『盤上の夜』は5年前に第33回日本SF大賞を受賞した、宮内悠介のデビュー作品集である。6つの短編から構成され、“盤上”とは盤上遊戯すなわち卓上ゲームのことで、囲碁・チェッカー・麻雀・チェトランガ(古代インドの遊戯の一つ。将棋やチェスの起源と考えられている)・将棋が登場する。ゲームとプログラミングの関係に興味を持っていた私は、何時かは読みたいと思っていた作品で、その短編のなかで、チェッカーを題材にした「人間の王」が格別の面白かった。
チェッカーはチェスとはルールも使用する駒も違うが、使用するボード8×8マスは同じで、日本では馴染みが薄いが、ヨーロッパでは9割の人々が遊んだ経験を持つと言われるゲームで、私は見たことはあるが遊んだことはない。ルールは幾つかあるがここでは省略。そのチェッカーに“無敗の王者”と言うべき人物が存在した。日本では無名に近いが、彼の名は、マリオン・ティンズリー。彼は1927年、アメリカはオハイオ州に生まれ、1995年に膵臓癌の為68歳で死亡。 彼の経歴を書き始める前に、この作品の構成から綴らねばならない、と思う。
語り手は、ジャーナリストである“わたし”。“わたし”がティンズリーにインタビューをする。それも、既に死んでしまったティンズリーを蘇らせて。即ちSF構成である。インタビューの会話文に続いて、”わたし”がインタビューを整理し、推理・推測する地の文が続く。
“わたし”が調べた結果は、
ティーンズリ―は無敗ではなかったが、推定対局1万に対して3敗。まさに”人間の王”であった。
その彼の前に、1990年のトーナメント戦でシェーファーが登場する。彼はその後チェッカーのプログラム化に取り組み、“シヌーク”を完成。
1992年 人間ティンズリー対プログラムのシヌークが対戦。結果はティンズリーの4勝2敗33引き分けで、ティンズリーの勝利に終わってはいるが、無敵の王者が機械に2敗を喫したことは重大事件であった。
1994年再び両者は対戦。6戦6引き分けの勝負途中で、ティンズリーは体調を崩し、試合は中断。がんが進行中で、彼は以降誰とも対戦することなく死亡。
2007年、シェーファーによって“完全解”が示された。
これらの事実を知る前に、”わたし”は、「完全解が発見され、言わばチェッカーというゲームに終止符が打たれた後に、それまで無敵だった王者はその後をどう生きたのか?」との問いからティンズリーについて調べ始め、完全解が発見される以前に彼が死んでいたことを知ることとなる。問い自身、意味を持たなかったのである。
ここからは私の文。
”わたし”に仮託した著者宮内はティンズリーに大変興味を覚え、愛着さえ感じたことが行間から伝わってくる。
その内容は次回のブログに回すことにして、”完全解”について綴っておくことにすると、
二人で対戦する卓上ゲームで、最初の一手を指す前に、先手必勝・後手必勝・引き分けのいずれかであることが分かってしまうことを”完全解”が発見された、と言っている。五目並べは先手必勝が1992年に証明された。囲碁や将棋では、人工知能が人間に勝利しているとも思われる状況だが、完全解が発見されているわけではないし、完全解など無いかも知れない。この物語のチェッカーは先手も後手も最善手を指せば引き分けに終わることが、18年間コンピュターを稼働させた後に発見された!