駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

『近松心中物語』

2018年02月07日 | 観劇記/タイトルた行
 新国立劇場、2018年1月31日18時半。

 時は元禄、大阪新町の廓町。傘屋の婿養子与兵衛(池田成志)はとある廓に身を沈めているところを姑のお今(銀粉蝶)に見つかり連れ戻される。気弱でうだつの上がらない男だが、女房のお亀(小池栄子)にとっては愛しい相手だ。一方、堅物で廓遊びとは無縁の飛脚屋亀屋の養子忠兵衛(堤真一)は、丁稚が拾った金を届けるために親切心から新町に足を踏み入れる。そこで出会ったのは遊女梅川(宮沢りえ)、無言で見つめ合うふたり…
 作/秋元松代、演出/いのうえひでのり、音楽/岩城太郎、美術/松井るみ。1979年に蜷川幸雄演出で初演された「蜷川歌舞伎」の代表作。全二幕。

 以前に蜷川版を観たときの感想はこちら
 いのうえ歌舞伎になるとどうなるのかな、と出かけてきました。
 ぶっちゃけ、筋はもはやお伽話に近いと思うんですよね。イヤこういうことはあるんだろうけれど、お話としては起伏がないというか深みがないというか。だからなんかのんきな時代劇を眺めている感覚でした。退屈とまではギリギリ言いませんけれど。
 惹きつけられたのはセットの見事さでした。格子が印象的な、四角い装置がガンガン動いて場面を切り替えていくのが実に鮮やかでした。そうして廓町の人工的な美しさや人々の営みの雑多さを散々に見せつけたあとに、布と照明で作られた雪山が立ち上がり、吹雪の中を進むふたりの道行きの場面になる…
 さらにラスト、お話が終わって暗転して、明転したら照明がもうフラットで布はただの布にしか見えずもう雪山ではなくなっており、袖からまずアンサンブルの人たちが出てきてお辞儀して、次にプリンシパル八人が出てきてお辞儀して、プリンシパルは上下に別れて袖にはけたのですがアンサンブルの人たちは舞台奥に向かって去っていって、奥には格子のセットがあって町がみんなを迎えるようで…
 さらに、再度主役四人が現れてお辞儀して、そうしたら忠兵衛とお亀、与兵衛と梅川というアベックになってさんざめきながらこれまた舞台の奥に消えていって、そこには格子のセットをバックにみんなが待っていて…うっかり泣きました。ラインナップに泣いてどーする、って感じなんですが、ここまでが立派に作品でしたよね。彼らの魂が帰っていくような、あるいは彼らも町人たちのひとりにすぎず、みんなにもそれぞれ別の物語があるのだ、と思わせられるような…
 心に残りました。
 しかし丹波屋八右衛門(市川猿弥)ってのはいい役ですね。沁みました。

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宝塚歌劇宙組『不滅の棘』

2018年02月07日 | 観劇記/タイトルは行
 シアタードラマシティ、2018年1月7日15時(初日)、8日12時、16時、13日12時、16時、14日12時、15日11時、15時(千秋楽)。
 日本青年館、1月23日13時(初日)、24日11時、27日15時、28日11時、29日15時(大千秋楽)。

 1603年ギリシャ、クレタ島。医師ヒエロニムス・マクロプロス(水香依千)は不死の秘薬と偽って国王ルドルフ二世を欺き、刺客に襲われる。死の間際に彼は息子エリイ(愛月ひかる)にある事実を告げる。「おまえに飲ませた薬だけが本物の不死の薬だ」と…そして1933年プラハ。四代前から引き継いだ百年に及ぶ裁判の原告であるフリーダ・ムハ(遙羽らら)は敗訴の見込みに苛立ちを露わにしていた。弁護士コレナティ(凛城きら)の息子アルベルト(澄輝さやと)の「何故そう訴訟を急ぐのか」という問いに「命は短い、だからお金が欲しい」と答えるフリーダだったが…
 原作/カレル・チャペック、脚本・演出/木村信司、翻訳/田才益夫、作曲・編曲/甲斐正人、装置/大田創。チャペックの戯曲『マクロプロス事件』をもとに2003年に花組で上演された舞台の再演。

 初日の感想はこちら
 今読むと自分でも、そうかこんなふうに見えていたのか、今と全然違うな、と思います。
 初日開けてすぐは、やはり贔屓の出番とか立ち位置とかポジションとかばかり見ちゃって、そういう視点からの物語の捉え方になってしまっていたんだな、と改めて思います。千秋楽まで通いまくった今(さすがに回数が多すぎたとは思っていますが、こればっかりは仕方ない…)、見えてきたものとしては、これはあくまでエリイ・マック・グレゴルの物語である、ということかな、と思います。しいて言えばフリーダ・プルスとのラブ・ストーリーである、とも言えるかもしれないけれど、あくまでも、永遠の命を得てしまったエリイの魂の遍歴の物語というか、救済に至るまでの物語というか…だったのかな、と思うのです。とにかくフリーダ・ムハとのラブ・ストーリーではないし、ましてアルベルトとの三角関係ラブ・ストーリーでもない。彼女たちは触媒に過ぎなかったのです。中心にどかんとあるのは、あくまでもエリイの生き様…そう思わせたのはやはり、愛ちゃんの芝居力あったればこそだったのかな、と思います。
 キムシンは戯曲でもなく芝居でもなく、オペラ版を観てインスパイアされてこの作品を作ったそうです。オペラ版のあらすじは、たとえばこちら。これがこの作品に化けるんだからたいしたものです。ともあれキムシンのB面というかマイナー好み炸裂というか、真っ白の美術やお衣装含めスタイリッシュでやや宝塚歌劇らしからぬ作品で、好みは別れるでしょうが佳作の小品と言ってもいいのではないでしょうか。私は通いすぎて判断にやや自信がなくなっているところですが、普通に考えたらわりと好きです。
 東京公演が始まる前に、お友達から初演のスカステ放送とナウオンを録画したDVDをお借りすることができました。役の出入りの上下がけっこう違っていたり、プラハの塔のセットが真っ白ではなく一部が茶色だったり、コレナティの事務所のソファが違ったり、コンサートでエロールが入っていたのが卵ではなく円錐だったり、いろいろ細かくは違っていましたが、大筋はもちろん台詞もやっていることもほぼほぼ変わっていないことは印象的でした。初演できちんと完成されていたものを、今またちょっとだけリニューアルして、再度きちんとやっている…というのは、素晴らしいことだと思います。
 オサは、私は実はわりと苦手で現役時代をあまり生で観ていなくて、のちに映像で『エリザベート』を観たときなんかも(これはミドリのサヨナラとして行きたかったんだけど、チケットが取れなかったんですよね…)、すっごくナルシーでシシィを全然愛していないトートに見えて、そういうキャラのスターさんなんだろうなあと思ったものでしたが、このエリイ/エロールは意外にもウェットで人間臭く、芝居の方向性としては愛ちゃんとまったく同じように私には見えました。意外。
 むしろ全然違うのはフリーダだったかもしれません。私はこれまたふーちゃんが苦手だったので、そのせいもあるかもしれませんが、ずいぶんとエキセントリックで可愛げがなく、全然いじらしく見えないフリーダだなという印象を持ちました。そしてアサコにはアルベルトは役不足だったかもしれない、というふうに見えるのもなかなかおもしろかったです。ただオサアサで見ると、クールなオサのエロールに対してホットなアサコのアルベルト、というのがよかったんだろうな、と思います。あき愛はそういう対比ではなかったかなー。風貌だけなら愛ちゃんの方が柔らかいし優しそうで温かそうで、あっきーの方が怜悧な美貌で黙っていたら冷酷にすら見えそうですもんね。ただアルベルトはそういうふうには役作りしていないようにも見えたので、がっつり対照的というよりもむしろ根っこは双子か兄弟か、似たところもあるふたりの裏表の表出…というふうにも取れるようで、私はおもしろく感じました。フリーダ・ムハとの出会いが確かにエリイの最期を決定づけたのだけれど、その傍らにアルベルトがいたことにも、エリイは安心して謎解きを任せた…というようなところがあったのではないかしらん、とかね。アルベルトが突きつけてくる「真実」が本当のものとは全然違うものであったことも含めて、それでも決め手にはなったのだし、エリイは彼のそういう愚直な熱さに人間味を見て、自分も人間でありたい、死にたいと改めて思ったのかもしれないよ…というのは、うがちすぎでしょうか。ともあれこの主演と二番手で作った今回の物語も、初演の形とはまた違っておもしろく感じられたのでした。
 また今回の再演ではお衣装のシルエットなんかも今の流行りに合わせて絞られて、かつ超絶スマートでスタイリッシュな宙組子によって演じられたものだから全体の印象もますますシャープになり、セットも潔くすべて真っ白になりファンタジックさや抽象化が増し、でもだからこそその中でより濃く、人間や命、愛、情熱といったテーマがくっきり立ち上がった舞台になっていた気がしました。今回はそんな印象を、主に役者に沿って、語ってみたいと思います。

 愛ちゃん。組ファンからしたら、あの長身やマスクといった高スペックを持ちながらもキザるのが未だ苦手な可愛い乙女、ファン歴がある生徒は珍しくないものの今現在の他組の公演や生徒もちゃんと追っかけて把握しているような人は少ないだろうのにそれをきっちりやっている正真正銘のヅカオタで、ここまで背が伸びなければ娘役志望だったということも有名な、可愛い可愛い秘蔵っ子、生え抜きスターさんです。ちょっと籠もったようにも聞こえる変わった声の持ち主でもあり、そのせいもあって歌がうまく聞こえない(本当は決して下手ではないのだけれど)タイプで、歌上手で知られたオサの役を?というのが今回の再演での一番の懸念だったでしょう。でも本当に歌は大健闘で、まったく問題なかったと思います。 美女場面の歌は、実は今回のものがそもそもの想定だったそうで、むしろ初演のオサの方が歌えるからと勝手にキーを上げて歌っていただけ、というような事情があるそうです。キムシンがどこかでちゃんとアナウンスしてあげればいいのな、あそこは「歌えないからキー下げてるのね」という見方をされちゃっていて(私も経緯を知るまでそう思っていました)、残念だったと思います。ここは女声ではなくあえてのオカマ感、というのが演出意図なんだそうです。
 登場場面の純粋無垢な18歳場面もいいけれど、エリイ・マック・グレゴルになってからの場面がことにいいですよね。永遠の命を得てすでに200年がた経っているようなのに、そしてその時々に得意の歌を武器に身過ぎ世過ぎしている流れ者のようなのに、意外にも未だピュアで真面目で、フリーダ・プルス男爵令嬢の押せ押せっぷりにたじたじなのがいいんです。
 ふたりはどんな出会いをしたのでしょうね、フリーダはエリイの何に惹かれて恋に落ちたのでしょうね。そのあたりは描かれていないし、別れろ切れろの痴話喧嘩めいた会話から始まるので、初見時はけっこう置いていかれ気味に感じたものでしたが、わかって見るとここが実におもしろいし、お話の肝なのでした。別れに至った経緯もあえて見せていないところが、お話を深くさせているんでしょうね。
 エロール・マックスウェルになってからももちろんいいんだけれど、なんとなくおもしろみが出ちゃうのは…今の時代のせい、なのかな? だってバリバリのロックスターだかアイドル歌手だか知らないけれど、今やどうしてもちょっと笑えちゃいますよね? 初演時はもっとこういうカリスマがまだ信じられていた時代だったのかなあ? でも愛ちゃん、いい味出していていいと思います。こういう部分も大健闘だったと思いますし、ファンはちゃんとときめけたと思います。
 終盤の長丁場は愛ちゃんのお芝居力が炸裂していましたよね。
 エリイはエロールになっても結局のところずっとフリーダ・プルスを愛していたのであり、を、彼女が自分と別れたあとにどこかで翻意して薬を飲んで永遠の命をを得て今も生きていてくれることを、心の片隅で、期待していたのだと思うのです。だからフリーダ・ムハの裁判にも関心を寄せたし、彼女にフリーダ・プルスの面影を見て、一瞬もしやと思ったのでしょう。そうでないとわかってからは、まさしくついでというか、薬の調合法を封じた赤い封筒のありかを探し出すことに執心します。もっと長生きしたいからというよりは、現在の体の不調に苦しんでいて、その対策として、というつもりの方が大きかったのではないでしょうか。
 でもフリーダ・ムハやアルベルトとのやりとり、クリスティーナの死やカメリアとの再会、いろいろあってなんかもう全部本当に嫌になっちゃって馬鹿らしくなっちゃって、でもフリーダ・ムハに「本当に何もないの? 本当に?」と言われて思い出すのはただひとり愛したフリーダ・プルスと息子フェルディナントのことで…
 400年近くを生きるだなんて自分は化け物かもしれない、でも愛を知る者は人間なのだ、だから自分はやはり人間らしく死ぬのだ…とやっと思えて、エリイは幸せに砂になっていったのではないでしょうか。命は終わる、しかし愛は不滅であり永遠である…「♪あなたの苦しみも終わり」と砂をすくうフリーダ・ムハの姿もまた愛を体現するものでした。愛とは男女の恋愛のみにあらず、なのです。美しいラストシーンでした。
 贔屓の出演作でなく、一、二度の観劇ですませていたら、私は主人公のためにダダ泣きしていたことでしょう…そんな、好みの作品でした。

 ヒロインにして二役に扮したららちゃんも大健闘だったと思います。彼女もこれまでの新公ヒロインなどでははやや自信なさげに歌うのが余計に下手に聞こえてしまう、という感じでしたが、今回はまったく危なげなく美声を堪能させてくれていて、進歩が著しかったですね。そして芝居も二役もとても素晴らしかったと思いました。
 個人的には、ちゃぴの後任にどうだろう、と思っているのですが、いかがでしょうか…

 あおいちゃんのカメリア(美風舞良)はさすがすぎました。初日は二幕になって出てきたので「そういえば一幕いなかったね!?」と驚いたくらいだったのですが、鮮やかで素晴らしいインパクト、そしてお話の中盤にさらに不穏さを突っ込むキーパーソンとしてさすがでした。
 50年も手紙を大事にしていたカメリアが、今もこんなに狂おしくエリイ/エドガーを求めているカメリアが、「偽エドガーめ」と言っちゃったり、命を差し出されて「嫌だ、あっち行け」とか言うのが、物語として本当に効いていると思います。パンチがあってソウルフルな歌も素晴らしかったです。
 せーこちゃんのタチアナ(純矢ちとせ)もさすがでした。今でいう毒親なんだろうけれど、実際まだまだ若いんだろうし全然綺麗なわけで、そりゃクリスティーナもスポイルされるよな、と思います。彼女自身も不遇な人生を送ってきて、おそらくお金目当てに家族に強要されて親子ほど年の離れた男爵に嫁いで、子供をふたり産んで夫を見送って未亡人になって、お金に困らない暮らしだけれど何かに復讐するかのように我が身を痛めて遊び、娘の邪魔をする、悲しい女性なのでしょう。グレている、という点ではエロールと近いのに、彼がタチアナの名前も知らないというのがまたひどくていいですよね…
 りんきらのコレナティは役不足なくらいだったかもしれませんね。こういう役は本当に手堅いし上手い。絶妙なおとぼけ感も素晴らしかったと思います。
 しかしこの事務所は流行っているのだろうか、彼の弁護士としての手腕はどんなもんなんだろうか…事務所は銀座一等地みたいなところにありそうだけれど、秘書(天瀬はつひ)にはもっと恵まれた暮らしがしたいみたいに歌われちゃうので、薄給しか出していないのか?(笑)そして何故か漂うやもめ感…おそらく妻はフリーダみたいな気の強い女性で、どこかで夫のふがいなさにキレて出ていっちゃっったんじゃなかろうか…とか想像させられる愛らしさがたまりませんでした。
 あーちゃんハンス(留依薪世)は、初演が歌上手のユミコの役だったので配されたのでしょうか。セーターがダボッとしていて太って見えたのは残念だったかな。最終場のタチアナとの芝居はよかったと思うのだけれど(というかここの台詞がとてもいいですよね)、私にはどうしても路線のスターさんには見えないんだよなあ…
 まいあクリスティーナ(華妃まいあ)は素晴らしかったですね! これは清楚でおとなしいばかりの役ではなくて、プルス家の血に潜むある種のエキセントリックさが必要な役で、それを十全に表現できていると思いました。エロールは彼女のことを「可愛い小鳥さん」と呼び、「歌うべきです」とかおべんちゃらを言うのだけれど、実際に彼女は声楽で音大に進学したかったのをタチアナの反対で断念したことがあったのではなかったのかしらん…とか想像させられました。「何故その人もなの!?」の中には、たとえば彼女が淡い初恋を抱いた家庭教師とか、幼なじみの従兄弟とかいろいろいて、端からタチアナに盗られてきたのだろうか…とか想像するのも楽しかったです、すまんな。
 コーラスガールズ、というかエロールガールズも素晴らしかったですね! 初演にあった「君たちはファンタジーなんだ」という台詞はなくなっていましたが、十分ファンタジー感があったと思いました。エリイの眷属なのかなとすら思えましたが、でも結局は彼女たちもエロールの私設マネージャーというかグルーピーというか喜び組である単なる人間だったんでしょうね、最終場の驚き具合や怯え具合を見せるところで何かがバレる感じがおもしろかったです。もあちゃん、ゆみちゃん、あいーりにりずちゃん、ヘアスタイルもみんな違って凝っていて似合っていて、眼福&耳福でした。
 エロールのバックダンサーズではゆうことまりなが目立つところでしたね。エロールに帽子を渡すときのまりなのシュッとしたターン、素敵でした!
 りおの道化(星月梨旺)も、キュートでうさんくさくもあり、よかったです。
 ソロではりっつが聴かせてくれましたね! しかし冒頭のりずちゃんのソロは毎回つらかった…残念。ナベさんも毎度いい仕事をしています。
 掃除婦(里咲しぐれ)のしぐれちゃんも声がいいし芝居がいいし、短いけれど歌ってくれてよかったです。
 下級生ではメイド役もやっていた春乃さくらちゃんが美人さんで印象に残りました。男役さんの下級生3人まではまだ識別に至りませんでした、すまん…!

 それでは最後にあっきーアルベルト、と澄輝日記9を。
 まあ、脚立! ソファ!! 椅子!!! 以上終了、でもいいのですが(笑)。
 いやぁしかし三つ揃いの白いスーツが似合うこと、恐ろしいくらいでしたね。間違い探しみたいな二着、アサコのものだったそうですがシルエットはいじってますよね…? しかしまあホントお似合いでした。
 アサコは脚立に乗っての登場じゃなかったのにな、なんで変更したんだろうな。いやツボだったのでいいのですが。結審前の裁判資料をちゃっちゃと片付けちゃってる、ってのもツボでした。フリーダの裁判でのみ弁護の助手をしているだけで、弁護士ではないのかなあ? やもめ感漂うパパとふたり暮らしで、ぶーぶー言いながら家事一切やってそう…惚れる…
 物語のあとは、エロールもいなくなったことだし、今度はフリーダも相手してくれるんじゃないの?ってことに中の人たちとしてはなっているそうです。よかったね、がんばれよ!(笑)
 というか、主人公が歌う歌のリプライズであれやっとたっぷりしたソロがもらえて本当にに嬉しかったのですが、そして『NW!』のときなんかに比べてまた一段と上手くなっていたと思うのですが(丁寧に歌っているのがいいよね…てか本公演のショーでももっと歌手として使われていいと思うんですけど!)、後ろ姿かーい!とか祈るだけかーい!といちいちつっこみたくなるところも本当に愛しいキャラクターなのでした。
 まあでも、こういう役まわりのキャラクターはちょっとニン過ぎるというか続いている気もするのですけれどね。だから本当は二幕終盤でエロールを追い詰めていくくだりで、もしかしたらもっとものすごく冷酷に作って、でも人はそんなふうに杓子定規にはいかないよエロールの方がよっぽど人間臭いよ…と観客に思わせる構造にすることもできたのかもしれませんが、まあそうはしていなかったかな。一幕ラストでアンニュイにお義理の拍手する箱入り王子(笑)は本当にノーブルで浮き世離れしてそうで、そのままやや嫌な男みたいに作ってもおもしろかったのかもしれない、とも思うのですが、芝居の幅が狭いのか演出家の意図かなんとも言えないので、次回作の課題といたしましょう。
 ところでDCでは席が上手かセンターばかりでしたが青年館では上下いろいろいただけて、それもおもしろかったです。DC初日は、クインテットでフリーダが「♪恋よ」と歌うくだりでソファに座ったときの視線がモロに来る席で、隣のお友達とふたりして震えました…お友達はオペラグラスで見つめ返し続けたらむこうが先にそらしたので勝った!とか言っていましたが、よく考えたら自分のパートを歌うために移動しただけでしたね(^^;)。上手端とか下手端の席のときにはカテコのバンバンの指差しがよく飛んできましたし、センターで撃たれるバンバンもいいものでした。大楽にはソロのときの視線も来るお席で、これまた隣のお友達と「必ず君を守ってみせる、って言われちゃったね…もうフリーダに改名するしかないかな…」となりました(笑)。くわしくはこちら
 カテコと言えば、パレードでヒロインの前にひとりで、二番手さんの位置で出てきてくれたことにはやはり感動しましたね。それからお辞儀が本当に深くて美しくて感動的です。ラインナップのあと、パレードに移るために左右に分かれてはけるときに、下手側の方がペースが速くて(愛ちゃんの着替えの時間を捻出するため?)上手側ラストのあっきーが最後にゆったりはける感じなのも好ましかったです。
 うん、やっぱりいろいろ楽しかったです!


 …ですが、もう、『天河』ですよ!
 私は世代ではなくて大人になってから仕事で読んだ程度で、演目発表がされてからも復習できていないので(でも文庫版は買い揃えました、ねちねち読むぞ!)今ひとつ把握していないのですが、みんなもっと、侍従役とか参謀役みたいなところを予想していたんでしょう? もちろんそこでもイメージチェンジとかいろいろできるよってことを示すためには猛将タイプとかが欲しかったわけですが、まさかの、初の、女役とはねえ…! まあ、当人が望んでいた悪役、ではある種あるようなのですが…(^^;)
 ロケットを卒業してからは女装がなかったようなのですが、たとえばショーのワンポイント女装なんかはやはり目立つわけで、そういうのを見てみたい、みたいなことを言うとそれはそれはものすごく嫌そうな顔をしてみせるものでした。組本のドレスとかチアガール扮装とかもそう。よっぽど脚を出すのが嫌なのかな、まあぺらっぺらのガリガリだから確かに貧相かもしれないよな、でも女装のお衣装にもいろいろあるよ…?とか私は密かに思っていました。
 しかしまさかのお芝居でガチの女役となると…
 私は第一印象としてはやはり、ユーリの周りの華やかな男性陣を路線や若手の男役スターで埋めるために、除けられちゃったのかな、と思いました。そういう扱いなのかなとしょんぼりしましたし、本人が嫌がっているだろうことは想像できたしショックを受けているかもしれないしと思うと心配で泣けました。実際、集合日のお稽古出待ちではずいぶんとプンスコしていたと聞きましたしね。
 でも、よくよく考えると、やっぱりいいチャンスなんじゃないかなと思うのです。どのくらい出番があるのかとかお話の大筋に絡めるのか、とかとは別に、やっぱりこういう役どころに配役してもらえたこと、やらせてみたらおもしろかろうと思ってもらえたことが大きいんじゃないかな、と思うのです。ここで芸の幅を見せるべきだし広げるべきだし、絶対に糧になるはずです。有限の男役人生にもったいない、という見方もあるけれど、その分ショーではいつにも増してオラオラしてくれるかもしれないし(お化粧変えは大変かもしれませんが…)、楽しさ倍増じゃないですか!
 というワケで、今は期待しかありません。イヤ実際には当人は大変なんだろうけど、お稽古スカートの準備とかこの先アクセサリーだなんだとか。でも周りに女装経験者はたくさんいるし、みんなが面倒見てくれそう…(笑)
 早くもお芝居のお稽古の日には分け目とメイクを変えてアイラインを長く女性的にしてくる贔屓が愛しくてなりません!
 …ところで脱線しますが、そんなワケでそもそも美女なのでオリエント一の美女役だろうがなんだろうがそこは心配していないのですが、心配しているとすれば、胸かな…ないよね…
 えーと、実は私は男役に胸があるとヤダとかイヤむしろあると萌えるとかそういう発想がそもそもあまりないんですね。自分がいわゆる巨乳で胸がないということには苦労していないので(むしろ肩凝りとか下着が高価だとか合う服がないとかいう苦労はある)、ありなしにあまり頓着しないというか…娘役ちゃんの体のラインを愛でることはするのですが。男役に関しては、もちろん中の人は女性だとわかってはいるのですが何か別種の生き物、フェアリーだとも思っていて、そこに胸があるとかないとかあまり考えたことがないタイプなのです。
 やっぱないよね、って人もいればどこにどうしまってたの!?って人もいて、それはなかなかおもしろいものですが…まあ、ないよね、ぺらっぺらだもんね、というだけの話ですハイ。すみません…谷間描くのかなそれも大変だな、とか思っただけです。
 それも含めてすべて経験だ! がんばれ!! 楽しみに初日を待ちたいと思います。
 とりあえず原作漫画を読んだら、また記事にしたいと思います。なーこたんの手腕にも期待!
 でもシトラスも楽しみ!! 気が静まるときがありませんね…(^^;)


コメント (4)
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