余談・・・・白水阿弥陀堂・余録:実寸と見えがかり

2008-10-16 22:04:11 | 日本の建物づくりを支えてきた技術

[図版 更改、説明追加 10月17日 17.37]

古寺等の建物を実際に見たあと、実測図面を見ると、断面図、立面図に描かれている屋根の大きさに驚かされるのが常です。
これは、現代建築で普通の平らな屋根ではそれほど感じません。寺社建築は勾配屋根だからなのです。

「白水阿弥陀堂」の場合について、「断面図」と「視角」の関係を調べてみたのが上の図です。
この図は、上掲の正面写真を撮った位置に立つとき、建物の屋根がどのように見えるか、を簡単に図にしたものです。
写真上の比率と図解の視角の比率とがほぼ同じですから、この写真は実際に目にする建物の姿とほぼ同じ、と考えてよいと思います。

この図から、「実際の寸法」と「視角」では、屋根部分と屋根下部分の比率がほぼ逆転していることが分ります。
もしも実寸どおりに見えたなら、頭でっかちの建物に見えるはずです。しかし実際は、丁度よい大きさに見えます。遠くのものほど小さく見える:透視図的な効果のためです。

   註 建物から離れるにつれ、立面図に近く見えるようになります。
      逆に言えば、立面図とは、無限の遠くから見た建物の姿なのです。
      [文言追加]

寺院建築は中国寺院の影響を強く受けています。そのため、初期の寺院建築の屋根は、中国にならい緩い勾配です。「新薬師寺本堂」は、その典型と言ってよいでしょう(下記参照)。

   註 「日本の建物づくりを支えてきた技術-6・・・・初期の寺院建築」

しかし、緩い勾配の屋根は、日本の気候に合いません。よく雨漏りが起きたようです。そのため、徐々に勾配を急に変えるようになります。
勾配が急になった屋根は、それ以前の屋根に比べ、見える姿:「見えがかり」がまったく変ってしまいます。急な勾配の屋根の方が「屋根の存在感」が感じられ、建物全体も安定した感じになります。
おそらく、屋根の急勾配化は、雨仕舞と同時に「見えがかり」にも留意して建物をつくるきっかけになったものと思います。

試みに、上掲の図上で、「白水阿弥陀堂」の屋根を「新薬師寺本堂」のような緩い勾配に変えてみてください。まるっきり印象が変って見えるはずです。

下段で「唐招提寺金堂」の当初の姿と屋根を変えた後の姿とで、視角がどのように変るか、つまり、「見えがかり」がどのように変るかを図解してみました。その下の図は、当初(推定)と現状の正面図です(同一縮尺)。

「白水阿弥陀堂」は、平安時代も大分経ってからの建設ですが、奈良時代の末、平安時代の初め頃から、「見えがかり」における「屋根の効果」を意識した建物づくりが増えてくるように思えます。
そして、そういう屋根をつくるには、屋根裏に仕込まれる「桔木(はねぎ)」は、きわめて有効かつ便利な工法でした。


このような「見えがかり」に対する感覚は、時代を経てさらに研ぎ澄まされます。
最下段の図は、奈良・今井町に現存する1662年建設の商家「豊田家」の断面図です。左が梁行、右が桁行断面。

建物は総二階建て(二階建て建物の初期の例)、主体は切妻瓦屋根で、妻面は入母屋屋根風になっています。

梁行断面図の左側が街路、つまりこの建物の表側になります。
街路に面した部分は、屋根が二段になっています。下段の屋根の勾配は、上の本体の屋根勾配に対して、緩くなっています。
この方法は、屋根を二段に構えるときの言わば常套手法と言ってよく、こうすることで、街路を歩く人の目には、同じ勾配に見えるのです。

この勾配は、主として人がどの位置から見るか、つまり普通に歩む人の位置の建物からの距離に応じて変わります。つまり、一律ではなく、建物によって(建物がどのような場所に建つかによって)異なります。

いわゆる昔の町の街路(たとえば「伝統的建造物群保存地区」など)が心地よいのは、各建物をつくる人それぞれが、建てるにあたって同様な配慮を心がけているからだ、と言ってよいでしょう(材料や色彩が揃っているから、ではないのです)。

桁行断面図をみると、屋根の幅が、棟位置よりも下の方が小さくなっていることが分ります。
これは、切妻屋根の妻側の「軒」(側軒)の出を、上と下で変えているからです。大工さんはこういう細工をすることを「破風尻(はふじり)を引く」と呼んでいるようです。
この細工を施した建物を実際に見ると、側軒が妻の壁面と平行になっているように見えるため、この「出」の違いには気付かないのが普通です。これも遠くのものは小さく見える:透視図的な効果を考えてのことです(ただ、瓦葺屋根の場合は、瓦を摺って寸法を調整しなければなりません)。

このような「細工」は、どのあたりから建物を見るか、つまりどのように建物が目に入ってくるか、によって異なりますから一律ではありません。
それゆえ、そのあたりは、工人たちの感性・感覚に拠るところが大きく、工人の腕のみせどころでもあったようです。

勾配屋根の設計で「その場所に適切な屋根の勾配」を決めるには、「立面図」での検討は無理で、「周辺を含めた断面図」上で検討することができます。ただし、そのためには(そういう感覚を身につけるためには)、実際の建物に接するとき、常に「断面図を描いてみる」ように努める必要がありそうです。


次回

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする