はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

早朝トリップ

2020-11-06 20:54:06 | はがき随筆
  自粛生活が続く毎日。ある朝、思い立って、起きるとすぐに車で家を出た。
 窓を開けると草の匂いを含んだ冷気が眠気を覚ます。峠を越えると、目の前に太平洋。凪いだ海に朝日が照り返す中を漁船が港に入ってきた。トンネルを抜けると大きな湾に囲まれた砂浜が見えた。サーファーに人気の恋ヶ浦だ。高台の展望台で車を降りた。周囲はサーファーや家族連れのテントが並び、朝食の支度でにぎわっていた。
 わずか往復2時間の小さな旅で、こうして大自然のただ中に立っている。「自粛の壁」を超えるのは簡単なことだった。
 宮崎県串間市 岩下龍吉(68) 2020/11/6 毎日新聞鹿児島版掲載

出張した頃

2020-11-06 20:30:19 | はがき随筆
 新型コロナウイルスの感染拡大を警戒する中、新しい働き方としてインターネットを利用したリモートワーク(遠隔勤務)なるものが広がっている。いずれ主流になるのかもしれない。
 そうすると、打ち合わせや会議のための出張が激減するようにも思える。先方と顔を合わせて、とことん話し合う働き方はなくなるのだろうか。
 私が現役の頃の出張は、要件が済めばとんぼ返りしたものだ。移動は在来線、寝台車、特急、新幹線、飛行機、船、長距離バスなど行先に合わせて選んだ。
 そうした移動の中で忘れられない光景がある。
 朝一番、飛行場を飛び立ってすぐ大空から見た鳥取県の大山。雄々しかった。
 赤名峠(島根県)での雪景色も印象深い。新卒採用で山陰の高校を訪問しての帰りだった。突然大雪となり、私の乗った長距離バスは足止めされた。
 山あいを走るディーゼル車の鮮やかな色。快適な九州在来特急の車内。操縦席が見えるローカル空路の客席。美しい田園地帯、海面の輝き…数え切れない。
 在来線では、修学旅行の小学生と電車内で乗り合わせた。土産に買ったもみじまんじゅうの箱を友だちに見せて「お母さんに食べさせたい」。私の耳にも優しく響く言葉だった。
 あの時その時、スマートフォンがあれば写真が撮れたのになあ、と思う。時代の変化、詮ないことだ。スマホなどなかったから心に残っていると、自分にいい聞かせる。
岩国市 片山清勝(80) 岩国エッセイサロン会員

エールに思う

2020-11-06 20:23:31 | はがき随筆
 テレビの朝のドラマは毎日の楽しみの一つです。懐かしい歌が次々と流れてきます。心のしみる歌ばかり。私の時代はテレビもなく映画も禁じられ、小さなノートにはやり歌を書き集め、歌謡集を作っていました。友だちみんな作っていました。ちょっと大人になった気持ちで歌い、最高の青春時代でした。家で歌うと父からしかられるので暗くなり近くの川辺で妹と二人でよく歌ったものです。七つボタンの予科練の歌は若い青年の輝いた姿が目に焼き付いています。新鮮さと感動を今更のように感じ、歌は生きる心の大切な宝のように思います。
 熊本県八代市 相場和子(93) 2020/11/5 毎日新聞鹿児島版掲載

矢でも鉄砲でも

2020-11-06 20:14:15 | はがき随筆
 カミさんに向かって「あんただれ」なんて言い出したらどうしよう。ぼけないうちに打つ手はないか。楽しみながら頭を使うのがいい。そこに舞い込んできたのが生涯学習の講座案内書。英会話、水墨画、囲碁、料理などいろいろ。目に留まったのが麻雀講座。楽しくないと続けられない。カミさんも心意気に賛同してくれた。ところが、やっかいな敵が世界中に襲撃を仕掛けた。コロナ禍である。今のところ逃げるしか手がないようで、3密を避けろという。麻雀は条件がすべてそろっている。しかしここは覚悟を決めて敵中突破でゆく。やるぞ-!
 鹿児島県志布志市 若宮庸成(81) 2020/11/4 毎日新聞鹿児島版掲載

デュフィの絵

2020-11-06 20:00:10 | はがき随筆
 夫の番号はまだ呼ばれない。病院の待合室。奥詰まりの席にもう40分も待っている。しびれを切らして、周囲を見回した。真正面の壁に、見慣れた風車の絵が飾られている。筆遣いがデュフィに似てるなあ。
 高校の授業で初めて油絵の指導を受けた。生徒たちは張り切って、校舎の近くを流れる大瀬川の河原へ行き、ベニヤ板に風景を描いた。ある日、先生が私の絵を見ながら「デュフィに似ているね」とつぶやいた。
 じっくりと風車の絵を見るとデュフィのサインがあった。
 おっ番号が呼ばれた。夫はスタスタ歩いていく。待ってよお。
 宮崎県延岡市 佐藤桂子(72) 2020/11/3 毎日新聞鹿児島版掲載

母乳バンクを読んで

2020-11-06 19:52:00 | はがき随筆
 母乳バンクの記事を読み、長女出産の時を思い出す。産後1カ月で職場復帰。出勤前に授乳、昼は帰宅授乳後昼食、また職場へ。夕方帰宅が遅れる時は母へ連絡し、来てもらって授乳していた。ある日乳首が切れ血がにじみ痛く医院に行ったが治らない。耐えかねて哺乳瓶に頼ることに。ところがゴムの乳首がいやなのか絶対に口に入れない。無理に入れると押し出し、すき腹で泣かれ覚悟授乳の日々。幸い同勤の獣医さんから薬を教わり治った。頑固だった長女と今は同居。すっかりお世話になっている。母乳ドナーバンクに登録できるほどだったけど。
 熊本市中央区 原田初枝(90) 2020/11/2 毎日新聞鹿児島版掲載

神前の供え物

2020-11-06 19:44:05 | はがき随筆
 自宅前庭を成長した黒猫が横切った。「猫ちゃんどこへ」と声かけ。するとふと立ち止まりじっと私を眺め「この人親切かな」と思案顔。「なんだ用事なしか」と言いたげに、急ぎ竹やぶの方へ。ある日、台所へ音もなく入り込み「この家は親切そうだから残飯くらいくれるだろう」と。しかし望みかなわず庭へと去った。私の思いつきで、神前に供えた残りを毎度ごみ袋に捨ててたから、次から猫にあげたらと。そして実行する習慣になった。毎朝見ると姿は見ないが、タヌキか猫か夜にぺろりと食べている。尊い供え物が外庭で消えて満腹、よかったね。
 鹿児島県肝付町 鳥取部京子(80) 2020/11/1 毎日新聞鹿児島版掲載

滑り台

2020-11-06 19:38:02 | はがき随筆
 宮崎の孫2人が鹿児島に来た。正月以来で、会って抱擁することだった。そして、ふれあいスポーツランドに連れて行った。この日は快晴で、広場では100名ほどの子どもたちが遊び走り回っていた。
 ここには15㍍ほどの滑り台があり、前に来たとき5歳の孫は高い滑り台には上れなく、そして滑れなかったが、今回は平気で上がり、滑っている。私は滑り台の出口で孫に握手するほどうれしかった。
 やはり子どもの成長は年単位ではなく月単位だと認識することであった。
 鹿児島市 下内幸一(71) 2020/10/31 毎日新聞鹿児島版掲載

朝の楽しみ

2020-11-06 19:29:41 | はがき随筆
 月曜日の朝は私にとっては決戦の朝です。全国紙3紙と地方紙に、読者の短歌俳句川柳が掲載される日なのです。
 私は10年前からそれらの新聞全てに投稿しており、通信簿を開ける心持ちになるのです。
 新聞4紙全てそろえ、すぐに目を通し、私の作品を必死に探します。
 一つでも載っていたら最高。更に全国紙に載っていたら天国です。更に更に全国紙2紙に同時に載ったら極楽です。
 もし4紙とも載っていなかったら。「新聞に 吾の歌見えず 飫肥城の 明け六つの鐘 gone goneと」
 宮崎県日南市 宮田隆雄(69) 2020/10/31 毎日新聞鹿児島版掲載

お弁当作り

2020-11-06 16:55:39 | はがき随筆
 「お弁当ありがとう」。毎朝娘を駅まで送り、車を降りる時に必ず言ってくれる言葉。
 高校生になった娘のおべんとう作りには、色どりを考えたり、ワンパターンにならないような献立の工夫など面倒だなぁという思いがあった。「おいしかったよ」。空になったお弁当箱を渡されるとホッとし、お弁当作りが楽しみに変わった。夫もおかずの種類が増え「パパだけの弁当だったらこんなんじゃなかったのに」と言うかと思ったら「ラッキー」と言ったそう。3年間できる範囲でお弁当作りを楽しみたいと思う。
 熊本県大津市 水永征子(39) 2020/10/31 毎日新聞鹿児島版掲載

郷愁の鉄道

2020-11-06 16:47:58 | はがき随筆
 「♪線路はつづくよ どこまでも」。こどもの頃、線路はどこまでもつづいて鉄道はなくならないと信じていたが、次々と路線図から消えた。まさか九州唯一のSL肥薩線(川線)までも存続の危機である。わがふるさとにも川内川沿いに宮之城線があって、SLが空いっぱいに煙を吐き上げて走っていた。車内は木の椅子に、床はオイルのにおい。座席に足を投げ出し、車窓から景色を眺めた。トンネルに入ると慌てて木製の重たい窓を閉める。それでも煙が入り込んできた。改めて考えてみると、この時代のローカル鉄道(SL)がもっとも輝いていた。
 鹿児島県さつま町 小向井一成(72) 2020/10/31 毎日新聞鹿児島版掲載

中畑流万能川柳

2020-11-06 16:33:02 | はがき随筆
 毎日新聞の一面の左下に、中畑流万能川柳というコーナーがある。毎日18句、月に約540の入選句が載る。毎月5万を超える投句があるそうなので100分の1の狭き門である。
 この難関に数万人ともいわれる愛好家が挑む。私もその一人である。テーマは自由。時事風刺からトレンディーな話題まで、まさに万能川柳である。
 私が目指すのは、風刺の効いた句、時流を超えた句、共感の句である。選者は「チャーミング」と「おちゃめ」がポイントとおっしゃるが、これがなかなか難しい。今日も18枠を目指して詠んでいる。
 宮崎市 福島洋一(65) 2020/10/31 毎日新聞鹿児島版掲載

菜食主義

2020-11-06 16:25:16 | はがき随筆
 この界隈では92歳の私が最高齢者である。理髪店でのある日のこと。家内を失くして一人暮らしだし、家事はしないと思われたのか、70歳ぐらいの奥さんが「ご飯はいつも弁当ですか」と聞かれた。「いいえ、たまに弁当を買うこともありますが、自分で調理しています。何もしないと体がなまって、老化が進みますからね」と応じた。足腰の痛みを我慢して、こまめに体を動かすように心がけている。
 最近は肉や魚を体が好まないからたまに摂取し、野菜のおかずが多い。90歳を超えていても健康で元気な生活を営んでいるのは菜食主義のためだろうか。 
 熊本市東区 竹本伸二(92) 2020/10/31 毎日新聞鹿児島版掲載

エール

2020-11-06 16:16:12 | はがき随筆
 台所で洗い物をしていると、聞きなれたメロディーに、はっとしてテレビに駆け寄った。早稲田大学の応援歌「紺碧の空」を学生たちが謳歌している場面だった。
 高校時代の体育祭を思い出し懐かしくて、一緒に歌ってしまった。体育祭では赤白に分かれていて、白軍の私たちの応援歌は紺碧の空。「早稲田」のところを「白軍」と替えた。放課後は白タスキをした団長と練習の繰り返し。恩師、友とのふれあいと楽しかった青春時代だった。
 額に汗して農業を続けながら高校に進学させてくれた亡き両親。今は感謝する日々である。
 宮崎県串間市 村上恵子(81) 2020/10/31 毎日新聞鹿児島版掲載

手を洗う

2020-11-06 16:07:09 | はがき随筆
 コロナの影響もあり、今年は例年になく手を洗っている。
 帰宅時、食事の前はもちろん、何かに触れた後など、気付けば蛇口の前にいる。
 考えてみれば、体の中で一番使うのは手かもしれない。ペンを持つ。スマホやハンドルを操作する。握手をするなど、あげればきりがない。そう思うと今まで何気に使っていた手が妙に愛おしくなる。手洗いを通して、今までどれだけ自分の手をぞんざいに扱っていたかが分かる。毎日使うものだからこそ、たかが手洗い、されど手洗いの気持ちでより丁寧に洗わねばと、この時期だからこそ切に思う。
 熊本県宇城市 野澤美和(55) 2020/10/30 毎日新聞鹿児島版掲載