glimi

生きること:過去と未来とエスペラントと

ヴァシュティラスの若者とグニッラのこと

2005-07-17 11:32:04 | Weblog
 私を宿泊させてくれた若者は27才と言っていました。顔と友人のオーバンは思い出すですが名前が出てきません。

 スウェーデンには兵役があることをご存知でしょうか。それも自由意志で拒否できるのです。彼は兵役を拒否しました。その場合、兵役期間と同じ期間社会福祉施設で働かなくてはなりません。彼は老人ホームで働いたそうです。
 軍隊は嫌いですが、少なくともある時期が来ると若者は福祉についても考える機会あります。ある意味では羨ましいと思いませんか。

 彼の用意してくれた食事はバナナとキュウリとトマとパン、それにヨーグルトに生のブルーベリーが添えてありました。白いきれいなホタテ型の皿に盛り付けて見栄えよく演出していました。日本語だと見せてくれたヨーグルトの箱にローマ字でonakaと書いてあったことです。

 彼はコンピュウター技師で冬でも30分の距離を自転車で出勤しているとの事。この地は地域暖房してあるので大通りは雪は積らないがたまに凍っていることがあるので危険だけれど、寒さの中を走るのは気持が良いので止められないということでした。

 朝8時ウィンが来てグニッラの所に連れて行ってくれました。今日は彼女の休日です。家も庭の広く羨ましい限りです。部屋は子どもの部屋3つ、広い夫婦の寝室、応接間と台所と食堂でした。
 応接間には彼女の祖母が織った15cm×40cmほどの花模様の壁掛けがかかっていました。彼女は当時90才で、83才から織物を始めたそうです。スウェーデン織りは道具を使わないので幾つになってもできるそうです。
 備考: スウェーデン織りは枠に縦糸を張り横糸は指で通し、ホークで押さえて織ってゆく。

 障害のある息子のためのトイレやバスに手すりがあります。それは折畳式で上下にも動きます。付けっ放しだと他の家族には不便だからと言ってました。

 庭には夫が実家の森から一人で切り出して建てたというログハウスがありました。白夜はほとんどそこで過すそうです。彼女はエングホルム生まれですが、ヴァシュティラスの方が白夜が長いのでこちらが好きと言いました。『いつ寝るの?』と訊ねると『疲れたら目をつぶり、ゆったりと過すのが良いのだとか。白夜休暇があるかどうかは聞き忘れました。
 昼頃、グニッラの車でバス停へ。リムジンで空港へ向かい日本へ。

 その後、5年ほどグニッラとは文通しました。スウェーデンには日本のようにコロニーという大きな施設があったわけではありません。それでも障害者を地域で生活させようと、福祉施設を縮小する事になったそうです。家族が障害者と一緒に暮らすことを選んだ場合世話をする家族に職員と同じ給料を与えるのです。今までも金土日に帰宅していました。グニッラは外で仕事をするより息子と共に暮らせる方がよいと息子引き取ることにしました。彼女が言うには常に医師、心理臨床士、ケースワーカーが、サポートしてくれているので心配ないし、家に居れる方が息子にとっても良いと考え決断したと言うことでした。
 グニッラが忙しくなったので文通も途絶えました。

 その後のウィン:
 本当にウィンは脳に損傷を受けているのかも知れません。数年後にあった時ウィンは親しげに私に話し掛けました。しばらくして『君は商売の話しをした中国人だよね。』と言いました。『嫌だ、私は日本人・・・。』というと『失礼!間違った、僕は日本人には知り合いがいなかった!』と去って行きまました。実は帰国後、歌をあまり知らない私の為に歌のテープなども送ってくれていたのです。

   

 さて、明日から8月1日まで恒例の主婦休暇です。みなさんお元気で!!


 


コメント (8)
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