強盗殺人罪に問われ死刑が確定した袴田巌さん(87)の再審が決定した。(2023年3月13日付)
そのニュースを知って、私は警察側の取り調べなどを考え、特別高等警察(特高警察)が取り調べ亡くなった作家・日本共産党党員の小林多喜二のことを思い出した。
個人対特攻警察の力の差は大きい。特高警察とは、以下の通り。(ウィキペディアから)
日本の秘密警察。国事警察として発足した「高等警察」から分離し、国体護持のために無政府主義者・共産主義者・社会主義者、および国家の存在を否認する者や過激な国家主義者を査察・内偵し、取り締まることを目的であった。 内務省警保局保安課を総元締めとして、警視庁をはじめとする一道三府七県に設置されたが、その後、1928年(昭和3年)に全国一律に未設置県にも設置された。略称は特高警察(とっこうけいさつ)、特高(とっこう)と言い、構成員を指しても言う。第二次世界大戦後の1945年(昭和20年)に、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の人権指令により廃止された。
小林多喜二は、特高警察の過酷な取り調べで亡くなった。
私が問題にしたいのは、警察・検察庁の取り調べだ。被疑者の証拠を集め、有罪にする。それはいいのだが、無理して罪人にしたてることである。誤った捜査も多く、誤認逮捕も多い。警察の質が落ちているとは思わないが、真実をしっかりととらえることが基本だ。それが不十分で警察・検察側のミスも増えている。
罪のない人を死刑にしてはいけない。あってはならないことだ。日本の死刑制度の廃止も考えられるがどうであろうか。
問題は犯罪が少ない社会の構築だ。不平不満が少なく、不平等でない社会。犯罪が起こりにくい社会をつくることだ。現在の日本はそれと反対で、犯罪が増えている社会である。何が問題であろうか。