glimi

生きること:過去と未来とエスペラントと

友の訃報

2022-01-29 23:50:48 | ひとりごと
 午後、友の訃報を受けた。受けたのは夫。同じ県内に住んでいるのに連絡をくれたのは長野の佐久市に住んでいる友人で長いこと佐久病院のケースワーカーをしていたクラスメイトでした。学生時代の思い出が色々と蘇りましたが、それほどの驚きはありませんでした。強いて言うなら私にもその時期が近づいているなという感覚でしょうか。

 昨年四月、大磯に散策に出かけた時彼女が坂道の反対側を歩いていました。声をかけることができませんでした。なんという名称か知りませんが、疲れたら座れる椅子の付いたカートを押し、付き添いの方に声をかけられながら、時々躓き歩いていました。電話の時と同じく躓くたびに朗らかに対応していました。
 電話なら元気な自分を見せられるけれど現実に弱った自分をさらけ出すのは嫌ではないかと思うと声が出ませんでした。
 なんと元日には同じ年賀状を2枚もいただき、大丈夫かなと思っていました。暮れには電話がきました。コロナが落ち着いたらまた来てということでした。癌を患い20年に及ぶ闘病生活を送りましたが、いつも前向きでした。生き抜いたという表現がぴったりです。おいおい私たちも続きます。【合掌】

 電話を夫が受け取った時私はテレビで、’おひさま家族’というドキュメントを見ていました。色素性乾皮症という進行性の難病の少年の17年の生活の記録です。家族の生き方に涙が止まりませんでした。以前、アメリカだったでしょうか外国のドキュメントは見たことがありましたが・・・。

 太陽光を避けて暮らさなければならない少年。それを支える両親、兄弟、祖父母。おばあさんは孫の様子を残したいと次第に不鮮明になってゆく孫の言葉を記録して2冊目の絵本を発行していました。

 最後に父親の言葉、この17年間とても楽しかった!それは懸命に子どもと生きた人にしか言えない言葉だと受け取りました。兄弟の成長にも感激し、涙が止まりませんでした。

 久しぶりに泣きました。同情の涙ではありません。
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