私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

Add Women and Stir (2)

2012-06-27 10:00:38 | インポート
 前回の終りに掲げたワシントン・ポスト の妙な写真記事“The best and worst countries for women,”の写真の並びを再録します。:
(1)カナダ(2)ドイツ(3)英国(4)オーストラリア(5)フランス(6)アメリカ(7)日本(8)イタリー(9)アルゼンチン(10)韓国(11)ブラジル(12)トルコ(13)ロシア(14)中国(15)メキシコ(16)南アフリカ(17)インドネシア(18)サウジアラビア(19)インド。
各写真に付いている説明の中味を読むと、並びの順は国々の女性の地位の良い方から悪い方になっているようです。少し抜き書きしてみます。
(1)カナダ:中央政府が任命した判事の三分の一と大学卒の62%は女性である。(2)ドイツ:首相は女性だが会社重役の12.5%しか女性は占めていない。(5)フランス:16週間の有給(減額なし)出産育児休暇が与えられる。(6)アメリカ:大学修士号取得者の60%は女性。一方、2千3百万人の女性が医療保険を持っていない。(7)日本:女性の平均寿命は87歳だが、国会議員の11%を占めるだけ。(13)ロシア:DV(家庭内暴力)が凄まじく、年間14000人が死亡。(14)中国:男児優先のため、2008年には、百万人の女児が死亡ないし行方不明(missing)。(17)インドネシア:90%の女性が職場でセクハラに苦しむ。(18)サウジアラビア:2011年になって初めて女性の投票権が認められた。・・・・・
こんな調子です。ニューヨーク・タイムズとともにアメリカを代表する新聞であるワシントン・ポストがわざわざ用意したフォトエッセーとして、これは何を意味するのでしょうか?単に杜撰な記事ということではあるまいと考えると、私の脳裏に一つの新造語が浮かびました。マスコミによる大衆の“ソフト・マニピュレーション”、杜撰どころか、ここには実に見事な大衆世論の操作の意図が込められている、という見方です。あながち私の被害妄想ではないかも知れません。ロシアや中国に対するdenigrations もなかなかグラフィックでパンチが効いているではありませんか!
 私の言う、大衆の“ソフト・マニピュレーション”がどのようなものであり得るかの飛び切り上等の例として、前回取り上げたシカゴ市の教職員組合つぶしの動きに関連して俄に脚光を浴びている Change.org と名乗る組織(会社)を挙げたいと思います。この『チェンジ・ドット・オーグ』という“世界で急成長するソーシャル・アクション・署名プラットフォーム”は、5月30日現在、日本でも約15000人が既に登録しているとのことですし、積極的な支持者も多いことでしょう。Wikipedia にも“Change.org is a left wing organization that claims to allow anyone to address grievance by petition, but will not allow a Christian position on gay rights or even a non-union friendly petition.”と書いてあります。ご存じない方は、ネットで「change.org とは」で探してみて下さい。いい事ばかりが書いてあります。ですから、私が突然『チェンジ・ドット・オーグ』は大衆の“ソフト・マニピュレーション”の好例だと断定したことに腹を立てる人も多いかと思います。この判断は綿密冷静な探索の結果というよりも、アメリカというシステムの作動様式についての私の個人的な gut feeling に基づいていますし、もっとちゃんとした議論は又の機会に試みることにして、シカゴ市の教職員組合つぶしに話を戻しましょう。
 「問題提起と活動呼びかけ(petitions, 陳情請願)を専門」とする進歩的な「ピープルパワーサイト」として使用者数が1000万を突破したとされるChange.org が、Michelle Rheeという遣り手女性の率いる StudentsFirst と名乗るグループの反シカゴ市教職員組合的呼びかけの署名集めを一度は請負い、あとでChange.org サイトの支持者たちの抗議に直面して、StudentsFirst のペティションの掲載を取り消すという事態が発生しました。同じような事が、もう一つの反教職員組合グループStand for Children からの署名集めのペティションについても起りました。この二つの反組合反公立学校のグループ、『生徒たちを第一に』、『子供たちを守れ』、名前からして胡散臭いではありませんか。彼らの賛成署名集めの訴えは、「シカゴ市教職員組合がストライキすれば、一番ひどい目にあうのは40万人の生徒たちだ。彼らを人質にするな。」という調子の巧みな文言で、組合が悪いとも、私立学校のほうが子供のためになるとも、あらわには言っていません。しかしこの二つのグループがシカゴ市長エマニュエルとオバマ政府の教育相ダンカンが強引に推進する組合つぶしと私学振興の政策にぴったりと寄り添っていることは,少し調べてみれば明白になります。今度の『チェンジ・ドット・オーグ』騒ぎまで、私は Michelle Rhee (韓国系アメリカ人)という猛烈な才女を知りませんでしたが、アメリカというシステムの中で猛烈に生きて、アメリカン・ドリームをつかみ取る女性たちに共通する一種の危うさをこのセレブ教育家にも見てしまいます。彼女の現在の夫はかつてのプロ・バスケットボールの名手ケヴィン・ジョンソン(黒人)、彼は今カリフォルニア州の州都サクラメント市の市長です。短絡的に言えば、この才女の存在の故に、アメリカの女性教師たちの多数が職を失い、不当に長時間労働を強いられ、彼女らの人権が侵害される事態になるのではないかと、私は真剣に恐れます。シカゴの貧困地区(黒人地区)の子供たちは既にクラス当り50人の過密さに苦しんでいます。ちなみに、『チェンジ・ドット・オーグ』は、はっきりと“for profit”を標榜した組織です。シカゴ市教職員組合関係の記事は沢山ありますが、二つだけ挙げておきます。一つはハフィントンプレスのもの、もう一つはコモンドリームのものです。
http://www.huffingtonpost.com/2012/06/19/changeorg-michelle-rhee_n_1610760.html
http://www.commondreams.org/headline/2012/06/20-0

 さてアフリカのごろつき失敗絶対独裁国家エリトリアでの女性の地位はどうでしょうか。エリトリアについての私の主な情報源は次のTesfaNews.net です。

TesfaNews.net is a blog dedicated to inform, entertain and inspire the Eritrean people inside and abroad by amplifying every positive news about Eritrea
Seattle, Washington ? http://www.tesfanews.net

これは明らかにエリトリア政府直属の情宣活動機関でしょう。それでも、利用の仕方に十分気をつければ、大変役に立ちます。まず提供されている記事を多数(出来れば数十)読んでみて、引いてあるオリジナル・ソースを出来るだけチェックしてみることです。記事全体の語り口をじっくりと読み取ることも大事です。いささか流行遅れの表現を使えば、空気を読む努力ということになりましょうか。上のサイトの自己紹介: “エリトリアについてのポジティブなあらゆるニュースを増幅する”にしても、この種のPRサイトにしては、なかなか正直だと私はむしろ好感をさえ持ちます。東京のエリトリア大使館のホームページについても同じ事が言えます。我が外務省の海外安全ホームページとあわせて、両方とも注意深くその空気を読んで下さい。必ずや得る所があります。
 TesfaNews.net の一記事によると、エリトリア政府は国家予算の45%を学校教育に投じています。これは他にもチェックする手段があって信頼できるデータです。一方、私が信頼する吉田健正著『戦争依存症国家アメリカと日本』(2010年)によれば、アメリカの軍事費は国家予算の20%超、全世界で使われている軍事費の実に43%を占めています。この暴力国家アメリカがUNを操って貿易制裁措置をとって虐めているエリトリアと、“Add Women and Stir”式の味付けの上手なアメリカのどちらが、本当に人間的立場から、学校教育や女性のことを大事にしているか、エリトリアの具体的データをもとにして、次回に論じます。

藤永 茂 (2012年6月27日)



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