私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

テリー・イーグルトンとサッカー

2010-07-07 11:00:00 | 日記・エッセイ・コラム
 今日のブログとして『ルワンダの霧が晴れ始めた(2)』を一応書き上げていたのですが、この所、ルワンダについての報道記事が多数目について、もう少し時間が欲しくなりましたので、サッカーのワールドカップ南アフリカ大会に関係したことを以下に書き綴って埋め草にします。
 スポーツは不思議なものです。スポーツと言っても、この場合、スポーツ観戦のことですが、福岡に住んでいると、いつのまにかソフトバンク・ホークス贔屓になってしまいますし、今回のサッカーにしても、選手の名前もほとんど憶えてないような有様でも、我知らず、手に汗を握って、日本チームの勝利を願う自分を見出します。お相撲にしても、いつの間にか、勝たせてやりたいと思う力士の立ち合いを見ていると、どきどき動悸がたかまるようになってしまっています。
 しかし、テレビなどのマスメディアのスポーツ・ニュースへの力の入れ方は異様なまでに過剰ではありますまいか。7月4日(日曜)の朝7時のNHKの ニュースでは、はじめの10分間ほどが一般ニュースに当てられ、それからの20分ほどのスポーツ・ニュースでは三人のキャスターが大声を上げ、近頃すっかりはやりになった「ねーーーーー」、「ねーーーーー」という、メーメー子山羊の鳴き声のような、感嘆強調詞を乱発しながら、お喋りを交わしていました。しかも、本当に貴重な10分間の一般ニュースには、東京の何処かで火事があり二人死者が出たニュースが含まれていました。いつも思うのですが、火事というのは、よほど異常な出火とか多数の死者が出た場合でなければ、ローカル・ニュースとして取り扱ってほしいものです。国内にも国外にも、日本人全体に知らせてほしい大事なニュースがいくらでもあるはずです。ただ一つだけ最近の例を挙げれば、今度のカナダでのG8/G20会議をめぐって、開催地トロントでは、1万人以上の人が反対デモに参加し、1万人以上の警官がデモの鎮圧に出動して、逮捕者1千人を出しました。この世の中がどうなっているのかを知らせてくれるのがニュース番組だとすると、東京での個人宅火災よりも、トロントでのG8/G20反対デモの方を選ぶべきではないでしょうか。NHKは、デモが良いか悪いかの判断を示す必要はありません。ただ事実を報じてくれればよいのです。視聴者の各自に判断をまかせればよいのです。
 判断を下すといえば、今度のサッカーW杯の熱狂についても、腰の据わった嫌みの一つぐらい聞こえてこないものかと思っていましたら、テリー・イーグルトンがその役を果たしてくれました。イーグルトンといえば、20年ほど前に、“文学とは何か”という問題をめぐって、日本でも大流行りをした名前ですが、パンチ力のある一言居士である点は、今でも変わりません。guardian.co.uk, Tuesday 15 June 2010にイーグルトンの次のような表題のサッカー評が出ています。:
『資本主義の親友:サッカー(Football: a dear friend to capitalism)』(ワールドカップは進歩的変革の妨げ。人民のアヘンは今やサッカーだ。)
嫌みたっぷりの文章ですが、さすがはイーグルトン、安っぽくはありません。一読に値します。例えば次の一節:
「儀式と象徴を剥奪された社会状況に、ランボーといえば映画の怪力男のことだと思うような大衆の審美的生活を豊かにすべく、サッカーは参入して来る。スポーツは大掛かりな見せ物だが、軍旗のパレードを観るのとは違って、観客の熱烈な参加を求めるものだ。日頃の仕事から何の知的要求も求められない男性女性たちが、サッカー競技の歴史を振り返ったり、選手たちの個人技を分析したりするとなると、驚くべき博識を披露することになる。造詣を傾けた議論が、古代のギリシャの集会よろしく、屋台や飲み屋を満たす。ベルトルト・ブレヒトの劇と同じく、サッカー・ゲームは普通の人々をエキスパートに変える」
このテリー・イーグルトンの意地悪な皮肉に対して、いつもは辛口のスポーツ評論家Dave Zirinは、同じguardian.co.ukで、スポーツの良いところを強調して、厳しい反論をしています。
 私が購読している西日本新聞に次のような興味深い共同通信記事がでました。サッカーのエキスパートの皆さんはご存知のことでしょうが、再録します。
■ 日本臨時収入9億円(16強進出にはFIFAから、選手には協会から報奨金)
ワールドカップ(W杯)南アフリカ大会での日本代表の大健闘で、日本サッカー協会には「臨時収入」がもたらされる。2大会ぶりにベスト16に進出した日本は、国際サッカー連盟(FIFA)から賞金など合計1千万ドル(約8億9千万円)を受け取る。
 FIFAが定めた今大会の賞金は、最低の1次リーグ敗退でも800万ドル。このほかに出場準備金として一律100万ドルが支給される。賞金額は勝ち進むごとに上がり、16強進出チームで900万ドルとなる。日本がもしパラグアイに勝ってベスト8に進出していれば出場準備金と合計で1900万ドル、岡田監督が目標に掲げていたベスト4進出なら同2100万ドルとなっていただけに、関係者にとっては惜しまれるPK戦での敗退だった。
 日本サッカー協会は選手への報奨金の金額を公表していないが、前回を踏襲して、出場時間にかかわらず最終登録23人全員に1次リーグ1勝につき100万円と、ベスト16入りで500万円を支給するとみられている。
 優勝チームは、出場準備金を含めて3100万ドル(約27億6千万円)を手にする。(共同)■
この記事を読んで、「よし、ぼくも絶対W杯選手になるぞ!」と、富と栄誉、両手に花の夢をふくらます少年もいれば、「動くお金の額が大きすぎるのでは?」と素直な疑問を抱く少年もいるでしょう。具体性のある正確な情報を提供することは、本来、ジャーナリズムの大切な役目です。善悪の判断を下して貰わなくともよいのです。NHKにしても、FIFAが競技のテレビ放送権の形でどれだけ巨大な収入を手にするか等について、FIFAとW杯の全体のアカウンタビリティについて分かりやすい解説をしてくれると大変有難いと思います。

藤永 茂 (7月7日)



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