ホンダとトヨタ

 世界中の自動車メーカーが不振にあえいでいる。「売れる」ハイブリッドカーを持っているホンダとトヨタの二社はその中でも傷の浅い企業であり、世界の自動車メーカーの中でも最も速く回復を遂げるだろうと目されるが、それでも両社が大きな危機感を持っていることには違いはない。

 その現われの一つとして、ホンダは昨年12月、F1からの撤退を発表した。後になってからの噂ではあるが同時期にトヨタでもF1からの撤退が検討されていたという。つまり共にF1撤退を検討したわけだが、結果としてホンダは去り、トヨタは残る道を選んだ。そして2009年F1シーズンは開幕した。

 それから4ヶ月、シーズンを折り返す時期になり今度はトヨタがF1開催からの撤退することが報道された。この問題は半年前から度々噂が上がり、その度にトヨタ側が否定することを繰り返していたが、ついにトヨタ自らが撤退を発表することになったようである。

 ホンダは自らのチームが勝ち名を上げる道を捨てながらも、鈴鹿でのF1開催を継続する道を選んだ。自らの利益よりもスポーツとしてのF1、文化としてのF1を育てる道を選んだのである。世界最大の自動車メーカーとなったトヨタは、スポーツとしてのF1、文化としてのF1を育てる責務を放棄しながら、自らのチームで勝ち名乗りを上げるという自社の利益を優先する道を選んだ。

 この違いの出所を云い当てることは簡単である。2008年シーズンのホンダは勝利から一番遠いところにあったのに対して、トヨタは2009年には勝てるかも知れない位置にいたからである。しかしだ、郷秋<Gauche>はここでもう一つの理由をあえておきたい。それは両社のF1参戦の理由あるいは目的の違いである。

 ホンダは会社設立のその時から、誰よりも速く走りたいという願いを持っていた。おそらくそれは今も未来もホンダが持ち続けるDNAである。ホンダは走りたいのである。しかも誰よりも速く。たとえ自分が走れなくとも、そのためだけに美しくデザインされたクルマがコンマ1秒でも速く走る姿を見ていたいのである。そこに「採算」と云う言葉が入り込む余地はない。

 トヨタはと云えば、明らかに自社のマーケティング戦略に基づくF1参戦である。F1で勝てば世界中が注目する。国内においては取り分け弱い若年層に訴求する。F1で勝てば自社のクルマ売れるから。それがトヨタのF1参戦の唯一理由である。豊田章男氏がニュルブルクリンクを走ってみたところで、企業として常に利益が最優先される体質が変わるわけではない。だからこそトヨタは世界一のメーカーになれたわけだが、郷秋<Gauche>が応援したいのは、絆創膏や擦り傷があちこちにあっても、世界一にはなれなくても、やっぱり、やんちゃなホンダだな。


 例によって記事本文とは何の関係も無い今日の一枚は、緑濃いなるせの森の尾根道を行く軽トラック。
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