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安全コロナ(トヨタコロナ5代目)

2020年10月16日 | クルマネタ
とにかくコロナという単語を聞かない日はないですが、しかしながら、コロナの名称が与えられてる商品や施設などは、どうしてもネガティブなイメージが植えつけられそうで極めて遺憾であることでしょう。

ここまでコロナという言葉を連呼されるのであれば、『安全』な『コロナ』を出してみるとしましょう。

トヨタコロナの5代目モデル(T100/T110/T120系)、通称『安全コロナ』です。


(前期型)


(後期型)

トヨタの主力小型車、コロナは1957年に初代モデルが登場しました。以来、トヨタの発展、シェア拡大に貢献したクルマで、トヨタの歴史上では無視できない存在であります。
1973年8月に5代目モデルに世代交代されました。安全コロナの通称のとおり、安全性を徹底的に追求されました。上に掲載した画像のとおり、見るからに古典的な外観スタイルを身に纏ってますが、視界や運転のしやすさに配慮されました。上の画像の車両には付いてないですが、大型の衝撃吸収バンパーを新たに採用されました。そのほか、故障や異常を知らせる警告灯『OKモニター』が装備されました。
ボディ形態は上に画像掲載している4ドアセダンを筆頭に、2ドアハードトップ、5ドア商用バン、歴代唯一の2ドアセダンという構成でした。
エンジンは直4の1.6リッター、1.8リッター、2リッターで、この代よりツインカム(DOHC)採用のスメ[ツモデルも登場しました。駆動方式はFR(フロントエンジン、リヤドライブ)で、当時ではオーソドックスなレイアウトでした。

やがて、公害問題が深刻化すると排ガス規制への対応も迫られるようになり、今では考えられないかもしれませんが、過渡期にはホンダからの技術供与による『クリーンエンジン』なるモデルが設定されたりもしました(後にTTC-Vに名称変更)。やがて、触媒を採用した独自のシステム(TTC-C)に移行されました。

この安全コロナが発売された1970年代半ばは、交通死亡事故の増加、オイルショックによる省エネムードの高まり、公害問題で自動車に対する風当たりが強くなった時代でした。2020年現在も再びそのような兆候がありますが…。
そのような時代に、安全性や環境への配慮、実用性や運転のしやすさを重視するなど、自動車としての原点に立ち返ったクルマでありました。

なお、安全コロナは正式には『トヨペットコロナ』が車名でした。トヨペットの名称はトヨタの小型車のブランド名として終戦後より用いられていました。さらに1956年には新たな販売チャンネルとしてトヨペット店が設立されました。
しかしながら、1960年代以降はトヨペットの車名は順次トヨタに変更されるようになり、車名として最後まで採用していたのは、この安全コロナでした。コロナも1978年9月の6代目へのモデルチェンジでトヨタコロナに改められ、トヨペットの車名はここで消滅、現在は販売チャンネルのトヨペット店にその名称が残っています。





ニッサン サニートラック

2020年09月03日 | クルマネタ
たまにはクルマネタを投入してみましょう。

某所にてサニートラックがいたので、ついカメラ向けてしまいました。


日産の主力小型車だったサニー、かつてはトラックもラインナップされていました。サニーは1966年に初代B10型(トラックはB20型、1967年~)が登場、1970年に2世代目となるB110型(トラックはB120型、1971年~)に移行しました。しかしながら、乗用系は約4年サイクルで世代交代を続けていきますが、トラックはB120型のまま、改良を重ねながら、なんと1994年まで生産、販売が続けられていた超ロングセラーでした。1980年代の時点でも十分以上に旧式なクルマでしたが、それゆえにコアなファンから注目されました。
改造ベース車として重宝されてるクルマですが、この個体はほぼオリジナル状態で、荷台に幌を装備していることから、いかにも貨物車といった雰囲気が好ましいですねえ。

なお、国内で生産終了した後も南アフリカでは2008年まで生産が継続されてたそうです。





クルマ3態

2020年04月12日 | クルマネタ

たまにはクルマネタを。この数ヶ月の間に街中で見かけた旧年式車から3つほど。

まずは、マツダのファミリアから。


現在のMAZDA3の直系の御先祖様で、当該車両は1994年登場の7代目(BHA系)の前期モデルです。生産終了から四半世紀も経つとめっきり姿を見なくなりましたが、基本的に消耗される実用車では致し方なしでしょうか。
当モデルはいささか地味だったのが惜しまれますが、ゆったりした室内空間や高い走行性能など実用車としてのツボは押さえてありました。グレードはスポーティ仕様のインタープレーXです。ホイールはさらに一世代前のBG系ファミリア用を流用されてますねえ。


ファミリアつながりでもうひとつ。フォードレーザー。


1979年にマツダとフォードは資本提携を締結しますが(2015年提携解消)、フォードの世界戦略に組み込まれたマツダはアジア・太平洋地域の小型車を請け負うことになり、ファミリアの姉妹車となるレーザーが生まれました。日本でもオートラマ系の販売店(のちにフォード店に改称、2016年のフォードの日本撤退で終了)から販売されました。
ここに掲載したのはレーザーとしては2世代目のモデルで、1985年登場の5代目BF系ファミリアの姉妹モデルでした。しかも、このレーザーは歴代モデルでは唯一となる貨物車登録(4ナンバー)のバンであります、それも、フルタイム4WDであります。この世代のファミリア/レーザーは日本国内で初めてフルタイム4WDを実用化されました。


最後は三菱ミニキャブです。


通算3世代目のモデルで、1976年登場の軽自動車規格変更に合わせて登場しますが、当初は旧規格モデルを化粧直ししただけの、いわば暫定対応モデルでした。翌1977年にミニキャブワイド55に改称され車体サイズやエンジンなど新規格フル対応を実施、細かい改良を受けながら1984年まで販売されてました。当該車両は1982年以降の最終期にあたるモデルです。
当モデルは4WDもありましたが、これは車高が低く10インチのタイヤ/ホイールを履いてることから、2WDとなります。

こちらも併せて参照されたし↓
https://happy.ap.teacup.com/indigo-liner/777.html



ダイハツタフト復活記念祭

2020年01月20日 | クルマネタ
ダイハツは今年半ばに軽自動車のSUVを発売することを発表されました。スズキハスラーのライバルとなる事が予想されますが、なんと、『タフト』の名称が起用されることになりました。
タフトはもともとは小型のオフロード4WDでした。車格や車体構造は異なるものの、名称が復活することになりました。なお、年末に発売されたロッキーも同じく復活名称でした。

ここでは、初代のタフトを改めて触れてみましょう。画像は我がブログの過去記事掲載分を使い回し、また、内容も過去記事の焼き直しの感があるかもしれませんが御了承ください。


初代タフトは1974年8月に登場しました。ダイハツ初の本格的なオフロード向けの4輪駆動車でした。

当時の国産オフロード4WDはトヨタランドクルーザー、日産パトロール、三菱ジープといったミディアムサイズの普通車、軽自動車のスズキジムニーがありましたが、タフトはその中間帯、つまり、隙間を狙った独自のャWショニングでありました。車体は現在の軽自動車とあまり変わらない、とても小振りな寸法で、軽量小型というのが特徴でした。機構面ははしご型のフレームシャーシ、前後板バネ車軸懸架のサスペンション、副変速機付きのパートタイム4WDといったオーソドックスかつ本格的なレイアウトで、ヘビーデューティな用途で重宝されたました。
発売当初は1リッター直4のガソリンエンジンを搭載。ミッションは4速マニュアルでした。

画像を掲載。初期型はさすがに見たことはありませんが、数年前に撮った中期型を。


こちらは後期型になります。上に掲載した車両とは異なり、こちらは鉄板ドアです。


やがて、1リッターのみだったエンジンは1976年に1.6リッター直4を追加、さらに1978年以降はディーゼルエンジン(2.5リッター直4、後年2.8リッターへアップ)も追加されました。

ボディ形態は2ドアのみで、画像掲載した幌の他に、バンやレジントップなどもラインナップされてました。

お世話にも販売面は好調とはいえませんでしたが、まあ、当時は現在のようにオフロード4WD/SUVの市場は大きくはなく特殊な部類のクルマでしたので、致し方はなかったでしょう。それでも当時のダイハツでは数少ない4輪駆動車として重宝され、海外輸出も積極的に行われました。タフトの名称は1984年で一旦終了しましたが、後継モデルのラガーへ世代交代されました。1990年代以降、ダイハツはオフロード4WD/SUVを積極的に展開していき、ロッキー、テリオス、ビーゴなどが世に送り出されました。


タフトといえば忘れてはいけないのがトヨタへのOEM供給でした。併せて触れておきましょう。1980年、タフトのトヨタ版となるブリザードが登場しました。


1980年4月、トヨタは新たな販売チャンネルとしてビスタ店をオープンされました(2004年にネッツ系に統合)。ビスタやクレスタなどと共にビスタ店の専売車として投入されました。タフトと大きく異なる点はエンジンで、ブリザードはトヨタ製のエンジンを積んでました。

やがてブリザードは終了しますが、ダイハツからのオフロード4WD/SUVのOEM供給は、キャミ、ラッシュ、そして年末に登場したライズというように現在に至るまで継続されています。



第9回呉オールドモータースミーティング

2019年10月17日 | クルマネタ

たまにはクルマネタを。
10月14日、呉ポートピアパークで、呉オールドモータースミーティングが開催されたので行ってみました。



旧車が集まるイベントで毎年開催されています。ワタシ自身の嗜好や過去に撮影した車両との重複を極力避けるカタチで、エントリーされた車両から特に目についた中から数台掲載してみたいと思います。


日産クリッパー。現在は軽商用車に名称が与えられてますが、もともとはプリンス自動車からの流れを汲む2トントラックでした。当モデルは楕円形のヘッドライトべゼルとフロントグリルによる顔つきが特徴です。


日産スカイライン3代目C10型、通称ハコスカ。旧車イベントでは定番の存在ですが、この個体は貨物車登録の商用バン、つまり、働く車であります。


日産ブルーバードの2代目410型。エステートワゴンが2台エントリーされてました。しかも、白い個体は北米仕様です。見えにくいかもしれませんが左ハンドル。



三菱ランサーの初代モデル。コテコテのラリー仕様の出で立ちですが、このモデルよりラリーで活躍されていました。


トヨタミニエース。同社のライトエースよりもさらに小型のトラックで、軽トラよりはやや大きいャWションでした。パワートレーンはパブリカがベースとなってました。



マツダコスモAP。堂々としたデザインにパワフルなロータリーエンジンで華やかなスペシャリティカーとして一世を風靡しました。


マツダファミリアプレスト。ロータリーエンジン搭載のセダンです。ロータリーエンジンの普及に貢献されました。


マツダポーターキャブ。マツダ内製の軽トラックで、この個体は550規格のモデルです。550の時代は三菱製のエンジンを搭載。上に掲載したミニエースと兄弟に見えますねえ。



最後は来場者用の駐車場で見かけた車両から。
三菱ギャランΣ。ギャランとしては通算3代目でΣの名称となった最初のモデルです。モダンな雰囲気と高い高級感で好評でした。



そして、この後は進路を東へ向け、五十嵐はるみさんと折重由美子さんのジャズライブを拝見しに竹原へ行ったのでありました(前項の記事参照)。