katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

トラックの玄関ポーチの文字終了

2021-06-15 07:00:56 | モザイク作家

今日はお教室が無く、まるっと1日トラックの玄関ポーチの文字。バックが白いタイルである事で、縁取りとしてもう一度白でくくる事で、雰囲気は余り変えずに文字を大きく見せようとして、もうひと手間加えたのね。

これで明日以降はバックに入るのだけど、今まではランダムに張ったり、扇に張ったり、レロっと波みたいに張ったりって、色々やって来たが、今回は1200mmX1800mmって大き目である事もあり、しかもここが唯一のお任せの部分。

普通、リップルを使うようなモザイクを見ると、なるべく切らない方向で・・・って仕上がりが多いのね。それはカットすれば手間が掛かるから値段が上がるからであって、普通は価格を押さえたい事を考えれば・・・当然なのね。

しかしそれはあくまで商業ベースのモザイクであって、しかも今までの常識のルートを通れば、当たり前なのね。その常識のルートって言うのは、家を建てる、誰に頼む?工務店?建築会社?・・・そこにモザイクを頼むと、そこに設計士がいれば、

デザインを描いてくれるとは思うし、当然ここでお金が発生する。それを商社に見積もりをさせて、商社はメーカーに・・・みたいな流れがあったり、設計士がいないと、工務店がタイルの事なら、タイル屋に・・・となり、タイル屋は問屋に。

前者と大きく違うのは、設計士がいると、下絵ありきでこれいくら?の相談になるが、後者は何も無いのに、間に何人も入ってしまう事で、そこに儲けが入る分、値段はどんどん上がって行くようにも思える。がしかし、どちらも一緒なのね。

何しろ設計士だけは、建築の中で唯一、先生と呼ばれる別格の人なのね。当然何も知らなくても、想像は付くだろうが、タイル屋さん、大工さん、左官屋さん・・・と、さんと呼ぶ人と、先生では値段が変わるのは当然なのね。

もっと言えば、当然な話なのは、設計士になる為に試験を受けて勉強をして来た人なのね。当然その分を回収しないとね。つまり高くて当然だし、もっと言えば高いんじゃ無くて、適正なんだろうね・・・きっと。

つまりスタートの下絵のデザイン料がかなりの高額になると思われるのね。後者の場合と違う部分は、それがあるか無いか?って話だと、簡単な説明なら、運転免許の代書屋さん的な話。昔なら迷わずにそこに入ったのね。

でも俺でさえ申請書を自分で書くようになった。ここに至るまで何年掛かった?常識が変わるって言うのには時間が掛かるもんなのね。ただね、これは事務的な書類で字が汚かろうが、通ってしまえば見る人は受付の人のみなのね。

所が一生支払う家の場合、そんなデザインを自分でやれるか?となると、かなり無茶な気もする。でもね、カラオケが無かった時代と今を比較して、音痴な人ってどれだけいるの?って考えると、身近にそこそこ絵の上手い人はきっといるし、

何も弾けなくても作曲が出来る時代。工夫をすれば誰にでも権利は発生する。それがDIY的な発想。つまり設計士以外で進む事が出来るのならスタートが切れる事になる。所が今度はどちらにしろ商社って部分にぶつかるのね。

普通は大きな建築会社であれば、直接商社に行くから、設計士と商社そしてメーカーとなるが、一般的にはお客さんがいきなり商社って事にはならないから、工務店、タイル屋、問屋、商社、メーカーの順に上がって行けば、その入った人の分、

料金が上がって行くのが日本の仕組み。これを製造販売って大胆に切り崩したのが、知っている限りでは靴屋さん。かなり早かったと思うのね。ただね、靴は高くても数万円・・・建築の料金とは違うのね。

そうなると信用なんて話になると、常識ってルートになる。ただ何でもそうなんだけれど、そう言う常識って事に疑う人がいつの世にもいて、医者の免許があるのにも関わらず、漫画家の手塚さんは、ブラックジャックなんて話を描くのね。

無資格の名医。しかし非常識の高値。米倉さんにしてもアルバイトの名医。ただそれも常識は高値。それじゃ誰でも出来る事じゃ無くなるのね。俺はそんなに高いかなぁ?・・・位になりたいのね。でも常識の壁ってのは、結構なハードルなのね。

何せ常識って言うのは、それだけの歴史があって信用もある。しかしそのままではモザイクなんて分野は、日本じゃ流行らないのね。その常識が壊れないとね。ただ壊れかけてはいるのね。例えば常識はタイルは誰が売る?

って事になると、昔の常識は建築のルートのみだったが、今はネットで素人の人でも売っている。底辺が広がれば見つかりやすくなる。ただそこまで止まりでは、小物までで止まってしまうのね。やはりモザイクの最高峰は建築のような大きな物。

勿論、そこから芸術にまで昇華出来れば理想に近づけるのだけど・・・。そう言う意味では室内的なオブジェはかなり見せられるものは溜まった。だから外にって事になると、人に見られる外の作品・・・だから玄関。

そんな中でやって来たこのトラックの玄関ポーチの仕事・・・ただ常識の内容でやっては勿体無いのね。当たり前で仕上げてはブラックジャックにはならない・・・とは言え、予算を全く度外視してやれば、いくら仕事をやっても貧乏になる。

つまりギリギリの範囲で、何処まで出来るか?何が出来るか?探しなのね。いつもいつも。一体何が出来るのか?
今の時点では具体的には全く無いのね。ただだからと言って、ノープランって訳でも無いのね。

だからと言って、それでも決定って事では無いし、ノープランと言っても、ぼんやりと方向性みたいなものはあるのね。そこはある意味自分も楽しみなのね。どうなるのか・・・。