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生きること:過去と未来とエスペラントと

古い切り抜き帳Ⅲ

2017-06-05 12:55:43 | 
  当時、大阪市立中央図書館勤務だった松岡享子さんはアメリカと日本の図書館利用に違いについて書いています。アメリカでは図書館を本を読むところですが、日本では学習の場になっていると。仕事の中で、時たま幼児に絵本を読んでやる時やお話をしてやると時に、わずかに児童図書館員らしい生きがいを感じていると。
 そして当時盛んに行われていた家庭文庫についても触れています。学校の勉強とは関係なく本を読む楽しみを得られる場となっていることが良いこと。ただしこれは本当は行政がすべきことを個人が肩代わりしているのであると。
 最近、この文庫運動はどうなっているのでしょうか。

 文庫運動に子どもの仕事をしている時に私も6年ほど関わりました。市立の図書館で300冊ほどの本を借り、長くて期間は3カ月だったでしょうか。一ヶ月に一度ほど図書館に行き本の借り換えを行いました。一人の子が興味を持った物語はなぜか他の子も読んでとせがみます。大人が面白そうと思ったものが結構子どもに受けない時があります。違う子どもが以前他の子に読んでやった本を読んでと云い、読み手は同じ本を何度も読むことになります。その本は前に読んでもらったからもう聞かないという子はほとんどいないのです。繰り返し同じお話を子どもたちは聞くのです。
 私自身もそうでしたが、本には不思議な魅力があるのです。

 最近、読む本はエスペラントばかりですが、私は本の内容を咀嚼せず、読みっぱなしと云うことが多いです。この咀嚼するということが本当は大切だとわかっているのですが!
コメント (4)
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