心の色を探して

自分探しの日々 つまづいたり、奮起したり。
マウス画・絵及び文章の著作権は このブログ作者(けい)にあります。

若き日を思う

2017年01月27日 | 朝のことば&つぶやき
※※※

夢中で通り過ぎた日々
何もかもが自分の周りで輝いていると
街を歩けばショーウインドーに映る姿は
若さに溢れていて
何をしても弾けていく気がした

あんなに若かったんだ
化粧なんてしたこともなかった
ジーンズとTシャツがあればどこへも行けた
オシャレとは縁遠いわたしがいた

それでもなんだか毎日が永遠に続く気がした
若さの真ん中で
これが永遠に続くと思い込もうとしていた

やがて進路という壁が立ちはだかり
自分が思うほどに
自分は求められる人間ではないということを思い知る
順調に進んできたと思った人生で味わった
初めての挫折

挑戦しながらの仕事は
幾度となく不安がわたしを包んだ
やがて掴む道

そしてもがきながら掴んだ道を
わたしは手放し、第二の道に飛び込む
まだ若さが残っていたあの頃

あの頃
よもやこんな日が訪れていようとは
想像もしなかっただろう
あの若いわたしの耳に
今はこんななのよ と
ささやいたなら
若いわたしは掴んだ道に踏みとどまっただろうか
いや
ささやきなど耳に残さなかっただろう

それが若さだと
今では言える

そしてその若さで良かったのだと
今では言える
後悔ではない
あまりにも若く夢中で駆けた時間が愛おしいのだ

※※※

晴れた日が懐かしく思えるほど今日は風が吹き荒れている。明日はどうだろうか。毎日めまぐるしく変わる天気。およそ冬らしからぬ今年の冬。
そうそう、Mステ見ていたら・・・阿部サダヲさんって歌上手いのね。声、いいんだって思った。

※※※

年々お肌のトラブルが

2017年01月27日 | ほんのすこし
年々肌に異常が出てきている。
2年前の夏場、汗疹かと思ったのが、日光湿疹だったということで市販の薬を我流で使ったらさらに悪化させてしまって大変な目に遭ったことから始まった。それが次の年にも夏場になって、突然同じ場所に湿疹が出た。
もうすぐさま病院へ行った。早く行ったのが良かったのか、前年よりも軽く済んだ。
その他には、帯状疱疹になった。帯状疱疹は三度目かもしれない。
最初のは結婚して数年後に脇腹に出た。
診察していただいた女医さんが、事もあろうにそのときに研修に入っていた医学生たち数名を呼び
「見てごらんなさい。模範的な帯状疱疹よ。肋骨にそって綺麗に出ているでしょ」と説明した。
まさか診察室いっぱいに入ってくるとは思っていず、まだ若い気分のわたしにはとても気恥ずかしく思えた。
そのとき「ぐるりと回ったら危なかったのだ」と言われたことを思い出す。

そのときからかなりの年数が経ち、今の部屋に住むようになってから一度、そのときはどこだったかなあ。まあ忘れるぐらいだからいいのだろう。でも苦しかったのは覚えている。
で、三年ぐらい前、三度目がまた。
それは母と温泉に入っていたとき。母が左ももを見て「お前、その赤い部分おかしくないか?」と言ったのだ。
わたしは全然気がつかないでいたので、不審に思う母が逆に心配性だなあとだけ思っていた。
でもその日、「やっぱりおかしいから明日病院に行って見てもらったほうがいい。皮膚は簡単に思っていると怪我をする。危ないものになっていたら大変だよ」と念を押された。

病院に行く、わたしの大の苦手なことだ。
しぶしぶ行ってみた。前に行った皮膚科だ。かなり年配のおじいちゃん先生がいる。わたしはあまり人を嫌わないけどこの先生だけは苦手だ。ほとんど牛乳瓶みたいな厚い眼鏡をかけていて、患者さんにきついことを言うのが待合室に筒抜けなのだ。前に行ったから今度もここでいいだろうと思っていった。
やはり母の見立ての通り帯状疱疹だった。でもそのときは早く行ったからか、症状も前の二回とは違い、眠れないほどの痛みもなく案外早く回復した。
母に従って良かったと思った瞬間だ。

こうした帯状疱疹や日光湿疹という皮膚に関するトラブルがかなり多くなった気がする。
自分では肌が綺麗だと思っていたが、それもここに来て疑問が高くなった。年々、本当に年々衰えが目に見えている。

そしてまたまた今度はなんということか。
顔と首に湿疹が。
鏡を見てもそんなにわからないが、手で触るとポロポロとした触感がある。なんで?
わたし、何かした?
食べ過ぎ?(そこに考えが行くわたし)

今は右半分だが、これが全体に広がったらどうしよう。まずは化粧しないでおこう。とりあえず様子見。
治らなかったら、月曜日に病院行きだな。
でも原因がわからないのは怖いぞ。