駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

『イリアス』

2010年09月17日 | 観劇記/タイトルあ行
 ル テアトル銀座、2010年9月8日マチネ。

 千艘の大船団をなすギリシア連合軍がトロイアを侵攻して10年、トロイアはオリンポスの神々と堅牢な城壁に未だ守られていた。今、ギリシア軍の兵士たちは疫病に襲われ、全滅の危機に瀕していた。占い師によれば、疫病は太陽神アポロンの呪いであり、呪いをとくには総大将アガメムノン(木場勝巳)の戦利品となった神官の娘を解放しなければならないという。アガメムノンは代わりに全軍一の英雄アキレウス(内野聖陽)の女を要求し、反発したアキレウスは戦線を離脱する…

 原作/ホメロス、演出/栗山民也、脚本/木内宏昌、音楽/金子飛鳥。全2幕。

 話せば長いことながら、私はギリシア神話おたくであり、『イリアス』に関しては創作同人誌で漫画化していたこともあるくらいなので(ペレウスとテティスの結婚から始まって、メネラオスとヘレネが結婚したあたりで中断しており、トロイア戦争の発端であるヘレネの誘拐までも行き着いていないのですが、一応ラストのトロイア落城までお話はできているのでした)、飛びついた演目でした。
 もともとが口承ということで、それを生かしたセリフ劇で、でも決して役者の肉体や演技が必要ないということでなく、簡素ながらも美しい空間(美術は伊藤雅子。舞台の両脇に立つ柱の使い方のすばらしかったこと!)に確かに戦場や船倉や野営地や神殿が現れていました。
 ヘクトルは池内博之、オデュッセウスは高橋和也、アンドロマケが馬渕英り可、パトロクロスがチョウソンハ。
 カサンドラは新妻聖子で、誰にも信じてもらえない予言を美しい声で歌います。凄絶で悲しい。
 コロス5人がまたすばらしかったです。

 ホメロスの『イリアス』は
「怒りを歌え、アキレウスの怒りを」
 という言葉で始まり、この舞台もそのセリフで始まります。
 確かにこの作品は、アガメムノンに侮られたアキレウスの怒り、神に弄ばれた人間としてのアキレウスの怒りをテーマにした物語です。
 しかしラストは、アキレウスと老プリアモス王(平幹二朗)の和解で終わります。あんなにヘクトルに怒り、ヘクトルを憎み、パトロクロスの死を嘆いて飽かなかったアキレウスが、プリアモスの必死の懇願についに折れ、人間らしい誠実さで対応し、ヘクトルの遺骸を持ち去ることを許可して、物語は終わります。

 和解はなされた。
 でも葬儀のあと、戦争は再開されるのです。

 この世に戦がなかったときはない。何千年と時がたっても、この世から戦争がなくなったことはないのです。
 ヘクトルの妻アンドロマケも、王女カサンドラも、このあとギリシア軍の奴隷として故郷から連れ出されます。いつの時代も一番に犠牲になるのは女たちなのです。
 これは女たちの怒りを歌った物語でもあるのだな、と思いました。
 決して英雄礼賛とか戦争賛美とかの物語ではない。だからこそ読み次がれてきたものなのだと思いました。


コメント
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