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ともだち

子供が聞かれていやな質問の中に
「ともだち、いる?」
というのがあります。もちろん、たくさんの友達がいる子供はそうでも、ないのでしょうが、案外、聞かれて困る質問のひとつのようです。
「誰と、誰がともだち?」
というのも、答えにくい質問。でも、お父さん、お母さんとしては聞いておきたい質問ですが、本当のことを言えば、あまり答えたくない質問でしょう。

 私は、息子の友達の名前は知っています。家や外に遊びに行ったり、電話がかかってきたりしますから、何々君が友だちらしいということはわかりますし、息子の話を聞いていると、誰がどうしたということが、時折でてきますから、それが友だちだろうと思います。娘も同様に、そういう話から多分、友だちはだれだれだと推測はできますが、面と向かって、
「誰が友だち?」
ということを聞いたことはありません。

「親友は誰?」
この質問も子供たちにとって答えにくいようです。友だちと親友はどこが違うのか。もっと突っ込んで言えば、友だちというのはいったいどういう定義なのか?子供たちにとって友だちは、いっしょに遊ぶ仲間が全部友だちといえますし、いつもいっしょに遊べば親友になるのかもしれませんが、そんな意識は毛頭なく、したがって友だちを分類するということは、あまり気持ちのいいものではないようです。

 ところが親の立場で言えば、事情はだいぶ違ってきます。誰とつきあっているのかは、気になるところです。悪い遊びを覚えないかとか、図に乗って何か悪いことをしやしないか、心配すればきりはありません。その結果として
「何々ちゃんと遊んじゃだめよ。」
というようなことを言われるお母さんもいらっしゃるのではないでしょうか。

 これは、子供たちにとっては心外な話です。自分の友だちに何てことを言うんだという気になるかもしれません。親に対する不信感が出てくる場合もあるでしょう。また、反面、親の言うことを良く聞く子であれば、対人関係が消極的になってくるかもしれません。

 友だちは大いにこしたことはないし、誰とでもつきあっていけるような陽気さは、人間的な魅力の源でもあります。もちろん、遊んでいるうちに、悪いことをやる場合もあるかもしれませんが、それはそれで勉強。悪いことは悪いと、きちんと教えることの方が大事ではないかと思います。それに、悪いことをきちんと教えていけば、子供自身にも防衛する力が出てきますから、そういうことに関わらなくなってきます。

 親は子供を保護する立場から、いろいろな心配をします。心配は、決してなくなりませんから、心配すればするほどそれは不安につながっていきます。したがって余計なお世話が始まる可能性があるのです。

 子供にはいろいろな経験が必要です。友だちづきあいはその最たるものであって、その中で子供たちはいろいろな勉強をしていきます。しかし、子供のころにそういう経験がなければ、社会に出て困ることも多くなるでしょう。

 最近、ひきこもりという現象が話題になっています。子供たちはテレビもあれば、パソコンも、テレビゲームもあるので、一人、自分の部屋の中で多くの時間を過ごすことができます。それで十分に満足できる楽しみが用意されている以上、あえて面倒な人間関係にまきこまれなくてもいいと考えることも可能なのです。

 これは今までの歴史の中では、なかったことですから、親としては気をつけなければならないでしょう。だから、今はより一層、子供たちが積極的に友だちと遊ぶことを大事にしなければならないと思うのです。

 友だちがだれか?ということを詮索するよりも、まず大いに友だちと遊んでもらうということを心がけてください。その中で子供たちはいろいろな経験をするでしょう。失敗もするでしょうが、その失敗からまた多くを学べばよいのです。

 でも、消極的な子供もいます。なかなか子供たちの輪に入っていけない子もいるのです。
以前、夏合宿にでかけたときのことです。自由時間に昆虫採集をしてよいということになって、私はそのグループの監視役でいっしょにでかけました。夏のスキー場は、以外に多くの蝶やバッタがいます。大きく見渡すことのできるゲレンデに出たので、私は子供たちに自由に昆虫採集をはじめていいよと言い、自分は岩の上にこしかけて、子供たちの様子をみていました。子供たちはみな、思い思いにグループになって、昆虫を追いかけ始めたのです。しばらくして、ふとひとりの男の子が目にとまりました。A君は5年生ですが、クラスでも目立たないタイプの子です。積極的に子供たちの輪にはいっていけるタイプではありません。彼は網をもったまま、じっとしているのです。私は岩をおりて、彼のところに行きました。
「どうした?昆虫採集はしないのかい?」
「ううん、やるんだけど。」
と言いながらも、彼は動こうとはしません。おかしいなと思いました。彼が昆虫採集をしたことがないはずがありません。むしろ生物は好きな方です。ふと、思い当たるふしがありました。彼の班は6人なのですが、どうも、彼はその中に友だちがいないようで、部屋の中にいても、一人でマンガを読んでいたりしたのです。
「そうか、じゃ、いっしょにやろう。」
私は彼の網を貸してもらい、彼に虫かごを持たせ、歩き始めました。
「何がほしい?」
「バッタがいい。」
「そうか、バッタだな。」
夏のゲレンデにはバッタはたくさんいます。それほどの時間もかからず、彼の虫かごには7匹から8匹のバッタが入りました。ところが、私が彼といっしょに、虫取りをやっているのを見たほかの子供たちが、回りに集まり始めたのです。
「先生、何とってんの?」
「バッタ。」
「へえ、見せてよ。」
何人かの子供たちがA君のまわりに集まりました。
「すげえ、いっぱいいる。」
「これ、どうすんだ?東京に帰る前に死んじゃうぜ。」
とA君は、
「ううん、飼うんだよ。えさをやれば、大丈夫じゃないかな。」
と話始めたのです。私の思ったとおり、彼は虫が好きだったのです。だから、いろいろな知識を持っていたので、バッタの飼い方をその場でほかの子供たちに説明していました。
「そうか、なるほどね。よし、俺もバッタとろう。」
「なあ、な、いっしょにとろうぜ。教えてよ、バッタのえさは何?」
その間も私はバッタをおいかけていたのですが、気がつけば、彼の周りには5~6人の子供たちがいて、その中には彼の班の子供もいました。
「ほい、今度は君の番だよ。」
私はA君に網を渡しました。その顔はさっきまでとは大違いです。
「先生、キュウリ、どこかにある?」
とA君。
「あるんじゃない?ホテルの食堂の人に頼んでみたら?」
「やった!じゃ、どんどん、とろうぜ。よし、行こうぜ」
と回りに集まった子供たちにひっぱられて、彼はバッタ取りにでかけていきました。

 その晩、彼の部屋に見回りに行くと、彼の虫かごにはていねいに、えさや土が入れられて、その回りでその班の子供たちが、バッタの様子を見ています。
 子供たちが、バッタのことを聞くたびに、A君はにこにこしながら、答えていました。
もう大丈夫でしょう。彼にとって、この合宿はとても楽しいものになるに違いありません。

 たいしたきっかけではなくとも、子供たちが積極的な気持ちになれば、友だちはたくさんできていきます。そういう意味で、親が気をつけなければいけないことは、子供が友だち付き合いに消極的にならないようにすることなのです。今の子供たちはテレビゲームでもマンガでも、ひとりで遊べるものをたくさん持っている分、友だち付き合いに対して消極的であっても、あまり困らないのです。ですから、
「何々ちゃんと遊んではいけない」
のような、話はしないで、むしろ元気よく友だちと遊びにいけるような雰囲気を作っていただきたいと思います。
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