平安夢柔話

いらっしゃいませ(^^)
管理人えりかの趣味のページ。歴史・平安文学・旅行記・音楽、日常などについて書いています。

末世炎上

2008-07-02 09:03:18 | 図書室3
 今回は、最近読んだ平安小説をご紹介します。

☆末世炎上
 著者・諸田玲子 発行・講談社
 価格・単行本=1995円 文庫版=880円

本の内容紹介
 豊かな髪を持つ美貌の娘、髪奈女。記憶を失った髪奈女を拾い上げた、うだつの上がらぬ役人、橘音近。名門に生まれながら、無為に遊び暮らす在原風見。付け火に怯え、末法思想の蔓延る平安京で、大掛かりな政治的陰謀に巻き込まれるなか、三人は、ぎこちなくも、自らの生きる道を選び出す。傑作時代青春小説。

*画像は、私が所持している文庫版です。

 講談社のメールマガジンでタイトルを見て興味を持ち、ネット上のレビューを読んで面白そうだと思ったので読んでみました。期待通り、大変面白かったです。600ページ余りある厚い本なのですが、すっかり引き込まれて1週間で読み終えました。読書のスピードが超遅い私には珍しいことです。

 この小説の主人公は衛門府の下級官人の橘音近、貧民の娘の髪奈女、在原業平の末裔である在原風見の3人で、時代は天喜六年=康平元年(1058)秋から1年間と、その9年後です。

 ではまず、簡単なストーリーを紹介しますね。

 都では放火が頻発し、衛門府の下級官人である音近は内裏の警備と放火犯人の探索に追われていました。しかし音近は出世欲もなく、仕事にも身が入らず、妻子からはそっぽを向かれ、鬱々とした日々を送っていました。

 一方、髪奈女は右京七条に住む名もない庶民の娘ながら、大変美しい髪を持っていました。
 その髪奈女はある日、浮浪児の少年から、一晩の宿を借りたお礼に「魔よけの筒」を渡されます。そして同じ日、河原で貴族の少年達にさらわれて乱暴され、うち捨てられてしまうのです。そんな彼女を救ったのが音近だったのですが、彼女はすべての記憶をなくしていました。ただ覚えているのは夢の中で呼ばれていた「吉子」という名前だけだったのです。そこで音近は彼女のことを「吉子」という貴族の娘だと思いこみ、彼女が持っていた魔よけの筒を手がかりに身元を探し始めたのでした。髪奈女も音近の助けを借り、記憶を取り戻そうとします。

 そしてもう一人の主人公、風見は、15歳になったというのに悪友たちと都をふらつき回り、悪事をはたらいたりして遊び暮らしていました。そんな彼の仲間には、伴善男の末裔の伴信人や、紀貫之の末裔の紀秋実がいました。ある日、信人と連れだって内裏に忍び込んだ風見は、殺人事件を目撃してしまいます。そこで風見はこの殺人事件に興味を引かれ、犯人探しに乗り出します。この一見関係ないと思われる二つの出来事が一つに重なり合うことになるのです。

 さて、次第に記憶を取り戻したかに見えた髪奈女でしたが、彼女の記憶は彼女自身のものではなく、「吉子」という女性のものだったのです。それとは知らず音近は吉子について色々調べていくうちに、この女性は200年前に実在した女官で、どうやら応天門の変に関わっていたらしいことがわかるのです。
 更に、満月の晩に民衆を集めて怪しげなお経を唱える御導師や、烏羽玉という謎の女も登場し、音近や髪奈女・風見たちと関わってくるのですが、彼らも200年前の人物の蘇りであるらしいこともわかってきます。このように、応天門の変、音近が探索している内裏の放火事件、風見が興味を引かれた殺人事件など、色々な出来事が複雑に重なり合い、物語が展開していきます。髪奈女が持っていた筒の正体は?吉子とはいったい誰なのでしょうか…。

ー以下、私がこの小説を読んだ感想です。少々ネタ晴れもありますのでご注意を…。

☆応天門の変
 この小説は上でも述べてきたように、フィクションや伝奇的要素の強い作品ですが、どうしてどうして、背景となっている歴史事項もかなりしっかりと描かれています。

 小説の下敷きになっているのは、清和天皇御代の貞観八年(866)に起こった応天門の変です。簡単に言えば、内裏の応天門が放火され、犯人として大納言伴善男が逮捕され、流罪になった事件ですが、犯人とされた伴善男は冤罪であるという見方も強いです。

 この応天門の変が起こった時代は、清和天皇の外祖父として栄華を極めた藤原良房が権力を握っている一方、文徳天皇の第一皇子であるにもかかわらず藤原氏との血縁関係がないために政界から排除されてしまった惟喬親王とその取り巻きたちも虎視眈々と復活をねらっていた時代でした。そして、小説の舞台となっている後冷泉天皇の世も、藤原頼通が権力を握っている一方、藤原氏を外戚に持たないために東宮累代の宝物である「壺切剣」も渡されず、不安定な立場であった東宮、尊仁親王がいました。もちろん、惟喬親王と尊仁親王を同列にするのはちょっと無理があるようにも思えますが、この小説で描かれているように、尊仁親王をおとしめようとする動きは実際にあったかもしれません。

 それはともかくとして、この小説では、後冷泉天皇の世で進行しようとしている東宮排除の陰謀事件を描きながら、200年前の応天門の変の謎を解いていくというスタイルで物語が進行していきます。応天門の変は謎が多く、今となっては真相は全くわかりません。応天門火災は放火ではなく単なる不審火で、他氏排斥をもくろむ良房がこの火災を利用しただけとも考えられますが、この小説で描かれた良房の陰謀による放火という見方も一つの仮説としては納得という感じがしました。

☆歴史好き・平安好きにとってたまらないこと、
・応天門の変の謎を解きながら、仁明・文徳・清和朝に生きた人たちについても触れられていて面白いです。業平や小町の和歌も引用されていますよ。

・大江匡房、源師房、藤原能信、藤原頼通がかなり重要な役どころで登場します。
 特に匡房は、音近と風見を結びつける重要な人物として描かれています。彼には今まであまり興味がなかったのですが、これを機にお近づきになってみようかなと思いました。ただ、頼通があまり良く描かれていなかったのはちょっと…。まあ、尊仁親王VS頼通という部分が多分にある小説ですから仕方がないですが。

・平安京の色々な通りの名前や建物が出てきます。
 髪奈女の記憶を取り戻させるため、音近の従者が髪奈女と一緒に平安京を歩き回るシーンなど、この小説は舞台が平安京全体に及んでいます。なので私も、登場人物と一緒に平安京を歩いている気分になりました。閑院、小野宮といった邸宅も物語の舞台となります。特に興味を引かれたのは、藤原氏の身寄りのない女性たちを収容していた崇親院です。ここに住む女性たちの暮らしぶりがリアルに描かれていて興味深かったです。

 以上、述べてきましたようにどちらかというと、平安時代の華やかな部分よりも、貴族たちの権力争いや、庶民たちの厳しい生活にスポットが当てられていますが、平安好きの方にはかなり満足できる小説だと思います。 

 そしてこの小説の一番の読みどころは、ストーリー展開の面白さではないでしょうか。このあたりは、特に平安好きでなくても充分楽しめると思います。一見関係ないと思われる事件が一つにつながり、大きな謎が解けていく後半はとても読み応えがあります。また、音近や風見、信人、秋実が悩みながら自分の生きる道を見つけていく姿はすがすがしいです。
 更にクライマックスは、髪奈女の記憶が戻るかどうかということですが…、私は「あのようなラストで良かった。」と思いました。やはり人は、与えられた環境で精一杯生きていくのが幸せなのかもしれません。読後感は少し切なく、それでいてさわやかで感動的です。お薦めです。

☆追記(2015年11月15日)

 7年ぶりに再読しました。

 初めて読んだときは、歴史的事項、平安京の様子、人々の暮らしに目が行ってしまったのですが、今回は純粋にストーリーを楽しみながら読みました。

 で、前半とラストのストーリーは覚えていたのですが、後半部分がすっぽり抜けていました。。
 髪奈女が小野宮で関白方の手にゆだねられたこと、そのあと、帝の行幸の日に起きた火事騒ぎに乗じて烏羽玉に救い出される所、放火の犯人として風見、信人、秋実が10日ほど楼に入れられる所などは全く記憶に残っていなかったので、初めて読むような気がして楽しかったです。

 そして何より、

 200年前の事件と現在(後冷泉朝)を重ね合わせて描いているところも面白かったです。特に、髪奈女が持っていた魔除けの筒の持ち主についても記憶がなかったのでああそうだったのか~音近の嫌みな部下は伏線だったのねと感心してしまいました。
 登場人物も生き生きと動き回っているのでそれぞれ感情移入できました。特に、音近の人の良さにとても好感が持てました。

 そして今回も読後感はさわやかでした。小野小町は無事に故郷に帰り、髪奈女は子供に恵まれて平穏な生涯を送り、音近と風見は後三条天皇の側近、更に天皇崩御後はその子白河天皇や孫の堀河天皇に仕えたのかもしれないと想像を巡らすことができました。

 この小説で扱っている時代、摂関政治が衰退し、院政に向かっていく時代のことももっと調べてみたいです。


☆コメントを下さる方は
示板
へお願いします。

トップページに戻る