カプラー交換/C55

2011-05-12 | 鉄道模型
鉄道模型の話題があまりにも御無沙汰なので話題をひとつねじ込みます。


IMONのC5515[若松] まだケーディーが付いています。

IMONのC5515は、一次型のC558[宮原](戦前仕様、C55最初の落成機)C551[旭川]と同時に2002年1月(元旦)に発売されました。 (三種類同時発売)

ところが、全体的に制作数が少なく、お客様からお怒りの声を頂きました。

模型を「造って」「売って」商売しようという立場なら「謝って(売り切れて良かったと安堵して)終わり」ですが、HOスケール日本型市場を育成する目的でやっている事業ですから感触を見ながら追加を考えました。

最初から「売れ筋」と見ていた
C551
C5530
C5550
C5552
C5557
の5種類についてキットと日本国内組立による完成品用のパーツを追加生産しました。

C5515は追加しなかった製品です。

この番号は追加予定無し、しかも早々に売り切れそうな情勢だったので私の買う予定の分はお客様への販売に回し、たまたま委託品として原宿店に出品されたものを買った1台がこれです。

私は自社製品でも弄ったり改造したりしてしまいますので「中古で充分」という意識です。



製品化対象として、C5515は普通のK-7門デフ機だから選びました。

一次型C55には試作門デフが多く、普通の門デフ機ではC553とC5515の2台が長く生残ったカマでした。

C553を大好きな友人が居るので、C553にかなり惹かれたのですが、

① デフが細すぎるのが一次型の大きめのキャブとあいまって「クセがある」と思った事

② 取付ステー位置が特殊(恰好が悪い)なので

断念しました。

そういう私の選択に「なぜわざわざC5515なんだ?」という友人も居ます。

理由はさつき会館(以前の動労会館)に動輪とプレートが飾って有るC55がC5515だからかなと思います。

(井門は動労にシンパシーを感じているのか?と思われかねないョと心配しているのかナと思います)


さつき会館;毎年軽便祭が開かれるのでこの会館に出入り出来ます。

また動労といえば「革マル」ということで、出入りするだけで公安に目を付けられるぞ!と脅かす人も居ます。


そのさつき会館のC5515の動輪とプレート。

1067mmでなくゲージをもっと縮めて居ます。 (多分場所をとりすぎるからでしょう)
もしや762mmでは!?

だから軽便祭はこのさつき会館なのかも・・・ (真面目に言えばその可能性は無いですが)


さてC55の動輪ですが

“スポーク動輪”と表現される事が最近ままあります。

昔は“水掻き付きスポーク”ときっちり呼んでいました。

この動輪は“水掻き付きスポーク”であって“スポーク”ではないと思います。

C55という機関車を表現する時にはこの動輪の表情がちゃんと出せているかどうかが重要だと感じています。

そして、
最近C57がすこしもてはやされる傾向があります。

昔はC57は所詮C57であって別段特別美しいものだという論調は無かったと思います。

C57がもてはやされる情勢を見た「C57があまり好きではない」人が

「あれは貴婦人ではなく、安全靴(或いは長靴)を履いた貴婦人である」

言いました。(C55の方が良いと言いたいのかもしれません)

「なかなか上手いことを言った」と受け取られている様子です。



私は、言った人も「そうかな」と思った人も実物のC55やC57をたっぷり撮ったり観察した人ではないのでは?と思います。

実物のC57のボックスポーク(BOXPOK)動輪を観察して安全靴の重さは感じません。
だから、この発言をした人物は観念でモノを言っていると思います。

そして、その観念の根元にあるのが16番のC57です。

ボックスポーク車輪は薄い板を袋状になるように鋳物で作ったモノで、重量はスポークより軽く、強度は遙かに強いというスグレモノです。 (←私は特に好きではないですが)

実物は薄いです。 車輪全体が薄い。

そして狭軌車両ですから、実物は「薄い大径の車輪がこんなに奥まった所に付いている」という感覚です。

C57においては「まあ大丈夫」ですが、C62の場合は「華奢な下回りに不安を感じる」くらいが自然な感覚だと思います。


その実物を見た感じと極端に違ってくるのが16番鉄道模型です。

① 動輪が分厚く

② 大幅に外に張り出している

ので極端に機関車全体の印象が変わってきます。

実物タイヤ厚135mmを1/80すると1.6875mmです。

日本型16番には規格がありません。
そこでNMRAのHO規格を準用していますので2.74mmです。 (フランジの高サも問題です)

車輪の見た感じの厚さは「1.6倍超」ある事になります。

ゲージが広すぎる事による下回りのごつさに加えてこの「車輪の厚み」が加わるので日本型蒸機の実機の印象と大きくかけ離れてしまいます。

「安全靴を履いた貴婦人」は実物のC57を観察した事のない人物が意識の中に有る16番のC57の印象で言い出した言葉だと思います。



さて、その一方のC55の水掻き付きスポークですが、結構“重い”感じです。

実際の重量もスポーク車輪と比べてもかなり重いのではないでしょうか。

私がIMON初の蒸機製品の題材にC55を選んだ理由は水掻き付きスポーク車輪のお蔭で「拙い部材」が使われても見えないからです。

拙い部材;小さくないオイルレスメタル(焼結)です。

オイルレスメタルはHOサイズの模型にとってアキレス腱です。

16番蒸機を散々やってきた私が「これではどうしようもない!」とその道を棄てる気になった原因のひとつは、他の仕上げを考えれば考えるほど目立ってくるオイルレスメタルです。

「自分がメーカーになって造る以外に無い」というのが結論です。

オイルレスメタル問題の解決策は

① オイルレスメタルを使わない道を捜す
② 小さなオイルレスメタルを開発する
③ 判らない様に動輪の軸をうんと細くして小さなメタルを使う
④ 黒い材料で造った焼結を使う
⑤ どうしようもない場合、最後の手段で「見えない形」にする

結果は⑤で解決したのですが、C55の時代は「制作に韓国を使うしかない」ので拙い部材=「無様なオイルレスメタル」を使っても外から見えないC55を選んだのです。

(他に小さい理由として「私はライトパシが好きだから」というのがありますが)



話が脱線ついでに、見えないオイルレスメタルが必要なのはホンモノのスポーク動輪機です。


1977-08 東独ドレスデン機関区 01-2120(シリンダーブロックも原形の美しいヤツ!)

ホンモノの旅客用大径スポークを味わったのはゼロイチでした。
直径2000mmでスポークは21本です。

日本の1750mm動輪はC51前半までがスポーク17本、以後は18本、混用していたカマ(C5180)もあり、模型化するときどうしようか悩んでいます。

蒸機のスポークというモノは直径10cmにスポーク1本が常識です。

日本は平気で偶数本数にするのですが、常時高速走行する独逸などでは絶対に奇数にします。
日本蒸機の860mm先輪は8本、ゼロイチの850mm&1000mm先輪は9本です。

(C55機関車部のブレーキは片押し式で3軸の動輪のみ;ゼロイチは全軸にブレーキ、動輪は挟み込む強力ブレーキなのに注目!)


1977-08 東独 バインベーラ南方110km/h程度で加速中(最高速度は130km/h)のSSV(シュタットシュネルフェルケール;都市間急行)

スポークは「流す」とタイヤと軸を残して消えます! (すみません適切な写真が無くて・・・紙焼きがあるのはほんの一部という現状です)

C55はスポークではないのです。 日本の大径スポークはC51、C53、C54です。


1976-07-29 東独 ゲラ 41-1036

ついでながら独逸にも水掻き付きスポークが有ります。 (動輪径1600mmのミカド)
しかし、C55とは随分表情が違う水掻きですね。

でも「C55ほどスポークを棄てていないな」と思います。

ボックスに移行してしまう日本と独、英などあくまでスポークしか認めなかった人達の「思い」の差が現われている様に思います。


カプラーを取り替えの機に写真を撮っておきます。

ところで韓国での製造は「カンミュンモデル」です。
光明(カンミュン)市というソウルに隣接した街に有りました。
亜進(アジン)精工も近かったですが、Ajinはソウル市でした。
蒲田と川崎といったところです。

カンミュンモデルは鉄道模型からフェードアウト中の三弘社(サムホンサ)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%BC%98%E7%A4%BE

の優秀な組立職人が独立して始めた「組屋」でした。

彼らの売りは「組立」だったのですが、肝心の有名社長が目を患って組立ラインから外れたという大きな誤算があったのです。


ヘッドライトは私の好みで「ヘッドライトの後からコードを出す」という思い切った造りでした。

天賞堂がイルミネライトになる前、1990年頃発売した16番C57に使って居たやり方です。

実物蒸機もヘッドライト後側に配線がこの形で付けられているモノが多いのです。

スーパーディティールとなればこの配線を細い線を半田付けして表現しなくてはならないのです。

乗工社や天賞堂の「幽霊屋敷」(薄暗いヘッドライト)は我慢できなかったのです。

               ↑乗工社製D5195

クリックで拡大できますのでヘッドライト後部を見てください。 →これも「嫌」だったのです。

16番のC55を作ったとき、配線を通す部分をヘッドライト台座部分にして、ヘッドライトと煙室扉を一体ロストワックスにすることによって目立たなく出来ました。

それから1/87にもそれを持ち込んだのです。









IMONのC55の自慢は「完璧に出来た」と思っているドームの形状です。

ボイラーは3ピースで、継ぎ目をボイラーバンドで隠す構造です。

ドームの縁の厚さが目立って欲しくないことなどからドームに干渉する位置のボイラーバンドだけはエッチングとしてあり、それ以外は手巻きにしています。

日本型蒸機の持つ表情をちゃんと出せるように主要な機器類のロストワックスパーツは乗工社蒸機と同じモノを日本から支給しています。

自慢の「つかみ棒」も日本からの支給です。

 (契約数より多く「出来ちゃった」模型を日本の委託品市場に流す事を防ぐ目的も有ります)

網目は乗工社の網目と同じです。 同じ「原稿」を送りました。

動輪は太い直径の洋白棒が韓国では手に入らないので日本から飛行機の「預け荷物」で運びました。

テンダーやテンダー台車は「非乗工社」で行きました。

テンダー台車のマクラバネに2列のカマと3列のカマがあり、此処はパーツ支給も乗工社の真似も厄介だと判断したからです。

ファウルハーベル1717S+ギヤ比1:36です。

韓国でこのC55を作る一方で乗工社にはC51を発注していたのでした。