平安夢柔話

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山河寂寥 ある女官の生涯

2008-07-18 09:20:15 | 図書室3
 今回もまた、平安小説の紹介です。

☆山河寂寥  ある女官の生涯 上
 著者=杉本苑子 発行=文藝春秋・文春文庫 価格=630円

本の内容
 「賢すぎる子供は油断がならない」宮仕えの第一夜に淑子を傷つけた一言。しかし藤原一門の有力者の係累として、時に兄に叔父にまもられながら、後宮の恋を生き、文徳帝の変死、応天門の変、異母妹の美姫高子と在原業平の禁断の恋などを目の当たりに、宮中での地位と評価を築いてゆく。藤原淑子の前半生を描いた杉本文学の最高峰。

☆山河寂寥  ある女官の生涯 下
 著者=杉本苑子 発行=文藝春秋・文春文庫 価格=670円

本の内容
 藤原一族全盛の礎は築かれた。定省というみめよい養子を得た淑子は息子への愛情にかまけはじめる。しかし清和帝が譲位し、相次ぐ帝位の移り変わりに、宮中でいずれおとらぬ実力者となった淑子、高子、基経らは血類で野心を剥き出しにする。天変地異が続き揺れ動く都で、光孝帝が崩御し淑子の夢がかなう日がきた。


 この本、実は再読です。しかし、5年ほど前に初めて読んだとき、ちょうど家の引っ越しなどでごたごたしていた時期で、あまり集中して読むことができませんでした。なので、猫が出てきたことと宇多天皇が怖かったことと、藤原高子のわがままぶりが面白かった以外はそれほど強く印象に残りませんでした。なので、いつかもう一度しっかりと読んでみたいと思っていたのですが、最近ようやく読むことができました。以前に読んだときと比べるととても面白く感じたので、こちらで紹介することにします。

 この小説の主人公は、女官として最高位に昇った平安時代の女性、藤原淑子(838~906)です。
 淑子は藤原北家の藤原長良(冬嗣の長男)を父に、難波淵子を母に生まれ、両親や母方の祖父に慈しまれて少女時代を送っていたのですが、母と祖父の死によって運命が一変します。11歳になった淑子は、父の本妻である藤原乙春の住む本邸に引き取られるのですが、継母に冷たくされたことに反発したため、まるで追われるように、いとこに当たる皇太子妃、藤原明子のもとに宮仕えに出されます。

 しかし、それを不幸だと思わず、淑子はたくましく生き抜いていきます。やがて成長した淑子は、叔父の良房、兄の基経の計らいで、30歳近く年の離れた藤原氏宗と政略結婚します。氏宗には何となく好意を持っていたものの、「政略の犠牲になるのは嫌!」と思った淑子ですが、文徳天皇の死の真相を知ってしまいます。それは毒殺という衝撃的な事実だったのですが、淑子はこのことで、」女の指一つで政治を動かすことができるのだ「ということを学び、良房や基経の片腕となる決心をします。間もなく淑子は明子のもとを離れ、宮中の内侍司に出仕することとなります。

 30代前半で夫と死別した淑子はやがて、親しく交際していた時康しんのう・班子女王夫婦の三男である定省を養子に向かえ、時康親王が光孝天皇、定省が宇多天皇として即位する際に大きな役割を果たすこととなるのです。こうして、従一位尚侍という女官の最高位に上り詰めた淑子の生涯を、仁明・文徳・清和・陽成・光孝・宇多・醍醐と移り変わる激動の時代の歴史とともに描いた長編歴史小説です。

 この本を読んだ感想は、「久しぶりに正統派の歴史小説を読むことができた」ということでした。もちろん私は、完全なフィクションとして書かれた時代小説や、ファンタジー色の強い伝奇的小説も好んで読むのですが、このように一人の人物の生涯を時系列に沿って描いた歴史小説はやっぱり安心して読むことができます。

 もちろんこの「山河寂寥」もあくまでも小説ですので、作者の創作や推察も多いと思います。その中には、上で挙げた文徳天皇の毒殺のくだりなど、「そんなことあるのか…」と、私個人としては賛同しかねる部分もありました。しかし、全体的には史実をふまえて書かれていますので、この時代のことを楽しみながら学ぶことができると思います。特に、応天門の変については圧巻です。

 それから、ここが大切なことなのですが、登場人物がみんな個性的で生き生きしています。その筆頭は基経だと思いました。今回読んでみて、私は基経に対するイメージが少し変わりました。
 もちろん今までのイメージ通り、策略家で手段を選ばない部分(高子と業平を引き離し、二人の仲立ちをした高子の乳母をさっさと解任してしまうところなど)も描かれていますが、ちょっと抜けているところがあるのが人間らしいと思いました。基経は、清和天皇のもとに自分の娘を入内させ、その娘は貞辰親王という皇子をもうけているのです。基経は陽成天皇の退位のあとも次の光孝天皇の崩御のあとも、孫である貞辰親王の即位を熱望していたのですが、淑子の政略に推され、結局実現できなかった…と、この小説では描かれていました。もちろん基経の病気や地震など、色々な不運も重なったのですが私は、「彼の養父の良房だったら、絶対に貞辰親王の立太子・即位を実現させたのでは」と読みながら思いました。基経はそれだけ、人が良かったのかもしれません。このように小説の所々に、基経の人の良さそうな笑顔が浮かんでくるような場面があってとても好感が持てました。

 その他、在原業平・菅原道真・藤原高子といった脇役も魅力的で、彼ら彼女らについてもっと知りたいという意欲もわいてきました。これらの人物については、これから関連論文や小説を読んでみたいと思っています。

 それからこれは前回読んだ時と同じ感想なのですが、定省(宇多天皇)はやはり、私の思い描いているイメージと少し違っていました。何を考えているかよくわからなくて何となく怖いというか…。でも、この小説に登場する天皇の中では一番非情で、ある意味では帝王らしいです。何か後世の後白河天皇に似ているようにも思えました。これも宇多天皇の一つの姿なのかもしれませんね。

 最後に主人公の淑子について…。平安前期のこの時代に、政略に流されず、逆にそれを利用して自分の運命を切り開き、臣下の女として最高の位を手に入れた彼女の生き方は見事だと思いました。この時代の陰の権力者は藤原淑子だったのかもしれません。そんな一人の女性の生涯と平安前期の歴史、ぜひ堪能してみて下さい。


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