ネコだって命を慈しむ

2009-03-04 11:44:59 | 塾あれこれ
政治信条には関係なくすべての命は大切です。

塾とはいえ、ただのオッサンであれそのことは
きちんと表明すべきですが
それをすると(商売に差し支える)などとして
「黙っておく」人々の如何に多いことでしょうか。

いかにも日本らしい現象なのですが私は好みません。

ネコにも負けることではありませんか。
ニャンコに叱られるかな?


村上春樹を読んだことがありません。
読んでいなくてよかったと思うニュースがありました。

有名なエルサレム賞を頂いて、ガザで虐殺を続けた
イスラエルに出むかれたのはご存知のとおり。

作品と作家は全く同一のものであるとは言えません
けれど、現代では作品と作家、そしてその生き方は
政治や社会と切り離せないと考えます。

たかが塾のオッサンでも少しは生き方を考えねば、と
思っています。

ましてや次のノーベル賞かもしれない(日本を代表する)
作家の生き方は現代日本に対する評価にも関係します。

結論から先に言いますと、出向いて受賞はどうだった?
賞を頂くとしても行くべきではなかったと思います。

行くな、という側にも政治的な色合いが強いものがあった
かもしれませんが、だからといってモノ言わぬわけには
いかないですよね。


「沈黙するより来て話す方を選んだ」と村上さん。

でもこの二者択一の言い方は正しくありません。
こういうところがどうも気に入らないんだな。
行かないで話もできるのですから。

多くの人間は2つの選択を提示されるとついどちらか
しかないと思い、それ以外の選択肢への思考を閉ざし
がちになるのです。
二つしかないと思い込ませる効果がある発言でした。

二つを比較した言い方をするならば
行くか行かないか
はっきりと非難するか、しないか
このようにあるべきでしょう。


「壁に卵」の腰の引けた言い方はどうでしょう?
文学者ならきちんと表現すべきです。
千数百の民間人が殺されている重さが伝わりません。

イスラエル発表でも千人以上となっています。

片やイスラエルの被害はその百分の一以下。

その不当性を糾弾してこそ行く価値があるのです。

賞をもらいにいくが批判めいたこともいう
これでチャラにすることはできません。


討論などで相手に反対のことを
「いや、こういう面もある」と切り出す人がいます。

二つを並べて相手の主張を半減させようという作戦?
でも確率や量を言わないとただ項目を並べるだけでは
危険な場合があるのです。

今回のガザであれば「イスラエルだって被害はある」
ナチの場合なら「ヒトラーだって良いこともした」

これほどはっきりしたことなら二つ並べてもチャラに
できないと分かりますが「来て話す」からチャラでは
引っかかりますよね。

東京大空襲や広島長崎の原爆で数十万の人を殺し
「戦争を早く終結させるためだった」というリクツが
正しいでしょうか。

ガザでの出来事は現代のゲルニカなのです。
ただの政治の手段として無辜の人を殺したのです。


村上さんも悩まれた上での決断であったとは思います。

ただしイスラエルの大方の反応を見ると、どのような
効果をもたらしたのか明白ですよね。

初めての方へ

2009-03-04 10:57:57 | 塾紹介

初めてこのブログをご覧になる方へ。

日本でも最も小さなタイプの塾です。
同じような規模の塾は沢山ありそうですが
そんな教員一人だけのところからのツブヤキです。

06年12/1以前の文章は発表の順序を入れ替えて
順番に読んでいただけるようにしてあります。
12/2以降はまだ並べ替えができず発表順のままです。
いずれ時間をみて整理します・・・。

ブログを始めたころはある程度まとまったテーマで書いています。
塾の考えなどをお知りになりたい方はカテゴリーの「教えない」や「考える」などをお読みください。(並べ替えをしてあります)

書くときのイメージとして学習塾に勤め始めた若い方
ジジイがあれこれとこの仕事についておしゃべりしている、
というスタンスをとっているツモリです。
それをハタで聞いていただくことで塾というものを分かっていただければ幸いです。

なお最近の「塾あれこれ」は雑多な内容で
趣旨に外れているものもあろうかと思います。
お気軽に読んでください。

塾の様子は07年3/12「塾で勉強する」に書いています。
最新の記事をとばしてご覧下さい。
07年2/12に生徒の様子紹介があり、

07年1/24に塾の形態説明をしています。

また自宅で塾を始めた頃の話は'06年8/8の
「教えない」に気付くまで、などに書いております。