けると5通りくらいの道がある。ぼくは全部の赤線の道を歩きたくてほとんど毎年違う道を歩いている。この護国神社の前を通るのも3年ぶりになる。


 9:51
山頭火が亡くなるまで暮らしていた一草庵は護国神社の側にある。その入り口がバス停になっていた。


 9:52
山頭火の幟が一草庵へ誘う。山頭火は山口の人だけど、松山の人は本当に彼を愛しているようだ。


 9:53
山頭火はこういう角度で松山城を仰いでいたことになる。


 10:06
松山大学グラウンドの横を歩いていたら電話ボックスがあったので、宿の予約を入れる。2日後、西条のにぎたつ旅館、3日後、伊予三島のビジネス旅館高雄、4日後、観音寺の藤川旅館、予定通り受けて貰える。
 そして、この600mくらい先にある御幸郵便局で納経料の百円玉10枚をおろす。明日も6ヶ所の札所がある。


 10:33
太山寺への道で今まで唯一歩いていなかった蓮華寺への道を行く。初めてだけにこの入り口は前日から入念に地図をチェックしていたけれど、ちゃんと遍路シールが貼ってあった。


 10:40
一直線だから迷いようもなく無事蓮華寺に到着した。お寺の右側を半円形に巡る道があってその先は国道196号。


 10:45 国道196号
左の方に横断歩道と信号もあるけれど、歩道橋に赤矢印が貼ってあるので、階段を登ることにした。よく見ると地図の方にも歩道橋の印がわざわざ書いてあった。


 10:49
普通のお遍路はこの池の向こうの岸辺の道を歩いてくる。でも地図にその道に赤線はない。昔の白黒の地図にはちゃんと赤線が引いてあった。


 10:53
これだけはっきりした遍路標識があると、すべてのお遍路が右折するけれど、ぼくは直進する。予讃線を越えてからの中学校の裏を行く点線の道はまだ一度も歩いていない。昨年歩くチャンスはあったのに、深く考えずやり過ごしてしまった。そこを歩けば赤線の道は全部踏破したことになる。


 11:04
 快晴の空に気になる3本の筋、週間予報では明後日の横峰寺登山の日にずっと雨マークが付いていたけど、どうやら予報は当たりそうな雰囲気。
 点線の道を散歩していた男の人が、こちらこちらと手招きで導いてくれた。判っていたけど嬉しかった。


 11:22 太山寺
石手寺から10.6kmを102分かかって到着。初めての道もあったから正確な比較はできないけれど、時速で比べれば昨年とほぼ同じ数字だった。この山門は2番目の門で最後の山門までまだ400mくらいあるし急な登り坂もある。でもここがタイムチェックポイントなので着いたことにする。だから、このお寺での滞在時間は休憩しなくてもずいぶん長いものになってしまう。
 休憩は20分くらいだったけれど、お参り、納経を含めると再びこの門まで戻ってきたのは40分後だった。


 12:20
太山寺の山門を出たところで半袖半パンの若い男の人とすれ違う、今日初めて出会う歩きの人だった。この時間こんな所を歩いているというのはちょっと不可解な感じもする。途中で市内観光をしていたかもしれない。
 円明寺まで2.1km、途中写真を撮らなかったけれどベストより1分遅れ、でもベストは時速6.8kmだから仕方のないところ。


 12:39
円明寺でお参り、納経を17分で終え出てくると、駐車場に見覚えのある顔があった。そして見覚えのある車、そう、コペンおじさんだった。4日前宇和島を一緒に出たのに、こんな所で出会うなんて信じられない。ぼくは車と同じ速さで歩いている。おじさんは余程地図が読めないか、方向音痴か、運転が苦手なのかもしれない。もっと驚いたのは、おじさんは野宿で巡っている、車が小さいので車外で眠るのだといっていた。最初会ったときの印象とは違って、全然スマートではなかった。


 12:42
今日の宿は2食付きなので食料を仕入れなくてもいいのだけれど、なんだか冷たいものが欲しくなって、ふらふらと立ち寄ってしまった。昨日命を救って貰ったラクトアイス「爽」を籠に入れた。本当はもう少し先で休むつもりだったけれど、コンビニの横に東屋があったのでゆっくりすることにした。13分の休憩。


 13:26
ぼくが一番好きなへんろ道にやってきた。ここは瀬戸内海、瀬戸内海を見るのは旅立ちの日以来になる。いよいよゴールに近づいているの感を強くする。


 13:34
海の歩道が終わって海鮮北斗を過ぎると地獄の歩道が続く。数メートルおきに絶え間なく段差があるのだ、この15~20cmの段差がばかにならない。絶え間ない、とにかく絶え間ない、このばかな歩道が伊予北条駅の近くまで5km以上続く。必要以上にスタミナが奪われるし、平常心も保てなくなってくる。


 13:38
遍路シールは直進だけれど、地獄を避けるため、海鮮北斗から最初の信号を右に折れる。


 13:39
本当はこの駅で休むつもりだったけれど、ローソンで休んだのでスルーする。ローソンから次の休憩ポイントまで11kmくらい歩きっぱなしになる。


 13:40
国道196号バイパスを行く。バイパスの歩道は広くて段差も全くない。地図で見るとバイパスはふくらみがあって、本線より遠回りのように見えるけれど、実際は全く同じ距離になっている。スピードの乗り方は全然違うはずだ。


 13:41
この風景は例年なら今日の朝早くに見ることができていた。八坂寺と西林寺の間に麦畑がある。今年は西林寺まで近道を行ったので見ることができなかった。この風景はぼくの住む関西ではもう何十年も前から見られなくなってしまった。当地でやっと見られるこの風景も多額の補助金によってかろうじて維持されているのがなんともせつない。


 14:26
バイパスを離れるポイントには遍路標識もシールもない、すぐ前にENEOSのガソリンスタンドがある。その裏を通るあぜ道を行くことになる。


 14:27
 バイパスの10mくらい西を並行して走るあぜ道に入る。右前にENEOSが見えている。


 14:36 北条郵便局
 休憩時間を除いて円明寺から106分、昨年より3分遅れで休憩ポイントに到着した。調子は悪くなかったのでちょっと意外だった。しかも昨年は風雨の中傘もささずに歩いて、それより遅いというのは納得できない。昨年は寒すぎて身体が必要以上に自然に動いて、いいタイムが出たのかもしれない。


 14:41
郵便局の交差点にある電話ボックス、昨年は土曜日だったのでこの中で休憩した。今年はもちろん郵便局の中で休ませて貰う。3時半までに宿に入りたいので、5分だけの休み。


 14:47
行く手にこれから登る峠が見える、標高は80mしかないけれど、今日は平地しか歩いていないので結構な負担になる。


 14:58
 番外霊場、鎌大師の前に今朝西林寺の駐車場で見たキャンピングカーが停めてあった。中から例の読経の声が響き渡ってくる。計算すると、一つの札所に50分くらいかけていることになる。歩き遍路にはなかなかまねのできないことだ。


 15:07
 仙波花叟は地元(旧)北条市生まれ、正岡子規の弟子、明治7年生まれ。


 15:08
舗装道の登りはやはり容易ではない、最後に来てたっぷり一汗かいてしまう。


 15:11
峠を過ぎるとみかん畑の間から今日の宿がある浅海の町が見えてくる。


 15:29 コスタブランカ
郵便局から4.5kmを47分、同タイムで到着。撮影のロスタイムがあったから今までで一番早いかもしれない。郵便局までも思ったほど遅くはなかったのかもしれない。結局今日は、歩きの人には一人しか会わなかった。バイパスを行かなければ、何人か追い越すことはできたかもしれないけれど、それにしても例年に比べて歩いている人は少ないという印象だ。
 コスタブランカは3回目の投宿、最初の時は到着したときに2階のカフェでアイスコーヒーのサービスがあったけれど、昨年はカフェが休みでなし、今年は営業はしているようだったけれどサービスはなかった。その代わり、冷蔵庫に缶入りのサイダーと緑茶が1本ずつサービスで用意されていた。部屋にお茶のセットは用意されていない。
 同宿のお遍路はいなかった、工事関係者が5人泊まる。宿帳を見ると、ここ数日は大体一人か二人、連休中でも最大5人くらいしか泊まっていなかった。道後からここまで27kmを歩ける人がそんなに少ないのかと不思議な感じがした。


コスタブランカは洋室にベッドが二つある。狭いという人もいるようだけどぼくはそう思わない。普通のビジネスホテルと違ってバスルームがなくてそこにもう一つのベッドがあって、その上に荷物を広げることができるので、不自由は感じないし狭さも感じない。和室の方が好きだけれど、こういう部屋ならあまり変わらないという感じがする。
 風呂は二つあって自分で入れる。脱衣場のスペースが狭いのはちょっと不便。
 夕食は釜飯に豚しゃぶ、海老は昨年の甘エビと違って殻付きの塩ゆでしたもの、それに、カレイの唐揚げ、鯛の刺身、きんぴら、なます、デザートはアメリカンチェリー。量も味も内容も大満足。この宿には素泊まりする意味はほとんどないという感じだ。