ミステリー関係の文学賞は主たるものが2つあります。既成作家を対象とした日本推理作家協会賞と、新人の長編を対象とする江戸川乱歩賞の2つです。そのうち、日本推理作家協会賞は1948年に発足し、2011年には第64回目を迎えています。『花の下にて春死なむ』は第52回で、短編および連作短編集賞を受賞しました。実は短編部門は第50回・第51回と受賞作なしが続いていたので、久々の受賞作品でした。
『謎解きはディナーのあとで』と同じように短編連作で、6話から構成されています。主人公は三軒茶屋の路地裏にあるビアバー「香菜里屋」(カナリヤ)のマスター工藤と、そこに飲みに来る常連客。登場する常連客は作品ごとに異なりますが、常連客同士の会話から、あるいは又常連客が直接マスターに問い掛ける疑問から、そこに提出された謎をマスターが推理し解き明かします。
『謎解き・・・』は宝生刑事の執事が、『花の下・・・』は主としてバーのマスター工藤が、現場に足を踏み入れることなく事件を解決します。両者とも”安楽椅子探偵”ものです。
6話のなかで、最初に登場する話で、文庫本の表題ともなった小品「花の下にて春死なむ」の出来が秀逸で、素晴らしい作品です。
自由律句の結社「紫雲律」の同人である、初老の片岡草魚が急死します。枕元には句帳が残されたままで、草魚の身元・血縁を示すものは何ひとつ発見されません。住民表も空白のまま。
「香菜里屋」でビールを一緒に飲んだことのある飯島七緒は、その句帳を渡され、草魚がふと漏らしてしまった「生まれ故郷にも豊浦宮があったのです」との言葉を頼りに、草魚が故郷を捨て、名前までも捨てた秘密を探す旅に出ます。
舞台は山口県のとある城下町。手掛かりの一つが残された句帳。そこに書かれていた一句
『人のいぬ道選びて繰り返す町の名』
句から推して哀しい人生があったことが予感されます。
旅先で謎を解きあぐねる飯島七緒は、旅先からマスターに電話して、ヒントを貰いつつ、最後には独力で事の真相に到達しますが・・・。
この物語を読み進みながら、地方都市に題材を求めた「或る『小倉日記』伝」や「西郷札」を思いだしました。作品は、松本清張の初期短編を思わせる雰囲気ですが、残念ながら北森鴻は、2010年に山口市で、心不全の為48歳の若さで亡くなりました。
(今日より暫く蓼科へ出掛けます)